イギリスでイタリア人にエスプレッソをおごられた話

昔、ロンドンの語学学校に1ヶ月だけ通ったことがある。初心者向けクラスで、イタリア人がクラスの大半を占め、あとはスペイン人、シリア人、韓国人などで日本人はわたしだけだった。

わたしの英語のスキルは悲惨だった。クラスで自己紹介をするときに「わたしは日本で事務をしています」ということをやっと言えるくらいだった。事務というのも、「コンピューターをマニピュレートして、、」と言ったら先生が「コンピューターをuseでいいんだよ」と教えてくれるくらいだった。

クラスで印象的だったのが、「アメリカ英語とイギリス英語の違い」というレッスンで、とにかくイギリス英語をたたき込まれるのだ。トマトはトメイトではなくトマト、他人に声を掛ける時に「hey」というのはアメリカ人だけ、などなど。ホストファミリーも、「アメリカでは秋(autumun)のことをfallなんて言うのよ、わけがわからないわよねえ(笑)」と言っていて、「そうかアメリカ英語ってダサいんだ」と謎に教え込まれた。そのせいで、いまもエレベーターのことをliftと言ったり、スニーカーのことをTrainersと言ったりして米人に「え?」と聞き返されたりする。

学校はロンドン中心部のヴィクトリアにあって、とにかく物価が高いので近所のドラッグストア(boots)のドリンクとサンドウィッチのセットで飢えをしのいだ。クラスのイタリア人は家でパニーニを作ってお弁当として持ってきていた。パンのなかにハムとチーズを挟んで、フライパンで両面押し付けながら焼くだけでできるそうだ。

初心者向けなのでクラスメイトの英語力も惨憺たるもので、コミュニケーションもやっとのありさまだったが、なぜか仲は良かった。イタリア人とスペイン人はお互いの言ってることがわかるのでお互いの母国語でコミュニケーションを取れているのが不思議だった。シリアから来た子は「おじいちゃんが新聞社を経営している」と言っていて、かなりのお嬢様のようだった。

金曜になると、みんなでパーティに行った。クラブにっも行ったし、ホームパーティにも行った。ホームパーティは同じ学校のブラジル人の女の子たちが複数人で借りている一軒家で行われていて、地下鉄を乗り継いで、近くの激安スーパーで安いビールを一パック買って彼女たちの家を訪ねた。リビングとキッチンがパーティ会場で、音楽をかけて踊る。欧米の人たちは、どうしてあんなに酒を飲んで踊るのが好きなんだろう。週末=酒を飲んで踊るというタイマーが入っているかのようだった。キッチンではブラジル人の女の子が、ミントと氷を入れて、クラッシュして、ラムを入れる「モヒート」の作り方を教えてくれた。

とにかく当時はポンドが高かったので、住む場所も転々とした。学校から紹介されるシェアアパートやホストファミリーなどのところに行くのだが、最初に紹介されたシェアアパートが日当たりが悪く不気味で、部屋になんとも気味の悪い絵が飾ってあって、おばけが出るんじゃないかと思って怖くて眠れなかった。「怖い!!!!!!眠れない!!」と悶々としているうちに、「いや待てよ、いまこの窓から強盗が入って来る方がお化けが出るよりも怖い。おばけより強盗が怖い」と思いつくと、みるみる睡魔が襲ってきて、スヤスヤ眠れた。それ以来、怖い部屋に行くと「強盗が来るほうが怖い」と思ってやり過ごすことにしている。

ホストファミリーのお家では、「一人一部屋」と紹介されたはずだったのに二人で一部屋だった。もうひとりの女の子は同じく英語を勉強に来ているスペイン人の女の子で、最初は「なんだこいつ」という目で見られてなかなかに険悪だったが、何かをきっかけに打ち解けて、部屋で一緒に「フレンズ」を見て、美術館に一緒に遊びに行くまでに仲良くなった。彼女はスペインでは居酒屋で働いていて、サングリアの作り方を教えてくれた。

ロンドン滞在中、一番仲良くしてくれたのは韓国人の女の子だった。わたしより年上だったので、「オンニ」と呼ぶように言われた。韓国では年上の女性は全部「オンニ」なのである。彼女は韓国のアパレルでマネージャーをしていて、貯めたお金で英語を覚えて、韓国で出世するのだと言っていた。オンニの名に恥じず、彼女はわたしの面倒をいろいろ見てくれた。どちらもお金がなかったので、ウィンドウショッピングをしたり、公園を散歩したり、ロンドンで一番高いビルに登ったり、外食がしたくなるとチャイナタウンに行って一番安いヌードルを頼んだ。チップすら払えなかった。私が日本に帰る日、彼女はわたしをちょっと高級な韓国料理屋に招待してくれて、お箸と扇子をくれた。涙が出るほどうれしかった。

またこんなこともあった。イタリア人のクラスメイトで、かなり年上の女性で、会社から英語のレッスンを受けるようにと言われて研修で来ているバリバリのビジネスウーマンがいた。クラスみんなが若者だったので彼女はちょっと浮いていたが、とにかく鼻が高いというか、プライドが高くていつもツンケンしているのである。そんな彼女が、あるとき私が着ていた服を見て「それいいわね」と言ってきた。「ハマースミスにあるディスカウントの洋服やで、すごく安いんだ」と言うと、「そこに連れてってちょうだい」というのだ。かなり上から目線で。そして放課後、彼女をそこに連れて行ったのだが、彼女は店内を見ただけで何も買わなかった。その後カフェに行って、「イタリアではこれを飲むのよ。飲みなさい」と言ってエスプレッソを奢ってくれた。「わたしは水でいいわ」と言って彼女は何も飲まなかった。彼女のなりのお礼の示し方だったんだろう。多分そのあと、彼女は一人でそのお店に行って、めいっぱいショッピングしたと思う。

たった一ヶ月だったけど、あの時のことは今も大切な思い出として残っている。全員語学力がちょっとアレでも、世界中の人とコミュニケーションできるんだ、お互いに優しくできるんだと気づかせてくれたことが今のわたしを作っている。イギリス、またいつかちゃんとした留学プログラムで行きたいな。


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