現代に蘇る江戸の絵師 伊藤若冲

東京・上野公園の都美術館で開かれていた伊藤若冲の生誕300年を記念する回顧展が今月24日に閉幕した。

回顧展では、若冲の花鳥画や水墨画、版画、モザイク屏風など多彩な作品から主要な89点が展示され、44万以上の人が足を運んだという。

伊藤若冲は以前からそれほど高く評価されていたわけでなく、再評価され始めたのは辻惟雄が『奇想の系譜』(70年)で、奇想の画家の1人として取り上げて以来。

その後、京都国立博物館で開かれた没後200年記念の「若冲」展(2002年)や東京国立博物館で開かれた「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」展(2006年)になどを経て、再び注目を集めることになる。

今回の回顧展では若冲の最高傑作「動植綵絵(さいえ)」30幅と、合わせて制作された「釈迦(しゃか)三尊像」3幅の計33幅が東京で初めて同時公開され、大きな話題を呼ぶことになった。

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伊藤若冲とは?

伊東若冲は正徳6年2月8日(1716年3月1日)、京都の錦小路の富裕な青物問屋「枡屋」に生まれた。

23歳の頃に家業を継ぎ、40歳で家督を弟に譲り、絵師として活動を始めることになる。

その後、鹿苑寺大書院障壁画や金刀比羅宮奥書院襖絵を制作。

明和2年(1765年)の末弟・宗寂が死去した年に「動植綵絵」(全30幅のうちの)24幅と「釈迦三尊図」3幅を相国寺に寄進する。

50代から70代にかけては作例が大幅に減るが、70代以降には再び活発な創作活動を再開。

最晩年には代表作「鳥獣花木図屏風」や「象と鯨図屏風」など数多くの傑作を残す。

寛政12年(1800年)9月10日没。石峰寺に葬られる。

若冲の主な作品 初期

若冲は、京都の中心部、錦高倉青物市場の「枡屋(ますや)」の長男として生まれた。「枡屋」は生産者あるいは仲買・小売りの商人に場所を提供して販売させ、売場の使用料を徴収する問屋で、若冲は裕福な家庭で育つことになる。

父の死後、若冲は青物問屋の主人となるが、商売には向いておらず、2年ほど丹波の山奥に隠棲していたという話も残っている。

そんな若冲が次弟に家業を譲り、本格的に絵を描くようになるのは1755年のこと。若冲が四十歳になった頃だった。

それから若冲は狩野派の画法を学んだ後、その画法を捨て、宋元画(特に濃彩の花鳥画)をもっぱら書き写していた。

狩野派が中国画を手本としていることを知った若冲は、直接中国画から学んだ方がいいことに気づいていたのだった。

生涯の友であった梅荘顕常(※禅僧の大典のこと)が残した資料によれば、その頃若冲が書き写した中国画は1000枚を超えるという。

その当時描いていたとされる作品の一つに「葡萄図」がある。

葡萄図

中国の「び稜」という地域で盛んに製作されていた「草虫図」というジャンルの絵で、若冲は作品を模写しながら絵を学んでいたとされる。

もとの絵を見ると、若冲の個性がはっきり表れていることがわかる。

葡萄垂架図

若冲の作品は中国絵画と比べて墨の濃淡が強調され、病葉や虫食いなどの細部も精密に描かれている。

もとの絵と比べて立体的、かつ浮遊感あふれるように描いているところに特徴がある。

隠元豆・玉蜀黍(とうもろこし)図

若冲は模写を続けているうちに、中国画をどれほど巧みに写しても、結局は中国人の描いた「物」を、また写しているにすぎないことに気づく。そして直接「物」を見て描く必要性に気づいた若冲は、鶏を飼い、それを自分の眼で観察して描き始める。

若冲と交流があった大典によれば、ある生き物を見続けているうちに、その生き物の神気が見えてくるという。そしてそれが見えるようになれば、その生き物はどのようにも描けるようになるそうだ。

「釈迦三尊像」と「動植綵絵」

「釈迦三尊像」と「動植綵絵」は40代以降に約10年をかけて取り組んだ代表作。

両親と弟、そして若冲自身の永代供養を願って相国寺に寄進されたもので、両方合わせると3幅30幅に及ぶ大作である。

「動植綵絵」は「釈迦三尊像」を荘厳するために描かれた30幅に及ぶ花鳥図の大作で、様々な植物,鳥,昆虫,魚貝などの生き物の生命感あふれる筆致で描きあげている。

その中には「老松白鶏図」という有名な作品がある。

老松白鶏図

枝葉を大きく広げた松をバックに、真っ白な鶏の雌雄一対を描いたもの。

朝日を見上げるような雄鶏の姿勢と、鶏冠と旭日で使われた赤の使い方が独特。

ダイナミックな構図で生命観がにじみでるように表現されている。


「動植綵絵」の中にはその他にも「梅花群鶴図」などの有名な作品がある。

梅花群鶴図

華々しく咲き乱れる梅花を背景に、六羽の鶴を描いたもの。

多数の鶴が重なるようになっているにかかわらず、遠近をほとんど感じさせないように描かれている。

紫陽花双鶏図(あじさいそうけいず)

老松孔雀図(ろうしょうくじゃくず)

芙蓉双鶏図(ふようそうけいず)

「動植綵絵」は若冲自身が相国寺に寄進したもので、大典によれば若冲は最初から後世に作品を残そうとして描き始めたという。製作時期は宝暦8年(1758)頃から明和3年(1766)まで。若冲が43歳頃から51歳までの約10年間にあたる。

主な作品 中期

50代以降、若冲は立て続けに版画を制作し、新たな境地を模索し始める。

製作した版画は主にモノクロの拓摺り(たくずり)とカラーが混じった多色摺りに二種類。

拓摺りを最初に試みたのは『乗興船(じょうきょうしゅう)』。明和4年(1767年)春、淀川下りをした際に描いたものに大典が読んだ詩句を添えて一巻の拓版画巻物とした作品だった。

評判は上々で、その後若冲は『玄圃瑤華』(げんぼようか)、『素絢帖(そけんじょう)』を次々に刊行した。

玄圃瑤華

「玄圃瑤華」(げんぼようか)は若冲が53歳の時の作品で、全部で48枚ある。

未草(ヒツジグサ)

ヒツジグサをダイナミックな構図で描き、生命感を前面に押し出している。

鶏頭(ケイトウ)

手足の伸びきった蛙が泳ぐ様子をユーモラスに描いている。

拓版摺という珍しい技法(版木の上に紙を載せ、その上に墨をつけたタンポで叩き絵柄を出す技法)を用いて制作されている。


50代の作品は40代に比べて多くはないが、若冲は「玄圃瑤華(げんぽようか)」、「乗興舟(じょうきょうしゅう)」、「素絢帖(そけんじょう)」という拓版画集を作るなど新しい技法を積極的に用いて作品を描いている。


乗興船(じょうきょうしゅう)

大典との淀川下りの体験を描いた乗興船の末尾。

素絢帖 梅図


若冲の主な作品 後期

若冲は天明8年(1788年)の大火で自宅とアトリエを焼失。錦町の屋敷なども失った彼は、同年十月に大阪を訪れ、そこでしばらく滞在する。「仙人掌群鶏図」、「蓮池図」といった襖絵はそのときに描かれた。

その後、若冲は疲労がたまったせいか、1790年に大病にかかる。1793年までは京都伏見のお寺、黄檗宗百丈山石峰寺に隠居し、絵一枚を米一斗(一万円くらい)で売る生活を送っていたらしい。

しかし、若冲はそんな境遇にもめげずに次々と作品を作り続ける。晩年の作品で最も多いのが75歳の年代記をもつ作品。その後も若冲はさらに進化し続けた。

「菊図」

若冲が七十歳代の半ば頃に書いたとされる作品。

左右の躍動を中和し、安定した構図で描かれている。

「中鶏」

若冲が七十四歳の頃に描いた作品。

左右に雪中に花開く白梅を置き、中幅に雪の積もった茅葺の家の軒先に止まる雄鶏を透明感のある色使いで描いている。

「石灯籠図屏風」(いしどうろうずびょうぶ)

74歳ころの作品。樹木の連なる山並みを背景にして十基の灯籠と柵が描かれている。

よく見ると、石の質感を表すために細かい点で描かれていることが分かる。

西洋の点描とは違い、たんに石の質感を出すために本能的に用いたとされている。

鳥獣花木図屏風

若冲が77歳ごろに描いた作品。

実を実らせた果樹と牡丹の花を背景にして、鳥と獣が群がるように描かれている。

仏教の「草木国土悉皆成仏」(そうもくこくどしっかいじょうぶつ:草木や国土のように心を持たないものでさえ、みんな仏性があるから、成仏する)に影響を受けて描かれた作品で、若冲の生命に対する考えが色濃く反映されている。

なお、屏風の彩色は、一辺が1センチあまり、合計8万6千個ほどのマス目を引き、それを一つずつ埋めていく手法で描かれている。

「樹花鳥獣図屏風」

「群鶏蔬菜図押絵貼屏風」(ぐんけいずおしえばりびょうぶ)

若冲が八十歳ごろに描いたとされる作品。

鶏の様々な姿を描いた水墨画を六曲一双の屏風に仕立てて、雄鶏と雌鶏、ひな鶏を植物と組み合わせて描いている。

後ろ向き、正面向き、立ち姿、座った姿と様々な変化をつけ、尾の形のバリエーションも一枚一枚異なっている。

象と鯨図屏風

若冲が八十歳ごろに描いたとされる水墨画。

陸と海の巨大生物である象と鯨をV字の構図で描き、勢いよく潮を吹く鯨と、うずくまって鼻を高々とあげた象とをユーモラスに対置させている。

梅原猛氏は中日新聞に以下のような感想を寄せている。

「象は珍しく浜辺に座って、天高く鼻を振り上げ、はるか上にいる鯨にエールを送り、鯨もまた天高く潮を吹き上げ、象のエールに応えているかのようである。」

若冲をよく知るためのおすすめ本

伊藤若冲の生誕300年を記念する回顧展を見て、さらに若冲のことを知りたいと思った人も多いのではないだろうか。

若冲の作品は前期、中期、後期と作風がさまざまなで、見どころも満載。

回顧展では見られなかった若冲の作品を知ることで、若冲の新しい一面を触れることができる。

ぜひ一冊手にとって若冲の描く世界を楽しんでほしい。

<若冲 おすすめ本 一覧>

もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品 改訂版 (アート・ビギナーズ・コレクション)

若冲の主要な作品を生涯に沿って配列し、さまざまな角度からの短い解説を加えたビギナー向けの本。

伊藤若冲 (新潮日本美術文庫)

若冲の代表作、32作品を簡潔な解説文を添えて紹介した本。20×13cmの小判本ながら巻末には年表と、小林忠氏による適切な解説も添付されている。

異能の画家 伊藤若冲 (とんぼの本)

若冲の生涯と作品群を徹底紹介した本。《動植綵絵》全30幅から、枡目描きの屏風、水墨画やモダンな版画まで代表的な作品が収められている。

目をみはる伊藤若冲の『動植綵絵』 (アートセレクション)

若冲の代表作『動植綵絵』30幅をすべて詳細に紹介した中級者向けの本。誌上初公開となる絵巻物『菜虫譜』も収録されている。

若冲の衝撃 (和樂ムック)

まったくの無名絵師であった若冲を「発見した」アメリカ人コレクター、ジョー・D・プライス氏が所有する作品を中心に解説したムック本。

ジョー・D・プライスが若冲を見つけた経緯などが詳しく書き記されており、原寸、モチーフの比較などを通して詳細に作品が解説されている。


生誕300年記念 若冲展

Wikipedia 伊藤若冲

芸術新潮 2016年 05 月号

「若冲展」が閉幕 入場者数44万6000人



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Burari

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Note 時事コラム 2016

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