見出し画像

冬の夜のリフティング・ワルツ


夜の公園にいる。空気は冷えて引き締まり、夜空が澄んでいる。この静けさ。この透徹さ。気分まで澄んでいく。
ボールが宙に跳ねた。すかさず右脚を差し出す。次は左脚。また右脚。1。2。3。ボールを脚の甲に当て、なるべく無回転で同じ高さに上げるように保つ。なるべく左右の脚で交互に打つ。同じテンポで刻めると快い。

次第に身体が温まりだす。汗ばんでくる。
冬の寒さは苦手だが、ボールを追いかけていると、もっと寒くなれ、と思える。寒さが心地よくなる。もはやそのためだけに、冬の夜の運動をしていると言っても過言でない。この冬の寒さをポジティブに味わいたい。

サッカーボールに触れるのは学生以来だった。昔は苦もなく操れたように思えた球が、今はおっかなびっくりである。リハビリがてらのリフティングを試みている。当時の感覚を取り戻したい。当初はそう思っていたけれど、むしろゼロから構築する心づもりのほうが楽しい気もしている。

YouTubeでリフティングを基礎から教える動画を見て、「正解」を学ぶ。
まずは脚で1回突き、手で受け取る。スウィートスポットを捉える感覚を確認する。それから2回突いて、手で受け取り、次は3回突く。3回正しいポジションでミートできたら、地面にバウンドさせ、また3回突く。1、2、3。バウンド。1、2、3。バウンド。リフティング回数を追うより、正確なポジションを沁みこませる。

次第にこの3拍子のセットが一定のリズムを帯びてくる。ボールに合わせて一心不乱にステップを踏む。これはもう、文字通りのワルツ(3拍子の舞踏曲)である。

ボールを完全にコントロールできていればよいが、実際はあちこちに跳んでしまうので、そそくさと身を寄せて脚を出す。俊敏に眼でボールを追うとき、動物的直感が刺激されるのを感じる。「動くものを追う」ことはどこか本能に近いのではないか。特にボールのような球体は動きの予測がつきやすく、脳が喜ぶ感覚がある。

左右交互にビートを刻むようにリズミカルにリフティングが続くと、周囲の音が消え、自分と球だけの世界になる。
次の球の位置を、今と同じ位置に無回転で浮上させる。そのことだけに神経を集中させる。柔らかなタッチでボールを捉え、浮揚位置が安定してくるほどに、ワルツは優美になる。もっと上達するほどに機械の運動に近づくのだろう。動物の本能から、機械の洗練へ。

それにしても冬の夜はなぜ、こんなに静かなのだろう。人が少ないからか。空気は乾いているはずなのに、夜気はしっとり感じる。月が美しい。

気がつくとあっという間に時間が過ぎ去り、今夜も名残惜しく公園を後にする。脚の甲に心地よい痺れがある。普段の生活では使わない動きに、身体が欣喜している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?