J.D.サリンジャー 『ナイン・ストーリーズ』

★★★★☆

 2009年にヴィレッジブックスから出た新訳版(といっても、もう9年も前ですが)。訳者は柴田元幸。
 いまでは文庫化されています。僕は当時買ったハードカバーを引っぱりだしてきて再読しました。

 シンプルな装丁とやわらかいクリーム色が素敵です。サリンジャーは自著の装丁には滅法うるさかったようで、それは翻訳本でも変わりません。写真や絵を載せるのもだめだし、解説をつけるのもNGだそうです。
 賛否あると思いますが、僕はこの装丁はすばらしいと思います。内容と関係するものをヴィジュアルとして載せる装丁はあまり好きではないんですよね。

 9年ぶりに読んでみて、記憶と同じものもあれば、こんな話だったっけ?と新鮮な気持ちを味わうものもありました。執筆した時期がわりと長いスパンに跨がっているので、文体やテーマがバラエティに富んでいます。グラス家サーガに含まれる作品(シーモアやブーブーの話)もあれば、独立した短篇もあり、幕の内弁当的にサリンジャーを楽しめます。

 後期のサリンジャーはかなり宗教的な方向に邁進したわけですが、本書にもその予兆は感じとれます。ですが、そこまでどっぷり宗教色に浸かっていないため、作品としてのバランスがとれています。物質的価値ではなく、より高次な精神的充足を評価するサリンジャーの価値観が色濃く反映されており、いくぶんわかりにくいところもありますが、じんわりと伝わってくるものがあります。

 個々の作品をみると、質にはばらつきがあるようにも思えますけど、よいものは文句なくすばらしいです。とりわけ『エズメに——愛と悲惨をこめて』は出色の出来だと思います。

 惜しむらくはサリンジャーの短編集がこれ1冊だということですね。いくつかの雑誌に発表されたものはありますが、書籍化はされていないようです(アメリカではその昔、それらをまとめた海賊版が出回ったそうです)。
 9篇では少ないですよね。もう少し読めたら……と思ってしまいます。もっとも、その寡作さもまたサリンジャー作品を下支えしている要素かもしれません。

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酒井 章文

雑文

主に読書感想文を載せています。ネタバレしない内容を心がけてますが、気にする人は避けてください。批評ではなく、感想文です。
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