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映画「メッセージ」

映画「メッセージ」を見た。大変よかった。「メッセージ」の主人公・ルイーズは女性言語学者。彼女はガンで一人娘を亡くしている。そんななか、突然世界中に謎の物体が飛来する。

彼女は言語学者として軍に呼び出され、理論物理学者とタッグを組んで中にいる生命体とコミュニケーションを取るというミッションを遂行しなくてはならない。「彼らは何しに地球にきたのか?」を教えてもらわなければならないのだ。このミッションは大変緊急で重要なもの。この飛来物によって世界じゅうがパニックになっているので、自分がコミュニケーションをしないと世界の終わりになってしまうかもしれない。

しかし、目も耳も口もない、巨大なタコのような宇宙人と、いったいどうやってコミュニケーションを取ればいいのだろうか。彼らが立てる音はブオーンみたいなただのノイズにしか聴こえないし、文字もこんな↓である。

そういえばむかし、1972年と1973年に打ち上げられた宇宙探査機パイオニアの金属板に、人類はこんな絵を掘った。探査機を見かけた宇宙人に「地球ってこんなところです」ということを伝えるためのメッセージだ。左上の◯はなんのことだかよくわからないが、中性水素の超微細遷移だそうである。

これを見ても宇宙人が「ああ!こんなとこがあんのね」とすぐに理解してくれるとは思い難いが、共通する言葉がない場合はこれくらい手探りからコミュニケーションを始めなくてはならない。地球人どうしならジェスチャーや表情からわかることもあるだろうが、目も口もない宇宙人だとそんな推測も難しい。

そこで科学の登場だ。「具体的なものから始めて、行動、そしてより複雑な構造へとだんだんと積み上げていくというのが、共通の接触言語が存在しない単一言語を研究するフィールドワークで言語学者が行うことです。」と言語アドバイザーを務めたカナダ・マギル大学言語学部のジェシカ・クーン准教授が語るように、映画の中での「私・あなた」という簡単な単語のやりとりから文章でのコミュニケーションに至るまでを描くために、辞書が出来るほどの架空の言語がデザインされた。その努力たるや!!この宇宙人・ヘプタポッドの言語を翻訳するコンピューターのプログラムは、有名な理論物理学のスティーブン・ウルフラムさんが作っているそうだ。

いままで科学というと理系の数字を使う人のことだけを指していて、文系の人は「なんか役に立たないことやってる人」というイメージがあるような謎の引け目を感じていたのだが、この映画では言葉をとおしたコミュニケーションというものが最高のミッションになっていて、なんだかそれがうれしかった。言語学はほぼ理系寄りの学問だと思うが、試験管を使わなくても白衣を着なくても、人類を救う科学なのである。「本を読んだり、ネットを見てるだけじゃない」と日頃糾弾されている社会学者さんなどもこの映画を見るときっとすごく救われた気持ちになると思う。

そうした丁寧なコミュニケーションの積み重ねを見ると、映画のなかでも出てきた「カンガルー」の例え話(キャプテン=クックの探検隊が、オーストラリアでカンガルーを見て「あれはなんだ?」と先住民に聞いたら「カンガルー」と言われたのでそう名付けたところ、現地の言葉で「カンガルー」は「お前が何を言っているかわからない」という意味だったというエピソード)でもしみじみ思うけど、昔の人はいったいどうやって知らない言葉を話す人とコミュニケーションをとっていったのだろうと思う。きっとこれくらい大変だったんだろう。そしてたくさんの国を侵略したり略奪したりしてきたんだ...としんみりさせられる。

あとこの映画がすごいのが音。サウンドエディットはモントリアルのSylvain Bellemareさんというエンジニア。第89回米国アカデミー賞で「音響編集賞」という賞を受賞したそうで、いまわたしたちが囲まれている音の洪水をくまなく表現した。宇宙船が表れたとルイーズが知るシーンでは、生徒の携帯のコール音、メッセンジャーの音、リモコンの音、付けたテレビから流れる音など立て続けに異なる音が鳴る。また未知の生物とのコンタクトの際も音の抜き差しによって緊張感を表現していた。あまりにも鋭い音なので、見ている時はめちゃくちゃ怖かった。サウンドはなるべくデジタルでなくオーガニックなものを使うようにしていたそうです。

もうひとつの、映画がひっくり返る仕掛けについてはネタバレになるのでここでは言わない。原作のテッド・チャン氏による短編小説「あなたの人生の物語」ではことばの時制があったけど映画の中ではなかったので、前情報を入れずに見ることをおすすめします。

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