自叙伝風小説34初マカオ編

そしてまた過去の話を話し始める頃には、倉田はすっかり負けきった後だった。
慣れない頭を使う分脳みその筋肉痛のようなものに教わればがら、倉田は本来の仕事に戻った。
「それで、日本に戻ってきた後は、ずっとポーカー漬けって言ってましたよね?」
「うん、日本でオンラインで練習し続けて・・・ある程度わかってきた頃かな。少しは自分に自信も持てたから兄そるに言われてた雀荘に顔を出してみたんだ」
「雀荘は、ある意味ホームみたいなものですよね、アカヤギさんには」
ゲームを通じて今までよりも打ち解けたのか、倉田も楽しそうに言葉を返した。もっとも、アカヤギはさすがというべきか当然というべきか圧倒的に勝ったのだが。
「それでも目的が違うから、やっぱり緊張するよ。麻雀しに行くわけじゃなかったしね。大久保にあるポンっていうところだったんだけど・・・ここがまた面白くてね。汚い雑居ビルのいかにも場末の雀荘っていう見た目なんだけど。ポーカープレイヤーにとってはかなり重要な場所だったんだ。もともとアメリカで人気の出てきていたポーカーを日本に初めて持ち込んだって言われている人を含めて、今でもポーカー史を語る上で外せないような著名人が集う場所だったんだよね」
「うわぁ、兄そるさんって物凄い方なんですね・・・そしてそれと繋がりを持つアカヤギさんはすごいです」
倉田のて話での褒め言葉に笑いながら、アカヤギは軽くお酒に口をつける。
「んー、でも・・・すごい人とポーカーしたわけじゃないんだよ?」
「・・・と、言うと?」
「僕がいった頃には、兄そるも含めて皆日本にはいなかったんだよ。ある人はマカオ、ある人はラスベガスと世界のあちこちに行ってチャレンジしている人たちだったからね」
だから正確には集まっていた場所、ってこと。とアカヤギは付け足した。
「それで雀荘の店員さんに兄そるから紹介してもらったことを伝えて彼の居場所を聞いたら、彼はもう完全にマカオで生活して挑戦しているっていう事だったんだ」

「うぅ・・・」
僕は今馬鹿みたいに揺れる小さな船の手すりにもたれかかって外に顔を向けていた。
トイレで散々吐いた後、外の空気を求めてきたのだが、どちらにしても揺れるからあまり気分は変わらなかった。
グロッキーな僕を心配して現地の人たちが声をかけてくれるが、僕はなんとか大丈夫だ、と返すことしかできなかった。
たった一時間の航海だからと油断していたのがいけなかったらしい。観光地にたまにあるものやお金持ちの使っているようなクルーザーのどれとも違うボロい船は波以上に揺れている気がしてならなかった。
あと三十分。必死に耐えればマカオに着く。
それだけを考えて必死に僕は深呼吸を繰り返していた。
日本で勉強してきたポーカーを振り返る時間も、残念ながら余裕もなかった。
ただ時間が過ぎることだけを祈りながら三十分を無駄に過ごすと、ようやく船は止まった。
一刻も早く揺れから解放されたいと僕は疲れ切った体に鞭打って急いで下船する。
そしてようやく地面に足はつくがまだフラフラする感覚を我慢しながら僕は一時間ぶりに顔を上げた。
「ここが、マカオ・・・!」
欧州風でもあり、アジアの感覚も残している街並みを見ると、僕は少しだけ余裕を取り戻して元気になってきていた。
少し散策したい気持ちもあるが流石に体力も尽きていた僕はひとまずホテルに向かうことに決める。と、言うより僕の目的はホテルであった。
正確に言えば、ホテルに備え付けのカジノ。今回泊まる予定のグランドリスボアにあるのは4フロアに跨るマカオ最大級のカジノだ。
どんなところなのだろうかと期待に胸を膨らませながらホテルのある方角を見つめた。
グランドリスボアはカジノだけでなくホテルも最大級で、マカオで一番高い建造物もこのホテルらしい。そのホテルは遠くから見ても花が咲いたような美しい姿で聳え立っており、僕も目に入るだけで嬉しくなってしまう。
船での疲れは一歩一歩ホテルとカジノに近づいて行くたびに消えて行くような気さえした。
その期待を裏切らないくらいに、真下から見上げるグランドリスボアは豪華で絢爛で、思わず僕の口から感嘆の声が漏れてしまうほどだった。
それに、韓国で見たカジノとは違って見える。それは僕の心構えだろう。あの時と同じように何か稼ぐ方法をというのは変わっていないが、あの時は経験のあるブラックジャックだ。
今回は新挑戦となるテキサスホールデム。緊張と期待があの時とは比べ物にならなかった。
フロントから部屋に向かい、荷物をおいた僕はすっかり疲れも取れていて、すぐにカジノに向かいたくなってしまった。
エレベーターの中の時間でさえ勿体無いと思うくらい長く感じられて、エレベータの扉が開くと僕はすぐに飛び出すように歩き出した。
ホテルの中を通りカジノに入ると、そこは外から見るホテル以上に煌びやかな世界だった。
ここだったら何か起こるかもしれない。そんなふうに考えさせられるほどの空気が、僕を待ち受けていた。
韓国のようにブラックジャックなどのテーブルからポーカーのテーブルを探さなければと思っていたのだが、それは杞憂に終わってしまった。
僕が入り口から見渡すだけでもわかるくらいにポーカーのテーブルがたくさん立っていたのだ。そしてそれはプレイする人口の多さも物語っている。
本気なのかどうかは入り口からではわからないが、韓国の時とは比べ物にならない人数がトランプとチップに一喜一憂していた。
どんな人間がプレイしているのか観察するのがいい作戦だということは頭ではわかっているのに、僕は早くプレイしたくてたまらなくなり、ポーカーのカウンターに直行することにした。お金をチップに変えてもらうと、そのままエントリーを済ませる。
人数は多いがその分テーブルも多かったようで、幸い待ち時間もなくすんなりと僕は呼ばれることとなった。
指定されたテーブルに行くとそこにはすでに六人ほど座っており、その誰もが強く見えてしまい、僕は少しだけ息を呑んだ。
初めて挑戦するからだろうか、誰もが歴戦のポーカープレイヤーにすら見えてくる。
それにブラックジャックはカウンティングをして、カジノ側との勝負になる。
だが、ポーカーはプレーヤー同士の戦いになるし、まだ実績がないのだ、不安に思っても仕方のないことだろう。
負けるつもりはないが、負けても当然。なぜなら僕はまだ始めたばかりだからだ。
そう自分に言い聞かせて緊張しながら席に座る。そこのルールを確認してチップを置くと、僕は頭の中をクリアにするために大きく息を吸い込んだ。
程なくして人数が揃い、ディーラーがトランプをシャッフルし始めた。
緑色のマットをカードが滑って僕の元に飛んでくる。
いよいよ僕のポーカーが始まるのだ。相変わらず周りの人間は強そうだが、ビビってばかりもいられない。
僕は左手でカードを覆い、右手でそっと捲った。
見えたのは♡4と♧9。残念ながら僕は一発目から参加できることはなさそうだ。
幸いなのはU T Gだったということだろうか。僕はカードを見てすぐに裏向きに投げた。
僕の次の人、そのまた次の人とチップを投げ入れているのを見ながら僕は軽く驚いてしまった。
やはり強い人は運も良いということなのだろうか。
まぁ皆のプレーを観察できるチャンスだ。降りたもう一人はすでに興味がないのかテーブルに目を向けることもなかったが、僕は参加していないテーブルをじっと見ていた。
結果レイズは無くフロップがオープンされる。
出てきたのは♡3、♤7、♧A。
レインボーだし数字もあまり良くはない。だが、ここまで皆コールしているのだから、Aは皆意外と手に入っているのだろう。大事なのは、もう一枚のカードになるかもしれない。
ポーカーにはキッカーというものがある。
例えば、同じ数字のワンペアでの勝負になった場合、他のカードを参照するのだ。数字の大きさで勝負するということだから、今一枚Aを持っていた場合ワンペアは確定だ。そして数字的にストレートはあまりなさそうだ。2、4、を持っていれば後一枚でストレートにはなるがそんな弱い手で勝負するとは考えにくい。
だから皆Aかピクチャーを持っているのだと推測できる。
残念ながらピクチャーはポケットでない限り文字通り何の役にも立たない。
結局皆チップを追加で出すことはなく皆テーブルを叩いた。
チェックという様子見という仕草だ。追加で出てきたのは♧3。
3が被って強くなったようには思えるが、それは皆同じだ。もしAと3でギリギリ勝負に来た人間がいればフルハウスとなり一気にチャンスになる。ただ、♧も2枚落ちていて、もしクラブのスーテッド、同じスートだからと勝負した人間がいればフラッシュまで後一枚。
フルハウスには勝てないがセットやトリップスには勝てる。
なかなか難しい勝負になる気がした。
また全員がチェックしたところを見るとフルハウスはいなさそうだ。もちろんまだ潜んでいるだけかもしれないが。
最後のカードは♧4だった。
今見えているのはこれで♡3、♤7、♧A、♧3、♧4。
3があればトリップス以上にはなるだろう。♧のスーテッドだったらフラッシュもあり得る。そして2、5があればストレートになる。が、それでフォールドしないことも考えにくいためあまり考えなくても良さそうだ。
あとはもちろん出ているカードをポケットで持っていればそれもセットになる可能性はある。どうなるのか、と見ていると、C Oの人がベットをしてチップを投げた。
そして周りもほとんどの人間がそれにコールし、降りたのは一人だけになった。
結果として四人もハンドを見ることができそうで、僕は少しだけラッキーな気分だった。
僕はU T Gだからまだチップを一枚も減らしていないのに皆のハンドと考え方が見られそうだ。
ベットした人間もそれにコールした人間もある程度自信があるということだろう。
どうなるのか、と期待に満ちて僕はテーブルを見つめた。
一人目は苦笑いをしながらカードを表に捨てるように置いた。
持っていたのは♤5、♤9。残念ながらハイカードだ。ブラフとして最後はコールしたのだろう。それにスーテッドだから勝負しに来たというわけだろうか。
二人目は♤Aに♡2。
三人目は♧10に♡Q。
ここまででも僕は少し自分の中に違和感があって内心首を傾げていた。
そして四人目、自信満々に笑った男性が見せつけるようにカードを置いた。
「・・・・・え?」
「おお!ナイスカード!」
「それはやられたな!」
戸惑う僕を差し置いて周りは軽く盛り上がっていた。
彼の持っていたカードは♤2と♡5だった。
確かにストレートは完成しているし周りが盛り上がるのも無理はないかもしれない。けれど、僕の頭の中は混乱し始めていた。
彼は確か最初にベットをした人のはず。ブラフということだろうか、いや、そもそも25でスートも揃っていない。25oで参加してくるとは思わなかった。
まだまだ僕はポーカーを理解していないのかもしれない。
オンラインでの勝負とはまた全然違う気がして、僕は集中し直すように静かに両頬を叩いた。
そして初のポーカー挑戦から約二時間くらい経って、僕はそれまでの考えを一新していたのだった。
僕の前にあるチップは大体で1、8倍になっていて、順調に勝っていたのだ。
しかも、だ。
「・・・レイズで」
僕はチップを数えて前に投げる。そしてもう一度フロップのカードを見た。
出ているのは♧A、♤K、♧5。かなり強めと言えるだろう。
そして僕のハンドはテキサスホールデムで最強のエーシーズ。Aが2枚だ。
フロップの時点でもレイズしたのだが、なんと皆コールしてくれた。
二時間も同じ人たちとプレイしていると、なんとなく彼らの傾向も掴めてきた。
そして、最初にびびっていた事が間違いだったということに気がつく。
彼らは特に基準などを設けて本気で勝負しに来ているわけではないらしい。ポーカーでは上級者でないと悪手と言われるリンプもよくしていた。
それに此方が強い手が来てレイズしても大体の場合乗ってくれる。確かにポーカーは初手で降りて仕舞えばしばらく暇になるから、楽しむためだけに来ている彼らにとっては選択肢にはあまり無いのだろう。弱くてもとりあえず楽しむためにコールする。それが一戦目で感じていた違和感の正体だった。
僕もまだまだ勉強段階で手探りだということは紛れもない事実だが、彼らはもっとなんとなくで遊んでいるのだろう。だからこそ、ここまで僕は順調に勝つ事ができていた。
そしてAが開かれたこのタイミングでのレイズ、もちろんKもあるからKポケットもいるかもしれないが、負けることはあまりなさそうだ。もちろんあと2枚開かれないと何もわからないのだが。
レイズに乗ってくれた皆が同じようにK K、Q Qと持っているなんてドラマみたいな展開は、あまり考えにくい。せいぜい一枚がKだったりするか弱いポケットだろう。既にAのセットになっている僕はだいぶ安心する事ができていた。
そして一枚追加されたのは♡6。皆弱い手でも参加することはわかっているから、少し怖いと言えば怖い。
もし7、8なんて手で参加していたらストレートに昇格してしまうかもしれないからだ。
安心したくてチェックをしたら皆同じように机を叩いた。
そして最後の一枚は♡K。僕は静かに頷いて考えをまとめていた。
もしKのポケットなんていたらフォーカードになってしまっているかもしれない。だが、ストレートの線は無くなったし、皆の表情を見てもフォーカードを持っていそうな気配はなかった。
もちろんポーカーで顔に出すなんてあり得ないのだが、皆楽しんでいるためあまり皆ブラフをしたり嘘をついたりはしないこともよくわかっていた。
強い手があれば自信満々で即行動してくるし、どんどんレイズもする。
そして今みたいに悩む顔をしているということは、Kのポケットなどあまり強い手ではないと見える。一人僕のレイズにすぐコールした人はいるが、あまり表情は明るくない。
もしかしたら僕の見えていない最後のAを持っていてワンペアだったが出てこなくて悩んでいるのかもしれない。
もしくはKはあるけどセットだから僕も同じだと考えているのかもしれない。
だったら好都合だ。エーシーズを警戒したら降りるかもしれないが、なかなか彼らは降りることは少なく大きなポットを取れるかもしれない。
僕ははやる気持ちを抑えながらどうポットを大きくするか考えていたのだが、例の彼がしばらく悩んだあと、小さく「オールイン」と呟いた。
僕は少し怖くなってしまうが、この手で負けることは考えにくい。頷いて僕はコールをした。
オールインは持っているチップを全てかける事。もちろんそれと同額じゃないとコールできないので、もちチップが上の僕も大きく減らす可能性があるということだ。だが、自分が強いとわかっていればそれは全く違う意味になる。
もちろんそれをするぐらいの手かもしれないので手放しには喜べないのだが。
しっかりと考えて僕はコールしたのだ。これで失敗しても良い経験のはず。
言い訳を用意しながらも僕は期待して周りを見る。
結局オールインには降りるようで彼と僕のヘッズアップとなった。
僕はA Aを投げて見せると、彼は驚いたようにもともと大きな目を見開き、そして自分のカードを裏向きに投げ捨てた。
マックというのは降りた人間などもう関係ないカードが置かれる場所のことで、マックするというのは勝ち目がない事がわかって自分の手を公開せずに捨てる事をいう。
つまり、僕はこのヘッズアップに勝利したのだ。
オールインもレイズもあった上、レイズには三人もコールしてくれた。かなり大きなポットで、僕は一気にチップが増える。
雪崩のように大量のチップが僕の元に寄せられるのを見つめながら、僕は内心で歓喜に震えていた。
これだ、これならば稼げる、と。
まだまだ世界で通用するレベルではないかもしれないが、少なくとも今一気に所持金は増えたのだ。いずれはもっと上手くなって稼ぐ0の数が増えるかもしれない。
それにこんなに面白いことで稼げるのだから堪らない。
その後もしばらくプレーするがチップは減ることなく、無事に初ポーカーは勝利を飾ったのだった。
そしてチップのなくなった人数も多くなりテーブルの人数が足りなくなり、割れてしまうといい加減僕も疲れてきたのでチップを換金しに行く。
そして返ってきた札束をしっかりと仕舞い込むと、先ほどまでいたポーカーのテーブル付近が騒がしく人が集まっていることに気がついた。
何があったのかな、と僕も最後に見学だけして帰ろうと近づくと、そこには大量のチップをかき集めている男の姿があった。
その数は僕の比ではないし、何よりかけているチップの種類が違う。レートが僕がやっているところより高いのだ。賭ける金額も勝つ金額も、もちろん負ける金額も大きなテーブル。そこでさっきの僕のようにオールイン勝負に勝った男がいるらしい。
その彼は満足したのかそこで席を立つ。ギャラリーに笑顔を向けながら振り返った彼を見て、僕は思わずあ、と声を出してしまった。
そしてその声に気がついたのか、彼・・・兄そるもまた驚いた声を上げた。
「アカヤギくん?」
「わ、兄そるさんもここでプレイしていたんですね!」
「まぁね・・・も、っていうことは、君もついにポーカープレイヤー?」
嬉しそうに話しかけてくる彼に頷くと、彼はさらに嬉しそうに笑顔になる。
「それは嬉しいなぁ、まだまだポーカーは途上の競技やからなぁ。それにアカヤギくんは才能あったしどんなプレーヤーになるか楽しみやな!今日はもう遊んだんか?」
「はい、ちょうど換金して今から食事にでも行こうかと」
「それなら一緒にご飯行こうや!話したいこともあるやろうしな、お互いに」
彼の提案は僕を見透かしているようで、さすがだと思わされながら、僕はにべもなく頷いた。
現地に住んで、ずっとポーカー漬けなのだ、ポーカー以外にも色々と有益な話は多そうだからだ。
ポーカーに挑戦すること、こうしてマカオにまで挑戦しにきたこと、どちらも間違ってはいなかったのだ、とそう思えて僕は既に成功した気分でいた。

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