新宿駅が越えられなくなった話(前編)

先日、8ヶ月以上お世話になったアルバイト先を退社というか完全に飛んだ形でやめてしまいました。

認めます。僕はサイテイです。

当初僕は半年勤めたら正社員になる予定でした。ですが実際に日々を重ねていき半年。上司からは「お前は使えないからバイトとして置かせてやってるんだぞ」と言われました。

実際に僕が「使えない人材」だったと思います。会社の経営が3年赤字で新卒すら親会社からしか採れないという状況なのもわかっておりましたが、それは僕が「つかえない」からだと思って信じていました。

その一方で、ありがたいことに拙作「父、かえれ!」が一夜限りの劇場公開がありました。仕事終わりに劇場にポストカード型フライヤーを配っていると「監督さんですか!」や「知ってます!楽しみです!」と声をかけていただける。正直に白状すると、日々「ダサい」「キモい」「できない」「鈍臭い」...と浴びているのを上書きするように必死に配っていました。

社内で手書きのポストカードを配ってもオサレな同い年の社員さんには鼻で笑われます。でも、劇場へ行くとこの情けない心はちょっとだけ救われていました。

そして、人生で初めて映画館のスクリーンで上映されたとき。

本当に嬉しかった。夢が一つ叶いました。

もちろん、そんなのは一晩限りのうたかたの夢です。週明けて仕事に出るとやはり、「使えない」「できない」「鈍臭い」三拍子揃った本物の僕になります。

ちなみに、一時期までは本物の僕の定義は逆でした。ですが後述させていただく母の言葉から本当の僕は三拍子揃った方だったそうです。

さて、そんなわけで週5で土日もたまに出勤アリ、時給1200円のアルバイト生活も半年がすぎたある日。事件が起きました。

しかも、信じられないくらい小さい。

「社内の倉庫(ストックルーム)にあった資材を担当者のない私物は、処分もしくはどかせ」というのが本日の僕の業務でした。

映像制作と関係ないのは、この半年間いまに始まったことではないのでツッコまずにお納めください。この頃になると、三拍子揃った僕に与えられた仕事は「オフィスを綺麗にしておくこと」だけでした。

そして、例によって荷物を整理し、場所を作り担当部署がわからない場合は保留にしておきました。

すると、数分後、別部署のお姉さん烈火のごとく怒って呼び出し。怖いです。話を聞くとその方の部署の物は置く許可はもらってないが昔から置いていたのだから勝手に動かすな。とのことでした。このことを聞き出すまでに、感情むき出しで雪崩のように僕をなじるお姉さん。二行にまとまる話を15分近く僕の「できないあるある」とお得なセットで15分。もちろん、知らない物は触りません。触らぬ神に祟りなしです。でも、お姉さん怒ってるので「えっと...どうすれば解決しまうでしょうか」とお伺いを立てました。内心は一言です。

知らねぇよ。

ただ、ない三拍子揃った僕に唯一与えられた仕事ですから。一生懸命現状復帰させていただきました。

その時です。イケメンの社員先輩が一連のやりとりに講評をくださいました。ありがたい、忙しい先輩が俗事にまでご意見くださるなんて。

「君はさ、なんか信用されない感じなのよ。顔も雰囲気も信用されてできる人って雰囲気から違うじゃんだから無理だよ自分が関与した時点で自分のせい

ご意見。ありがとうございました。つまり僕は生まれながらに倉庫の件でお姉さんに15分説教されることが決められていたのです。運命だったのか!

いえ、そんな面白おかしくありませんでした。正直、何か声でいうなら「あ〜」って音が出ていたと思います。今考えると生まれながらに詰んでいるはしっくりきています。

しかし、数ヶ月前の愚かな僕は、悔しがりました。

愚かなり自分。(続く)

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