チャック・パラニューク 『インヴィジブル・モンスター』

★☆☆☆☆

 1999年に発刊。翻訳版は2003年にハヤカワから出ています。訳者はお馴染み池田真紀子。
 順番としては『サバイバー』の後に出版されていますが、実際は『ファイト・クラブ』よりも前に書かれたそうです。お蔵入りになっていたデビュー作ということみたいです。
 どうしてお蔵入りになっていたのかというと、出版社に持ちこんだところ、〝理解不能〟とリジェクトされたからだそうです……。

〝意味不明〟ではなく〝理解不能〟というところが、的を射ている気がします。読んでいても首を捻ることが多すぎて、くらくらしましたもの。

 顔を破壊されたモデルの主人公と元恋人、全身を改造して主人公とそっくりの外見になった性転換を目論むゲイの兄が旅するロード・ムービーといったらよいでしょうか。なんともグロテスクでカオティックな話です。
 終盤にちょっとした事実が発覚するのですが、なんだかいろいろありすぎて、サプライズには感じませんでした。「実は……」みたいな展開が多すぎて感覚が麻痺しちゃってたわけです。サプライズも多すぎると単調になりますから。

 僕が担当者でもこれを出版しようとは思わないですね。書きたいことがあるのはわかりますが、まとまりがまったくないというか、かなりとっ散らかってます。とにかく落ちつけ、と言いたいです。

 チャック・パラニュークの問題点は、腰を据えてしっかり書いたという感触がもうひとつ足りないところです。そのせいで、なんだか軽いんですよ。アイデアとテンポはよいし、時代性に対する着眼点と感受性は鋭いのですが、全体的にすべてが上滑りしているように感じます。小説というよりもプロットに近い印象を受けます。
 えぐいアイデアと、化学物質や病名といった特殊な単語を執拗に書き連ねる文体は個性として目をつぶるとしても、もう2、3歩踏み込まないと持ち重りのするよい作品にはならない気がします。
 どんどんジャンプしていく手法も最初は新鮮でしたが、あまり続くと、忙しないというか、散漫というか、落ち着きが足りないように思えてきてしまいます。いいから落ちつけ、と言いたいです。

 アイデア過多なところもあります。『サバイバー』を例に挙げると、この作品に詰めこまれたアイデアで3作品くらい書けるでしょう。少なくとも長篇2作、短篇1作は書けそうです。テーマが絞り切れていないとも言えるかもしれません。その意味でもやはり腰の据わりが足りないわけです。

 膨れ上がった自意識とよりどころを失ったエゴ、化学物質と物質主義で混沌とした現代社会とグロテスクな人間、自己破壊といったところがパラニュークの世界観なのですが、これだけではなかなかキツイものがあります。
 そうしたえぐい要素を束ねる依り代のようなものがないと、表層的な衝撃があるだけで、物語が拡散していってしまうわけです。

 よくも悪くも、それがチャック・パラニュークという作家の業なのでしょうが、僕はこのへんでもういいかな、と思ってしまいました。

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