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一万円横浜小旅行

よく晴れた休日の朝、妻がいった。海を見に行こう。船に乗ろう。
そして昼すぎには横浜にいた。
朝の散歩がてら駅前のデニーズでモーニングセットを食べた流れで電車に乗ったので、コートのポケットに文庫本を入れただけの軽装だった。

季節はずれの暖かい一日だった。コートを思わず脱いだ。
大さん橋の屋上庭園を歩き、山下公園を歩いた。横浜港の周遊船「マリーン・ルージュ」の時刻表を調べておいた。発着する赤レンガ倉庫に着くと、今の時間帯は大型船が入港するのでベイブリッジ手前の湾内を廻る航路に限定されると説明され、それではつまらないので夕方の便にまた訪れることにした。
妻のお気に入りの日本大通りにある瀟洒な洋館内の喫茶店に行き、本棚に置かれていたグルメ雑誌をめくって夕食の中華街の目星をつけた。

夕刻にマリーン・ルージュに乗船するとちょうど日没に差しかかっていた。雲ひとつない群青の空が諧調を描いて黄金色の光の層に吸い込まれていく。甲板に出て、遠ざかる高層ビル群の影絵を見つめた。妻は一心不乱に写真を撮っていた。外国人客はアップテンポの曲を流して踊りながら動画を撮っている。船がベイブリッジを越えて外洋に出るころには空の光が後ずさりして閉じ、やがて闇に塗り換えられた。

グラスワインとホットティを取りに行き、甲板で飲む。おつまみのポテトチップが風にあおられて飛び、ナッツとチョコレートは飛ばされないように慌てて食べた。欄干から身を乗り出して黒い海を眺めると、白い飛沫をあげて想像以上の速度で船が航行していた。一周まわって横浜港に戻ってくると、発着時とは打って変わってビルの夜景が煌々と瞬いていた。まるで異なる街の貌を見ることができて、この時間帯の出航便に換えて正解だったと思った。

下船して中華街に向かい、雑誌で見た広東料理店に行く。最後の一席に首尾よく座れて、満席になった。名物料理の豚足麺を味わい、海鮮おこげや焼餃子の旨味の味付けに感嘆し、瓶ビールをちびちびと合わせた。妻は豚足を初めて食べたと言っていた。こってり煮込みながらさっぱりした味わいで、すいすいと食べられた。全6品を頼んで取り分けるともう満腹だった。

妻の急な思いつきから昼すぎに横浜を訪れ、すでに心ゆくまで満喫していたけれど、このまま帰るのも名残惜しい感じがし、山下公園沿いのホテルニューグランドにあるバー「シーガーディアンⅡ」に向かった。

「マリーンルージュで愛されて シーガーディアンで酔わされて」というサザンオールスターズの歌詞をなぞるコースになった。(それにしてもポップス曲のサビに固有名詞を詰め込んで成り立たせる桑田佳祐の手腕に改めて驚かされる)

妻は「横浜は庭のようなもの」というほど歩き慣れた街だけど、ぼくは数えるほどしか訪れたことがなかった。いつでもすぐに来られる距離なのにもったいなかった。「キング・クイーン・ジャック」という横浜三塔の愛称も初めて知った。山手洋館も、みなとみらいも、馬車道も、野毛飲屋街も、行ってみたい場所はまだまだある。

レシートを見返すと、一人あたり一万円ほどでまかなえていた。こんなに豪勢に満喫できた気分なのに、なんだか安すぎるような気がして二度見してしまった。

支払総額(2人分):20,700円(税込)
・カフェ「アルテリーベ」ケーキとコーヒー:2,500円
・「マリーンルージュ」当日券・ドリンク券:7,000円
・中華街「徳記」6品とビール1瓶:6,600円
・バー「シーガーディアンⅡ」カクテル:4,600円


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