ゼロから「1」を生み出すことに集中する

誰もが毎日を生き生きと創造的に過ごしたいと思っている。

誰かの情報をただ受け取るだけでなく、自分の手で何かを生み出したいと願っている。

しかし、たいていの人間はテレビやネット、SNSなどさまざまな情報を受け取るだけでほとんど創造的になっていない。

それはいったいなぜだろうか?

「仕事があるから」、「毎日8時間以上働いて疲れてしまうから」と答える人も多いだろう。

たしかに仕事をしていることで、時間も体力も奪われる。

創造するには十分なエネルギーが必要で、そのエネルギーが失われてしまうのは創造する力を弱めてしまう。

では仕事を辞めたら人は創造的になれるのだろうか?

答えはもちろん「ノー」だ。

たいていの人間は仕事を辞めて自由な時間を得たとしても創造的にはなれない。

私は会社を辞めてフリーランスになった人たちを長期間にわたって調査し、その結論に確信を持つようになった。

創造的になるには時間的な余裕があるという条件だけでは足りないのだ。

では創造的になるにはいったい何が必要なのだろうか。

ここでは平凡な人でも生き生きと創造的になる方法についてくわしく説明していこう。

「創造」することを絶対的な基準にする

たいていの人は「創造」することよりも重視しているものがある。

たとえば「生活するために働くこと」。

生きるためには「生活費」が必要になるから、何かを創造することよりも重要になるのは当然だ。

しかし、人よりも「創造的」になるためには、そうした考えを捨てなければならない。

つまり、「生活費を稼いでから創造的になる」という考えを捨てて、「人よりも創造的になって生活費を得る」という考え方をしなければならない。

「創造的になることで、本当に生活費を稼げるのか?」

そう疑問に思う人も多いことだろう。

もちろん、それは何の努力もせずに楽にできることはない。

相当な時間や労力を必要とすることは間違いないことだ。

だが、もしもあなたがより生き生きと創造できるようになったとしたらどうだろうか?

今までブログで一日1記事書くことが精一杯だったのが、5記事から10記事書くことができる。

あるいは、今まで一日1作品しか描けなかったイラストが5作品以上描けるようになったらどうだろうか?

作り上げるものは陶器であっても、動画作品であっても、絵本であってもいい。

とにかく人よりも質の高い作品を比較的速いペースで生み出せれば、収益は必ず上がっていくのではないだろうか?

そう考えてみると、私たちが人よりも創造的になるためには、まず「考え方」から根本的に変えていかなければならないということが分かる。

「創造することを絶対的な基準にする」とはどういうことか?

「創造することを絶対的な基準にする」ということがどういことなのか、もう少し説明しておこう。

それは簡単にいえば「創造すること」を他のことよりも優先するということだ。

例えば、あなたが新しい本を買いたいと思ったとしよう。

その本は今ベストセラーになっていて、多くの人に読まれている。

それを読まなければ、なんだか取り残されたような気分になってしまうほど人気の高い本だ。

ごく普通の価値基準に従えば、それは買った方がいい本ということになる。

だが、もしあなたが「創造することを絶対的な基準にする」と決めていれば、自らにこう問いかけることになる。

「これは私にとって何かを生み出すことにつながるだろうか?」

答えが「ノー」なら、その本がいくら人気が高いものであっても買わない方がいい。

創造することを他の事よりも優先しているならば、その本はあなたにとって必要なものではないのだ。

「創造すること」を絶対的な基準にしづらい理由

人よりも創造的になるためには「創造することを絶対的な基準」にすればいい。

言葉にすれば非常に簡単で誰でもできそうに思える。

しかし、実際に取り組んでみれば、これは意外と難しいことであることが分かる。

なぜなら、私たちが受けてきた教育は「創造すること」を真っ向から否定するような教育だったからだ。

そこでは教師が教えたことをそのまま従順に受け取って、ほんの少しばかり応用できれば「よし」とされる。

最も創造的な教科であるはずの「美術」や「音楽」も全く同じだ。

もしも最先端の芸術家や音楽家をそのまま中学生ぐらいに若返らせて、ごく普通の中学校に通わせたらどうなるだろうか?

おそらく彼らは教師の言うことなど全く聞き入れない「不良」と分類され、信じられないほどの低い評価しか与えられないだろう。

学校だけではない。

長く会社に勤めていた人には「組織」の基準に合わせて従順に行動することが染みついている。

そこでは「創造」することよりも、「従順」であることの方がはるかに価値あることとされているのだ。

そのような場所に長くいた人が突然会社を辞めても「創造的」になれないのは当然のことだ。

「創造すること」を絶対的な基準にするために

一部の天才ならともかく、ごく普通の人が「創造すること」を絶対的な基準にするのは非常に難しい。

たいていの人はそんな小難しいことはさっさとあきらめて、何かほかの楽しいことに時間を使おうとするだろう。

しかし、私はこうも思う。

「世の中にいる一部の天才だけが創造的であるにしても、ごく普通の人でも創造的になれる方法があるのではないだろうか。」

もしも、創造的になれる具体的な方法が分かれば、ごく普通の人でも創造的になれるはずだ。

では、ごく普通の人が創造的になるためには具体的にどうすればいいのだろうか?

これから私が述べていくのは、ごく普通の人が創造的になるための実践的な方法である。

この方法は一部のエリートに向けた高尚なアドバイスでなければ、学問的な抽象論でもない。

ごく普通の人であれば誰でも実践できるもので、高い成果を出せる可能性が非常に高いものだ。

もしあなたが、「そんな方法などあるわけがない!」と疑うようであれば、今後私の行う活動を長期間にわたって観察してみてほしい。

私がどのように創造的に変化したかをその目で確かめるのが一番いい証拠になるだろう。

この続きを読むのはそれからでも遅くはない。

(続きはこちら)

ゼロから「1」を生み出す時間術




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