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エンプラCSのゴールを「顧客の自走化」にする価値とその実践ナレッジ

カスタマーサポート領域で複数プロダクトを提供しているコンパウンドスタートアップ・RightTouchで、事業開発を中心に担当している田中です。RightTouchのエンタープライズ向けカスタマーサクセス(以下、CS)の立ち上げも、事業開発として推進してきました。

田中 彬寛(Akihiro Tanaka)
九州大学工学部機械航空工学科卒業後、2017年にリクルートホールディングス入社。プロダクトグロースや事業戦略策定 / 実行、全社横断ナレッジ統括などに従事。 2022年にRightTouch入社、カスタマーサクセス / Bizdevを担当。好きな言葉は「ロマンとそろばん」。趣味はサウナ、ポーカー、アニメ。

SaaSビジネスの興隆・浸透とともに、エンタープライズ向けCSチームの組成もスタートアップ企業内で増えてきているのを感じます。ですが、契約後の顧客に関わる範囲全てを広く担当するCSの職種柄、「顧客の成功」の定義やCSチームのミッションは、企業によってばらつきがあり、言語化されている事例もまだまだ少ないように感じます。

RightTouchのエンプラCSが、事業戦略とユーザーインパクトの掛け算から「顧客の自走化」を進めることが重要だと定義した背景・思考や、自走化のために行ってきた具体的な取り組みとその結果について共有・公開することで、エンプラCSに関する意見交換やRightTouchでの事業推進について興味を持ってくれる人が増えればと思い、今回このnoteを書きました。


自走化をゴールにできる事業・プロダクト

まず大前提として、顧客の自走化をゴールに設定できる事業・プロダクトとそうでないものがあります。その説明のために、まず今のRightTouchの状況を紹介することから始めたいと思います。

RightTouchは、ホリゾンタルSaaSとして様々な業界のカスタマーサポート領域を複数のプロダクトで支援しています。

RightTouchのお客様(一部抜粋)

RightTouchが、顧客の自走化が重要だと決めたのには、大きく3つの理由があります。

一つは、エンドユーザーへの本質的価値創出の観点です。
私たちのプロダクトは、主にコールセンターで働くカスタマーサポートのスタッフおよびその管理者の方に使われています。エンドユーザーが抱えている問題を根本から最速で解決できることが、本質的な価値でありカスタマーサポートの重要な役割です。

問題を深いところから、速く解決できるようになるには、外部が介在して余計な時間や工数を膨らませることなく、コールセンターで日頃からユーザーの声を聞いていて用件やつまずき点に肌感があるカスタマーサポートのスタッフ自身、つまり顧客自身が自走化してユーザー体験を創出・改善していくことが最短の道筋だと考えました。Webサイト分析のプロは一般的に多く存在しますが、自社ユーザーの悩みを解決することに関しては顧客自身が一番のプロ、と確信しています。

次に、コストメリットの観点です。
エンタープライズのカスタマーサポート領域では、システム構築やデータ分析などをアウトソースすることが一般的で、それもかなり高額な費用をベンダーに支払っています(ある企業では分析だけで250万円/月ほどかかると聞きました)。
この外注体質により「オペレーションの壁」と呼ばれる、業界の進化を阻害する原因が生じているほどです。(詳しくは代表長崎のnoteをご覧ください)一方で、このコストは自走すれば本来生じないものであり、顧客視点で将来的なコストメリットを考えた時に、自走化は合理的でインパクトのある施策でした。

最後は、RightTouchとしての事業戦略の観点です。
カスタマーサポートやコールセンターと聞いて想起するのは「電話を受ける人」という印象かもしれません。ですが、実はその裏には複数のシステムが非常に複雑に絡みあっています(下図参照)。かつデジタル黎明期な業界のため、RightTouchの中長期的なバリュープロポジションとしては、カスタマーサポートのOperating System(業務基盤SaaS)として全ての業務フェーズで横串的に運用されることを目指しています。

(引用元:RightTouchの挑戦からカスタマーサポートの面白さを紐解きたい話

また、業務基盤としての活用を通じて得られたデータを共通化し、複数のプロダクトを提供していくコンパウンド戦略を創業当初から立てています。現在は、2つのプロダクトを展開していますが、カスタマーサポート領域にはステークホルダーも多いので、それぞれを支援できるような事業・プロダクトを複数立ち上げるロードマップを掲げています。

さらに、プロダクトカンパニーとしてプロダクトに重心を寄せた事業展開を前提としています。コンサルとして業務を切り出して請け負うことで、一時的な売上の増加やオペレーションの早期構築はしやすいかもしれません。ですが、業務基盤SaaSとして複数またがるプロダクトを、顧客が長期的に活用しエンドユーザーへの提供価値を大きくし続けるためには、プロダクトドリブンで顧客との関係を深めていくことが重要だと考えました。また、この戦略を取ることで、CS人員の質と数に依存せずにプロダクトを起点にスケールを続けられるので、中長期でのCS担当者の生産性を高めることにも繋がります。成長率と利益率どちらも高められるということです。

このように、エンドユーザーへの本質的価値創出を志向する価値観、コストメリットを感じられる顧客特性、そしてプロダクトドリブンな事業戦略が重なったことで、「顧客の自走化」を進めることが、顧客そしてその先にいるエンドユーザー、さらに自社にとってもより良い選択になると判断し、実行施策を立てていきました。

顧客の自走化を実現したナレッジ7選

RightTouchのエンプラCSチームとして、2023年から「顧客の自走化」を重要テーマとして掲げ、様々な施策にトライしてきました。その結果、自走化を実現・継続するために必要な7つのナレッジが明らかになったので、順に紹介していきたいと思います。

フェーズごとで意識することが違うので、「キックオフ・オンボーディング」と「サクセス」に分けまとめています。

キックオフ・オンボーディング期

①「自走化すること」がゴールと共通認識を握る
先にも書きましたが、エンドユーザーに詳しい顧客自身が自走化することが一番価値が出ること、いきなりホームランを当てるより効果創出の再現性が高い体制構築を優先すべき、という認識を、キックオフのタイミングで決裁者と握ることができれば、その後のクライアントの関わり方は大きく変わります。

具体的には、3ヶ月のオンボーディング期間は、プロダクト提供企業(RightTouch)が主体となり、アジェンダ準備含め定例会の進行をします。ですが、以降は原則クライアント側でアジェンダ設定・ファシリテーション含めて行うことを明確に伝達・合意しておけると、オンボ期間の密度や過ごし方を変えることができます。

キックオフでは本内容を含めた重要な項目について、共通フォーマットに事前記入してもらうようにすることで品質を担保しています。

フォーマット項目例

【プロジェクトオーナーの記入内容】
・Mission(今期の取り組みとこれからの取り組み)
・KPI(上記Missionやテーマ達成に向けての目標状態・数値)
・RightSupport by KARTEへの期待 など

【プロジェクトリーダーの記入内容】
・プロジェクトの年間計画
・課題に対する解決策方針やテーマ
・プロジェクト体制
・利用中のツール など

②部署KPIや重点テーマ、将来的にやりたいことと紐づけた会話をする
なぜこの活動をするのか、結果をいつ誰に報告するのかを何度も会話し、確認します。「人からやらされている」「何となくやらないといけない」という位置付けの取り組みになってしまった瞬間、プロジェクトの価値はなくなってしまいます。

この動きは、エンプラ企業とプロジェクトを進める際には、最も重要なことだと個人的には考えています。彼らは、組織ごとに重点テーマ・KPIなどの明確な指標を持っており、その各種指標の達成度が評価・昇給に直結するという構造があります。どんなに優れた施策であっても、この指標達成に寄与しないプロジェクトは、相対的に優先度や推進力が下がってしまいます。①で記載したフォーマットでのヒアリング事項として、中長期計画や重点テーマ・KPIの把握を必須項目にしているのは、これらの指標をプロダクトがどのように解決するかを紐付けしやすくするためです。
クライアント自身から内発的に「この取り組みは自分が推進すべきものだ!」と力強く言い切れるように、会話の節々で要素や材料を提供することが大事です。

③導入1ヶ月はキーマンが「プロダクトに毎日ログイン」を目標に
日々様々なタスク処理や営業を受けるエンプラ顧客にとって、新規プロダクトへのマインドシェアが最も高いのは、言うまでもなく導入直後のタイミングです。この時期が、初期設定〜施策設定まで覚えることは多岐に渡り、クライアントもハードな時期であることも事実ですが、逆にこの期間でプロダクトのファンにすることができれば、以降の取り組みが大きく変わります。

できればマネージャー以上のキーマンをターゲットに、「プロダクトに毎日ログインしてもらう」ことを行動目標として握り、クライアント自身が「これもできる、あれもできる」と実感してくれるようになれば、自ずとプロダクトの価値や貢献範囲を広げることができるようになります。
マネージャー以上としている理由は、活用先の広がりを見据えているためです。様々な部署の重点テーマやKPIを見ているからこそ、プロダクトを活用し価値を実感していく過程で、他部署でも使えそう、当初想定していなかったけれど別のテーマでも使えそう、と可能性が広がっていきます。

サクセス期

④クライアントのビジネスにとっての本質的な価値に、クライアント以上に向き合う
担当者が喜ぶことをしても、本質的には意味がありません。なぜなら、担当者が変わったらそれまでになってしまうし、CSとしては持続しない価値発揮の仕方だからです。担当者の視座に左右されず、時には耳の痛いことや意図に反することだったとしても、本質的な価値を考えて意見する姿勢をもつことが、中長期的な(特にキーマンや役職者との)関係構築に大きく寄与します。

例えば、「FAQの改善をやりたい」顧客がいるとします。しかし、定量データを分析したところ「問い合わせ前のFAQ閲覧率」が10%しかなかった場合、どんなに良いFAQに改善できたとしても、最大10%のユーザーにしかインパクトがありません。この時に、「そもそも残り90%のユーザーが、問い合わせ前に該当するFAQを確認できる体験を設計することの方が大事ですよね」とクライアントに伝えるような姿勢を私たちは一貫しています。こうして初めて、クライアントの重点テーマやKPIといった、ビジネス的に本質的なインパクトを与えられる存在になれると思っています。

我々の役割は、サポートではなく、サクセスをすることです。担当者のリテラシーや状況に左右されることなく、彼らが会社として追っている重点テーマやKPIを起点としてコミュニケーションし、共に歩んでいくことが大事です。

⑤やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ
大事なのは、はじめから「させてみせ、ほめて」の部分を中心にCSとして関わることです。自走化のためには、「やってみせ、言って聞かせて」は最小限にとどめ、2回目以降は「レビューと達成したことへの称賛」に徹すると手離れのよい自走化を促進できます。

ただ、「称賛」に傾けすぎると、プロジェクトの停滞や鈍化につながるため、バランスが重要です。なぜなら、顧客には私たちとの会話を踏まえて、「顧客の経営陣への起案・報告」が求められるからです。経営陣がこのプロダクトには本当に価値があると納得できるレベルまで、定量・定性の結果を出すことが本質的な価値につながるので、中途半端に称賛しすぎず、顧客が正しいPDCAをできるようになることを意識して、コミュニケーションの塩梅を考えています。CSとしては毎回明確な宿題を出して、次回レビューすることを伝えると、慣れない取り組みでも、自ずとリズムを作りやすくなります。

⑥定例会の主体をクライアントに変更
オンボ期を終えた導入3ヶ月ごろからは、基本的にクライアントに定例の主体を移行し、アジェンダの事前準備や当日のファシリテーションもまとめて任せます。サクセス期に入ってからいきなり伝えるのではなく、①で触れたようにオンボ期からキーマンと握っておくことが必要です。
主体がクライアントにシフトするので、定例にただ出席すれば良いという姿勢は当然なくなり、社内での前もっての打ち合わせが開催されたり、プロダクトの利用頻度や深度も促進できたりします。プロダクト提供側からアジェンダを持ち込むのは、基本的に新しい価値提供の機会に限っています。

⑦今できていることではなく、常に新しい広がりを見せ続ける
コンパウンドスタートアップを掲げるスタートアップのCSにとっては、マストなナレッジだと思います。

基本的には、コンパウンド戦略をとる以上、複数のプロダクトを顧客に導入していくことが求められます。
RightTouchでは、初期プロダクトが導入時の期待を超えて、価値発揮でき始めた時を機会として、新規プロダクトによる価値の広がりをこちらから話し、議論を重ねる機会を作るようにしています。こうしていくことで、複数のプロダクトを導入することで生まれるメリットや、解決できる対象の奥行き・広がりを、顧客自身が感じてくれ、自ずと自社売上の拡大にも繋がっていきます。これをやらないと、キックオフで話したテーマ以上に、CSとして介在・価値提供できる部分が広がることは基本的にありません。広がりがない場合は、定例頻度を下げる・なくす方向で動き、別のどの部分で介在できるかを改めて見直す必要があります。

得られたメリットと変化

ここからは「顧客の自走化」の取り組みを行ったことで、得られた学びと結果を共有します。

まず、当初から狙っていた3つの観点に対しての振り返りです。

①エンドユーザーへの本質的価値創出
エンドユーザーに最も触れている顧客自身がデータ分析や施策検討を推進するので、CSが想定していなかった質の高いアウトプットが出続けました。

②クライアントのコストメリット
プロダクト費用のみでオンボ・自走化を進めることができ、コンサル費用などの追加経費が発生しなかったため、クライアントの経営陣からも高い評価を得られました。

③RightTouchの事業戦略
自分で手を動かすよりも難易度の高い、相手に動いてもらうことも求めるスタイルのため、オンボ期はCSチームに一定の負荷がかかりましたが、その後は負荷が少なくなるので、中長期的な生産性を高めることができました。ビジネス指標としては、具体的なARRやMRRはお伝えできないのですが、この規模のスタートアップとしてはCS一人あたりで相当生産性の高い目標を達成することができています。

また、想定していなかった産物として、新たな学びを2つ得られました。

・クライアントにプロダクトを育ててもらえる環境の構築
使い方を細かくレクチャーする以上に、プロダクトが発展途上であることを常々伝えていました。そのため、今ある機能を制約と捉えることなく、クライアントがやりたい理想から考えてもらい、FBがもらえる関係性ができました。これにより、プロダクトチームが気付けておらず、かつまだ提供できていない重要な課題を、CSが顧客との会話から自然と把握できるようになりました。またRightTouchでは、顧客から午前にもらったフィードバックを受け、早ければその日の夕方に改善リリースをすることもあります。本当に必要なことはすぐに対応してくれるという実感や実績があるからこそ、クライアントが日々フィードバックを伝えてくれる流れが作れていると思います。

・クライアントのデジタル人材化に貢献
カスタマーサポート領域は、先にも触れた通り、デジタル黎明期な業界で、デジタル人材の母数がまだ多いわけではありません。ですが、自走化を進めるためのオンボーディングの一環として、「分析」「施策振り返り」といった定量ベースでPDCAを回せるようになるための基礎的な部分をレクチャーします。これらは、いわゆるデジタル人材のベーススキルにあたるものです。

経験がなかった人たちが、日々分析を回せるようになり、KPI設定や改善施策の実施も日を追うごとに質が上がっていくなど、強く意図していたわけではないものの、業界内のデジタル人材育成に寄与できているように思います。

ここまでがRightTouchのエンプラCSがチームとして取り組んできた「顧客自走化」にまつわるナレッジです。

顧客獲得が難しいと言われるエンプラ領域ですが、RightTouchでは壁を乗り越えつつ急速に事業・顧客数ともに成長しています。ここに掲げたナレッジや取り組みが、その成長を支えてきた一つの要素にはなりますが、あくまで未完成なものです。エンドユーザー・クライアント・自社それぞれにとって価値を最大化していくために、進化・改善をし続けることが不可欠だと思っています。

RightTouch、まだ30名弱の組織ですが、コンパウンド戦略にのっとり、新たなプロダクトも仕込んでいます!少しでもRightTouchのCS活動や会社に興味をもってくれたら、気軽に話ができたら嬉しいです。