ブスだからってうつむいて生きてんじゃねえよ

昨晩、敬愛するパイセンより「お前化粧濃いんだよ。ブスが化粧すると単に化粧が濃いブスになるんだからやめろ」と有難いお言葉をいただいた。

究極の選択でしょうか。化粧してるブスと、してないブス、どっちがいい?

その場では「申し訳ございません...おっしゃるとおりでございます」と陳謝したが、家に帰ってベッドの中で今日の出来事を振り返って「なんで謝ったん?!」と飛び起きた。その場では言いたいことが言えない。気の弱い人にありがちなことです。

なんでブスだからって文句を言われなくてはならないのか?非常に謎すぎる。世界はテレビに出ているタレントさんのような美男美女で埋め尽くされていなければならないのか?だったら顔の偏差値の低い人を皆殺しにする革命でも起こしたら良いのではないか?(ちなみにですが、ウクライナはスーパーモデルの産地として知られていますが、それは第二次世界大戦でほとんどの男がいなくなってしまったので、美人しか嫁にいけず、その結果子供が美しくなっていったという悲しい噂があります)

私個人としては、「世間の非難を恐れ、無抵抗のすっぴんのブスになる」ことはしたくない。好き好んでブスに生まれたわけではないのに、生まれただけで非難される。この厳しい、不条理な現実社会に少しでも抵抗していきたい。だから、これからも化粧を辞めるつもりはない。「顔に色を塗って頑張るブス」として生きていく。

アメリカのシンガー・ソングライター、ルイス・コールさんが歌っている。「君が醜い時、人々は誰も話したがらない。君がセクシーな時、人々は君と話したいと思う。君が醜い時にできることはひとつ、この世界はクソッタレだと言ってクールに振る舞うことだ」と。

美しい人には他人が寄ってくる。そうでもない人には寄ってこない。なあ、だから何なんだ?

ブスだからってうつむいて生きてんじゃねえよ


ほんとマジで、お前はブスだと言われて石を投げられながらその後ろめたさにうつむいて家に帰るような真似は二度としたくない。ブスだからなんだってんだよ。お前になんか迷惑かけてんのかよ。わたしはブスでも、はっきり顔を上げて生きていくし、その顔にはできるかぎりの努力をしたメイクを載せていきます。

まちかどで顔が小さくて手足が長くて美しい顔立ち、整ったメイクとヘアスタイル、最新のファッションに身を包んだ美女を見ると、うらやましいというか、これ、同じ人類なんだ...という感慨にすら陥ってしまう。

美人とブスは、動物園があったら違う檻に入れられるくらい違う生き物だ。そして人間がすごいのは、ブスの檻から美人の檻に行く事もできるということだ。ブスにはそれができるのが美人とは違う。たゆまぬ努力と根性、そしてKUFU。「そうか オレは天才じゃないんだ 逆に オレにゃ限界は無いんだ」とライムスターは歌った。ブスには限界はない。いつだって上を見て、高い空の上にある星を目指すことができる。例えるならば、美人は高級タワマンの高層階で生まれた裕福な子で、ブスはスラム街のバラックで生まれ、泥水をすすりながらタワマンの上階を見て育ってきた。わたしはブスに生まれてよかったと思う。生まれつき美人に生まれていたら、この泥水の味を知ることはなかっただろうから。せっかくこの世で一度限りの生を体験するのなら、知ることは多い方がいい。

それはそうと、先日、ヤゴヴ先生の漫画をTwitterで読んだ。ヤゴヴ先生は「喪女」をテーマにして漫画を描いて居られる。喪女というのは「モテない女」を表すが、本来の喪女というのは「彼氏いない歴=年齢、つまり処女」のことを指す言葉だったと思う。

先生の著書「いつにも増してブスな気がする」を買ってイッキ読みして、そのまま3回くらい繰り返し読んだ。基本は自虐であるがそこにはブスへの尊敬と尊厳、ブスはブスなりのプライドがたしかにある。ブス以外にもかわいい子や男子も出てくるし、漫画全体が人類全体への愛を感じるのだ。大変にスケールの大きい漫画である。

先日、「ちょうどいいブス」というドラマが日テレで放映されるということでSNSがざわついた。「ちょうどいいブス」というのは「男の人にとって、自分の手が届くくらいのちょうどいいブス」ということだそうで、そういう呆れた概念を民法で放映する度胸があるんなら、ヤゴヴ先生くらいの壮大さ、リスペクト、愛がないとダメだと思う。

以上、ブスに生まれついたこの星からお送りしました。

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