ある日の留置所生活。

ここでは父が留置所でどんな生活をしていたのかを日記やインタビューをもとに書いていきたいと思います。

ある1日の生活@留置所

留置所の中ではみなさんもご存じの通り、名前ではなく番号で呼ばれる。起床は6時30分、毎回収納場所へ布団を片付ける。各部屋5名づつ洗顔を済ませ終了したら部屋へ戻る。7時に課長、または係長がやってきて点呼し、その後朝食となる。

朝食の際、小窓からゴザとタオルが渡され、まずゴザをタオルで拭いてから弁当が配られる。ここでわかるのは、ゴザが机の役目を果たしているということ。いつの時代の話だと感じるのではないだろうか。でもそれが現実。

また弁当の中身が悲惨。

白米、つけもの3枚、昨日の残り物のようなフライ1個。希望があれば水かお茶ももらえる(朝食)

残り物のフライというのは想像だが、オードブルで余ったやつのイメージ。いきなりこんなおいしくもない、栄養価も考えられてないものを食べさせられるのかと思うと今の日本で食品ロスとか言われているけどひどいものだなと思う。

食事時間は約10-15分。小窓から再度ゴザや弁当の空を出し、自分の弁当を他人に食べさせてはいけないという禁止事項はあったようだ。部屋には水道もないのでのどが渇いた際は担当さんに頼み、紙コップに入れてもらい小窓から渡されていた。

8時、運動として小さなベランダへ出され1人15分程度時間をもらい電気髭剃りでひげをそったり、少し運動をすることが許された。終わると、1日3冊まで本を借りることができたので部屋に入る前に借りる。ボールペンを借りるには9時からと時間が決まっており、借りる度に弁護士の名前を記入し昼近くに一度返す。恐らくボールペンで自殺しないようになど色々あるからだろう。

12時になりお昼。このお昼の内容を聞いた時私は驚愕した。そしてこのお昼ご飯は毎日変わらない。栄養バランスなんてないに等しい。

食パン4枚、ジャム2個、マーガリン1個、サラダなどの付け合わせが少量、ジュース1本。(お金を持っている人は担当さんへオーダーすることが出来る仕組み。唐揚げ弁当500円/コーヒー150円/ウィンナー300円/生野菜300円)お金のない人は毎日同じメニュー。

食後13時、ボールペンの貸し出しが始まり、この際必要であれば辞書も借りることができる。14時一斉点呼し夕食まで自由時間だが、人によっては取り調べが行われる。

17時夕食の準備が始まる。再びゴザとタオルが配られ、朝食よりは少しおかずも増えみそ汁もつく。

19時30分に借りていたボールペンを返す。

20時30分に布団を取りに行きその後洗顔をし20時50分に最後の点呼を受け消灯。

留置場のお風呂は1週間のうちの月曜と金曜のみとなり、お風呂の時間の時は話したりするのも自由で、約15分の時間を与えられた。

私が父からこの話を聞いた時、想像もできないくらいのショックを受けた。まず、まだ刑も決まってない人たちがこのような扱いを受けていること、そして食事管理ができていない。もちろん中に入っているし、お金を払っているわけでもないから豪華なものを出せとも言わないし、そんなものは望まない。でも、なんの前触れもなく逮捕し、いきなりこんな対応され、きっと本人が一番つらかっただろう。

だって、食事はいつも母が作るおいしいご飯。コンビニ弁当なんて食べたことないくらいの人がこんな生活になり・・・聞いているだけで辛い。

こんな状況をずっと繰り返し、父は留置所に47日過ごした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?