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「0組の机にポエム書いてるの私です。」第11話

「ねぇ央。それ、悠日くんにあげるの?」

 2月13日の夜、央は夕飯の食器を片づけたキッチンで、いそいそとお菓子づくりに励んでいた。直子と暮らし始めてから、料理は生活に困らない程度にできるようになったけれど、お菓子づくりは初めての経験である。

 リビングから直子の声が聞こえて、央は手を止めた。卵と牛乳を入れたボウルに、ブラウニーミックスを注いている最中だった。学校の帰り道、駅ビルに入っている無印良品で購入した「自分でつくるブラウニー」。「初心者でも簡単にできるよ」と、郁に教えてもらったものだ。

「え? なんで悠日くん?」

 顔を上げる。対面式のキッチンの向こうで、直子がピンク色のソファーから身を乗り出してニヤニヤとこちらを見ていた。悠日の名前が出てドキっとしたが、彼女に見抜かれないように努めて平然とした態度を装った。

「え~? 明日バレンタインじゃない!」
「バレンタインって言っても、今は友達同士で渡したりもするんだよ。別に、悠日くんだけにあげるんじゃないから」
「……そうね」

 直子だって友チョコの存在はとうに知っているだろうに。あまりにも言い訳が下手すぎる。けれど、何かを察してくれたのか、直子はそれ以上深く突っこんではこなかった。ソファーに座り直し、バラエティ番組を見ながら一人晩酌を再開する。央はホッと息を吐いた。こちらもお菓子づくりを再開しよう。ブラウニーミックスをボウルに注ぎ切り、泡立て器でぐるぐるとまぜ始めた。

 直子の推察通り、このブラウニーは悠日にあげるためのものだった。まさかバレンタインにお菓子を手づくりする日がくるなんて。央にとって、バレンタインは忌まわしい記憶しかなかった。

 中学2年生のとき、いじめてきた男子生徒をぶん殴ったのはバレンタイン当日のことだった。もう何年も前の出来事なのに、あの日のことを昨日のように覚えている。必死に彼らへの憎しみを忘れようとしてきたけれど、心の奥にこびりついたあのときの記憶は、なかなか剥がれ落ちてくれない。彼を殴ったときの痛みが、右手に蘇る。ゴリッ、ゴリッ。生地をまぜる手に力が入って、ボウルから嫌な音がした。ハッとする。

 悠日への贈り物なのに、憎しみをこめてどうする。バシンと頬を叩いて、邪念を頭の外へ追いやった。

 そもそも、悠日にバレンタインを渡したらどうかと提案したのは郁だった。

 あの放課後の一件からもうすぐ一ヶ月が経つ。あれから、悠日はいつも通りだった。何事もなかったかのように、「央ちゃん!」と元気よく話しかけてくれる。詩の感想やInstagramの反応も、いつもと変わらない明るい雰囲気で教えてくれた。

 央もようやく金沢での羞恥心が薄れ、悠日とこれまで通りの会話ができるようになっていた。「一緒に帰ろう!」だとか「宿題教えて!」だとかの悠日のちょっかいを、軽くあしらう。その光景は、今やクラスのみんながよく目にしている「いつもの二人」だった。

 三者面談がどうだったのか、悠日は話してくれなかった。気になるのであれば聞けばいいのだけれど、尋ねていいのかわからない。悠日にだって、触れられたくないことが一つや二つあるはずだ。またやさぐれた態度を取られるのもイヤだし。聞かなくてもいい正当な理由をつくって、自分を納得させた。

「ノート、悠日に渡せた?」

 数日前、文芸部の活動を終えた帰り道のことだ。央はすっかり日の暮れた緑道を郁と二人で歩いていた。煌々と光る街灯が央と郁を照らす。郁は、悠日の進路を考えて書き留めていた、あのノートのことを尋ねてきた。

「……まだ。タイミングがなくて……」

 央は肩を落として答えた。ノート自体は完成している。「悠日に向いている職業」を考え、その職業を目指せる大学を導き出し、数ページにわたってまとめた。蛍光ペンで色づけもしたし、視覚的にも読みやすくしたつもりだ。

 でも、いざ準備ができたとなると、今度は勇気が出なくて渡せない。あんなに悠日の力になりたいと息巻いていたくせに、「余計なお世話かも」とか「上から目線なんじゃないか」などと、後ろめたい気持ちが途端に押し寄せてきてしまう。いつもの彼なら、「ありがとう」と喜んで受け取ってくれるはずなのに。

 ――いや、「いつもの悠日くん」って何? それって、私が「こうあってほしい」と望んだ彼の姿なんじゃないの?

 心の中で冷静な自分が問いかける。あの放課後の教室で目の前にいた悠日を、「いつもの悠日じゃない」と思っている。人間なのだから、落ちこんだり悩んだりして当然なのに。悠日を「明るくて優しい人間」だと縛りつけて、それ意外を「違う」と決めつける。そんな自分にも心底幻滅した。

 ああ、なんだか彼のことがわからなくなってきた。普段おちゃらけているのに、たまにじっと見つめてきたり、急に顔を近づけてきたりするんだから。どうしてあんな、わかりやすそうなヤツなのにわからないんだろう。悠日のことを、わからないと思い悩む日が来るなんて――……。

「それ、バレンタインと一緒に渡すのはどう?」

 押し黙ってしまった央の顔を、郁が覗きこんだ。

「バレンタインと?!」
「うん、それなら自然に渡せるじゃない?」

 郁はニコッと微笑んだ。陽キャの笑みだ。

 彼女はとても簡単そうに言ったけれど、バレンタインと無縁の人生を送ってきてしまった央には、かなりハードルが高い。中学生のときはそれどころじゃなかったし、小学生の頃は特に好きな人もいなかった。昨年は、クラスの女の子たちが「友チョコ」を配ってくれたっけ。何も用意していなかった央は、何かお返しをせねばと、『成城石井』で買った海外のチョコレート(直子が好んでよく買っている)をホワイトデーに渡した。

「できないよ、そんなこと……! 第一バレンタインって好きな人に渡すやつでしょ!」

「大丈夫、大丈夫! 『いつものお礼に』みたいなこと言って渡せばいいじゃん。アイツ、央のチョコだったら喜んで受け取るでしょ。

 もう、そんなこと言ってたらいつまで経っても渡せないよ!」

「めっ!」と郁は人差し指を立てて、央を制した。

 たしかに、郁の意見も一理ある。ノートだけを渡すのは“重い”ような気がするけれど、バレンタインのチョコと銘打って一緒に渡してしまえば、いくらか気負いをせずに済む。バレンタインは堂々とプレゼントを渡せるイベントだ。勇気を出して、郁の提案にのってみることにした。




 バレンタイン当日、学校はいつもと違ってソワソワと色めきだっていた。スクールバッグの他にカラフルな紙袋を引っ提げている女の子が多い。ヘアアレンジも髪を巻いたり編みこみをしたり、気合いが入っているようだ。普段メイクをしない子でも薄くメイクを施している。高校生にとって、バレンタインは学校行事と並ぶ一大イベントのようだ。

 央も、スクールバッグの中に手づくりのブラウニーを忍ばせていた。もちろん、水色のロルバーンのノートも忘れていない。郁の言う通り、無印良品のブラウニーは、お菓子づくり初心者の央でも簡単につくることができた。切り分けた一つを直子にあげると、「意外とイケるじゃない!」と高評価で安心した。誰かに食べさせても問題なさそうだ。

 ――……いつ渡そうかな。

 央は窓際の自席から、教室中央の悠日の席を確認した。しかし、彼の姿が見えない。休み時間はたいてい木村や横山と一緒にスマホゲームをしているか、漫画雑誌を回し読んでいるのに。央にちょっかいを出しにくることもある。考えてみれば、さっきの休み時間もいなかった。というか、朝から悠日の姿を目にしていない。水曜日は朝練が休みのはずだが、電車でも一緒にならなかった。欠席? いやいや、黒板を見る。日直には「悠日」と書かれていた。学校には来ている。それなのに、全然姿が見えないのは一体どうしてなんだろう。

「悠日は? サンデー持ってるの悠日だよね? 読みたいんだけど」
「呼び出し」
「え! もしかして、女子から?!」
「そー。朝からずっと誰かに捕まってる」
「まじで?! なら先に読も!」

 耳に飛びこんできた男子たちの会話に、央は開いた口がふさがらなかった。

 女の子から呼び出しなんてさすがバレンタイン!
 さすが『ミスター桂冠』! 

 ……と感心するが、一瞬胸がざわめいたような気がして首を傾げる。1年生で『ミスター桂冠』の座を手にした悠日の人気を考えれば、驚くことではない。むしろ、それを想定して先に動くべきだった。状況を見こしていた女の子たちが、我先にと悠日の元を訪れているのだろう。

 ……どうしよう。悠日くんに渡せるかなんだか不安になってきた。

「なんちゅー表情かおしてんだよ」
「いたっ」

 突然、誰かがポコっと央の頭をはたいてきた。見上げると、丸めたクリアファイルを片手に横山が窓に寄りかかっている。どうやら、央が彼らの会話を盗み聞きしているのを見ていたようだ。央は頬を赤く染めながら、叩かれた頭をさすった。

「悠日、去年に比べれば落ち着いてるほうだけど」
「きょねん?」
「そ。1年のときは『ミスター桂冠』で今より騒がれてたし。学校のホームページとか広報用のチラシにも載ってたから、中学校とか他校から渡しに来てる子もいたくらい」
「ほんとに?」

 横山は「何も知らないんだな」と呆れて補足してくれた。悠日のことをよく知らないのは自分でも承知しているけれど、他の人に言われると案外へこむ。

「悠日さぁ、バレンタインが近づくと結構ピリピリするんだよね」

 横山が唇を尖らせて言った。

「どうして?」

「ファンの子たちがチョコくれる分にはいいらしいんだけど、ガチ告白の子とかいるし。あいつ、優しいから。断るのしんどいんじゃね?」

 ガチ告白。つまり、本命の告白ということだろう。「告白」というワードが、ずっしりと央に重たくのしかかった。

 そうか。
 悠日くんに恋をしている子って、いるんだ。
 今まで全然、意識していなかった。

 体育倉庫で突っかかってきた4組の子も、練習試合の応援に来ていた1年生の子も、ただのファンで、何の根拠もないけれど真剣な好意ではないのだろうと思っていた。ファンはいるけど、本命の子はいない。それが央の認識だった。

 でも、そんなことはない。央の知らないところで、悠日に恋心を寄せている子は、きっとたくさんいるんだろう。ファンだと思っていた子の中にも、本気で悠日を好きな子がいるのかもしれない。そんな当たり前の事実に心が揺らぎ始めた。

 新幹線で聞いた悠日の恋の話を、ふと思い出す。「好きじゃなかったら付き合わない」と彼は言ったけれど、央が聞く限り、当時の彼女のことは「好きじゃなかった」んだと思う。好きじゃないけど、断って傷つけたくないから付き合った。央にはそう読み取れた。

 そのとき、悠日のことを「どこまでも優しい人だな」とこっそり思ったのだった。悠日自身は何も関係ないのに、わざわざ央に連れ添って金沢まで行ってくれることも、こちらが申し訳なくなるくらいの優しさだった。その優しさに惹かれる人が、たくさん、たくさんいるのだろう。

 もしかしたら、今日、本命の告白をしてくれた子と、悠日は付き合ってしまうかもしれない。誰とでも付き合うわけじゃないだろうけど、それが元恋人のような「傷つけたくない人」だったとしたら、きっと彼は――……。

「ばっさり断りゃいいのにね。郁が俺にしたみたいに」
「え?」

 思いがけない横山の言葉に、央は聞き返す。

 郁が? 俺にしたみたいに??

「何それ?! その話聞いてないんだけど?!」
「あれ? 郁から聞いてると思ってた」
「ちょっとくわしく!」

 央は逃がすまいと横山の腕をガシッと掴んだ。彼の失恋話を聞いているうちに、休み時間は終わった。悠日は、チャイムが鳴るまで教室には戻ってこなかった。




「んじゃ、これでホームルーム終了! おつかれーい」

 鮫島が気だるげにホームルームを締め、本日最後の授業はあっけなく終わった。まだ悠日にブラウニーを渡せていないのに、もう放課後になってしまった。結局、悠日は休み時間も昼休みも全然教室にはいなかった。授業中は席に座っているけれど、バレンタインを渡すのに相応しい時間ではない。

 部活に向かう生徒、教室の掃除を始める生徒、友達同士でくっちゃべっている生徒……。クラスメイトたちが次々と席から散っていく。悠日は中央の席から教壇に上がり、「修学旅行 テーマ設定について」と書かれた黒板の文字を消し始めた。彼を見失わないように目で追う。黒板の清掃は日直の仕事だ。

 今、話しかける? まだ教室にみんないるけど? 

 心臓が忙しく鳴った。躊躇していると、悠日はサクッと黒板の清掃を終えて、教室から出て行ってしまう。小脇に日直日誌を抱えている様子から、職員室に向かうのだろう。央はダッフルコートと鞄を持って、慌てて椅子から立ち上がった。

 廊下を流れていく生徒の群れとぶつかりそうになりながら、悠日のうしろ姿を追う。「悠日くん」と呼び止めようとしたけれど、緊張のあまり言葉にならなかった。どうしよう。なんて言って渡そう。ブラウニーと、あのノートを。

 悠日が階段を降りていく。職員室は2階だ。央も続けて階段を降りる。廊下を曲がると、悠日はちょうど職員室に入っていくところだった。一旦、足を止める。職員室から出てきたら、今度こそ呼び止めよう。目を閉じて大きく深呼吸する。うるさい鼓動を落ち着かせた。今日、バレンタインだから、いつものお礼に――……。言葉に詰まらないよう、とりあえず郁が言っていた台詞を心の中で繰り返す。

 ガラッ。ドアの開く音が聞こえた。ハッと瞼を開ける。悠日が職員室から出てきた。

「はる……」
「浅海先ぱーい! やっと見つけた!」

 廊下の奥から、女の子たちがバタバタと音を立てて走ってきた。3人組の女の子が一気に悠日を取り囲む。央の小さな声は、彼女たちにかき消されてしまった。

「おー、どうしたの、みんなして」
「どうって、今日バレンタインじゃないですかー!」
「部活の前にチョコ渡そうと思って! なのに、教室にいないからぁ!」
「木村先輩が職員室じゃないかって教えてくれたんですぅ」

 3人組の彼女たちに見覚えがあった。悠日の試合の応援に来ていた1年生の女の子たちだ。今日も、3人ともツインテールにした髪をゆるく巻いている。制服のスカートは、ボルドーのタータンチェックで揃えていた。小柄な女の子の一人が短いスカートでぴょんぴょん跳ねる。ツインテールの髪が揺れた。むぅっとふくれた顔も、悠日に負けないくらいあざとかわいい。

「はい、先輩♡ バレンタイン!」

 彼女たちは、スクールバッグの中からそれぞれのチョコを取り出した。ゴールドのリボンをあしらったワインレッドの箱。ピンク色のハート型の入れ物。白地にブルーの水玉のラッピング袋……。悠日の表情を直視できなくて、央は思わず顔を背けた。

「わー! ありがとう!」
「浅海先輩のために手作りしましたっ☆」
「今食べてくださいっ」
「え、今?!」
「せっかくなんだから感想聞かせてくださいよぉ~」
「おぉ、わかった」

 甘い声なのに押し切る力が強い。それとも、悠日が優しいだけなのか。3人組のうちの一人が、我先にとハート型の入れ物を開けた。

「じゃーん! ブラウニーでーす!」

 央の心臓が凍った。

「すごいじゃん。いただきまーす」
「どう? どう? おいしくできてますか?」
「うん、おいしい。サンキュー」
「きゃーっ! ほんとですかー?!」
「先輩、茉莉まりのも茉莉のも~!」

 央は踵を返した。キャッキャと楽しげな甲高い声が、嫌でも耳に響く。聞きたくない。両手で耳を塞いだ。



 重々しいにび色の雲が、どんよりと空をうごめいていた。ズカズカと歩く央の足は、校舎を離れるにつれ勢いを失っていく。緑道を歩きながら、盛大な溜息がこぼれ出た。白い息が冷たい空気に溶けて、跡形もなく消えていく。

 ついに、足が止まった。緑道の端のベンチに腰を下ろす。膝の上にスクールバッグを乗せ、チャックを開けた。教科書のほかに、いくつかお菓子が詰まっている。郁のクッキー、茗のマドレーヌ。昼休みに央のブラウニーと交換したお菓子たちだ。郁も茗も、央のブラウニーをおいしいと褒めてくれた。

 悠日に渡すはずだったブラウニーをそっと取り出す。透明のラッピング袋は、1年生の女の子たちの華やかな包装に比べると途端に味気なく映った。昨日、袋に詰めたときは、そんなこと思わなかったんだけどな。

 なんだろう、モヤモヤする。悠日の瞳に自分が映っていなかったことに、なぜか衝撃を受けている。少し前まではそれが当たり前だったのに。どうしてそんなことでショックを受けなきゃいけないんだろう?

 ――……忘れてた、悠日くんが人気者だってこと。
 いつも「央ちゃん、央ちゃん」って言ってくれるから。

 今日一日、悠日がすごく遠い存在のように思えた。詩の秘密を共有してから、一度もそんなふうに思ったことはなかったのに。どちらかと言えば、彼はしつこいくらいに央の世界に入りこんできていた。今となっては、一緒にいることが最早“自然”になってきている。まるで、最初から央の世界に住んでいたかのようだった。

 でも、違った。そもそも彼は、もっと遠い世界の住人だったのだ。私たちは天と地ほどにスクールカーストがかけ離れている。それなのに、これまで近くに感じていたほうがおかしかった。こっちが現実。忘れてしまっていたけれど。

 休み時間に聞いた、クラスの男の子たちの会話。あのとき、どうして心がざわめいたんだろう? 悠日が他の女の子と会っているのを“おもしろくない”と思っていた。“おもしろくない”って何? 別に、どこで誰と会おうが彼の勝手でしょ?

 だけど、「誰かと付き合ったりでもしたらどうしよう」と不安になったのも本当なのだ。いや、なんで? どうしてそう思うの? 悠日くんが誰と付き合ったって、私には関係ないでしょ。なんで私が不安にならなきゃいけないの? これじゃまるで、悠日くんのことが――……。

 ぶるぶると激しく首を横に振る。そんなことない。そんなはずない。だって、ついこの間まで夏目先生のことが忘れられなかったのに。夏目先生のことが好きで、ずっと詩を書いてたんだよ。悠日くんなんて全然タイプじゃないし。好きじゃない。本当に、好きじゃないってば。

「わー! ありがとう!」
「すごいじゃん。いただきまーす」
「うん、おいしい。サンキュー」

 1年生の彼女たちに掛けていた悠日の言葉が、リフレインする。あの子たちに優しくしないでほしかった。こっちを見てほしかった。いつもみたいに「央ちゃん」って呼んで、駆け寄ってきてほしかった。どうして。どうして悠日に、こんな気持ちになるんだろう。

 ラッピング袋を留めていた、ベージュのワイヤを外す。くるみの乗ったブラウニーを取り出し、バクっと囓った。生地をゆっくり噛み潰す。ビター風味のチョコの味が口に広がった。歯ごたえのあるクルミがガリっと音を立てる。みんなおいしいと言ってくれたのに、全然おいしくない。最後の一口を口に入れ、独りちる。

「誰にでも優しいっていうのは、誰にも優しくないってことなんだよ、悠日くん」


(つづく)

↓第12話


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