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【短編】 小説と家族と猫

 二十四時間以内に小説を書かなければ私の家族が殺されてしまいます。私は小説家ではないし小説を書いたことがないのだから無理だと訴えましたが、犯人は、そのことは必ずしも小説を書けない理由にはならないと言って私の訴えを退けました。確かに、誰でも最初の小説を書くときは経験がないはずですし、ましてや小説家でもないのですから犯人の主張は間違いではありません。しかし私は、そもそも小説というものが何なのかよく知らないのです。もちろん、何か物語が書いてあるということは分かりますが、それ以上のことは知りません。ですので小説が何であるかを知らない以上、小説と呼ばれるものを書くことはできないはずです。もしかしたら最初の小説を書こうとしている彼も、小説のことをよく知らないまま書き始めるのかもしれませんが、彼には少なくとも小説を書いてみたいという動機があるはずです。たとえ彼の書いているものが小説とは呼べない代物であったとしても、書きたいという動機さえあれば彼の思い描いている小説らしき何かを書くことはできるでしょう。しかし私には、その動機すらないのです。そう訴えると犯人は、お前には家族を守りたいという動機があるはずだし、小説を書かなければ家族が殺されるのだからお前には初めから選択肢などない、こんなくだらないやり取りをしている間に三十分も過ぎてしまった、つべこべ言わずに小説を書け、と言って私を部屋に一人残して監禁しました。部屋には鉄格子のついた窓が一つあり、その窓際に机が置いてありました。そして机の上には原稿用紙と鉛筆と時計が置いてあり、壁にはタイムリミットの時刻が大きく書かれた紙が貼ってありました。私は大きく深呼吸をして机に向かい、鉛筆を握って原稿用紙を睨みました。三分ほどそうしていましたが、まるで記憶喪失のように頭の中が真っ白になっていったため、私は恐くなって鉛筆を放り出しました。でもそのときふと気づいたのです。私には、そもそも守るべき家族などいないということに。犯人はなぜ家族を殺すなどと言って私を脅したのか分かりませんが、私のほうも家族を守らなければならないという気持ちになってしまい、原稿用紙と睨めっこまでしてしまいました。いろんなことがおかしいのですが、そのことは後で考えるとして、とにかく家族がいないことに気づいた以上、私にはもう小説を書く理由がないのです。私は再び深呼吸をすると部屋のドアを激しく叩いて犯人を呼びました。そして、私には家族がいない以上もう脅しは効かないことと、今すぐ解放することを強く訴えました。すると犯人は分かったと言い、私をスカーフで目隠しして車に乗せました。そして一時間ほど走ったところで車を止めて、私をその場所に降ろしました。目隠しを外すと車はもうどこかへ消えており、私は人通りのない郊外の道路に一人で立っていました。それで、とりあえず街がありそうな方角へ歩いていくと一軒の民家があり、その玄関先にいた女性から声を掛けられました。あなた、昨日からどこへ行ってたのとその女性は言い、早くお風呂に入って御飯を食べなさいというので、どうするあてもない私はその家に入ることにしました。そして女性に言われるままにお風呂に入り、御飯を食べ終えると私はリビングのソファに腰かけました。リビングのテーブルの上には原稿用紙が置かれており、よく見ると百枚ぐらいの原稿用紙に小説らしき文章が書いてありました。しかも、最後の用紙を見ると終わりと書かれているので、完結した小説のようでした。私は適当な紙袋を見つけてきて原稿用紙を入れると、家を出て、再び車で降りた場所まで戻りました。するとそこには一台の車が止まっており、私が近づくと窓が開きました。きっと来ると思ったよと車の人は言って紙袋を受け取ると、エンジンをかけてどこかへ行ってしまいました。私はようやく肩の荷が下りたような気分になり、家に帰ると、自分で小説を書いてみたい気分になりました。他人から書けと言われたら嫌な気分になりますが、誰も書けとは言わなくなった途端、どうしても今日の出来事を書きたくなってしまったのです。それで今この文章を書いているのですが、これが小説と呼べるものなのかどうか自分では判断できません。なのでこの文章が書きあがったらまたあの車を降りた場所へ行って、先ほど原稿用紙を渡した車の人に読んでもらうつもりです。そして私はこの家の家族になって、これから小説を書いていこうと考えています。家族がいてなおかつ小説が書けることはきっと幸せなことだろうと思うからです。孤独を小説で埋めることはできませんし、もし埋められたとしてもそれは孤独が形を変えただけのものに過ぎないでしょう。しかし今日は、ふいに家族と小説が手に入りました。明日は何が起こるのだろうと考えると、楽しくなる反面、恐い気持ちにもなります。いずれにしても、この文章の続きは明日何が起こるかで変わってきますし、今日はここでやめておこうと思います。

 次の日の朝になりました。洗面台の鏡を見ると、私は猫になっていました。ふいに私は脇を持ち上げられて床に置かれました。家に一緒に住んでいる女の子が歯を磨くためにそうしたのです。私は挨拶をしようとしましたが、ニャーとしか言えません。これは、昨日より厄介なことになってしまいました。

(2018/01/29新作)

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