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道があるなら進めばいいんですよ

おれは人生の帰路に立たされていた。そこで真っ先に思い浮かんだのが会社のYさんだった。Yさんは超ビッグタイトルのゲームを数々手掛けてきたすごいプログラマさんだ。そして神のような優しさと博士もびっくりの深い知識、さらに教え方も神ということで全人類に愛されている。嫉妬されるまでに愛されている。知性と善性が歩いてるみたいな、なんだかすごい人なんである。

会社でmtgが終わったYさんを見つけたわたしは、Yさんをカッと指差し、「このあと時間ありますか」と言った。Yさんは優しく「大丈夫ですよ〜」と言って机のところに来てくれたが、「プライベートなことなので社外でお願いします」と言った。Yさんは快く承諾してくれた。下のロビーで待ち合わせて、私のお気に入りのコーヒー屋さんに行った。

店の名はカフェ・ド・ランブル。ブルーボトルコーヒーの創業者も絶賛したという銀座の老舗の喫茶店だ。店内にはカウンターがあって、カウンター野中ではバリスタさんが布で濾すやつでコーヒーを淹れている。この店にはコーヒーしかない。純喫茶中の純喫茶だ。デミタスサイズで一杯750円からというお値段だが、みんなだいたいおかわりしている。雑味がなくすっきりとした、「コーヒーってこんなにおいしいものか」というレベルのやつをいっつも出してくれる。

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コーヒーはクリーム入りのスタンダードなno.2を頼んだ。Yさんはクリームをコーヒーに入れると「昔知人がクリームをコーヒーに入れて、かきまぜないで飲むのが好きって言ってたんです。それから僕も同じことをしているんですけど」と言った。私は「おっなんか粋でいいですね。これから私もそうするようにします」と言った。Yさんは「伝統を継承できるのはいいですね」と笑った。

わたしの話は回りくどくてわかりづらいのだが、Yさんは辛抱強く聞いてくれた。そして、昔の話をしてくれた。

「昔勤めてた会社をやめようか迷っていたことがあったんです。でも会社も好きだし、仲間も好きだし、どうしても踏み切れなかった。それで、昔の上司に相談したんです。その上司、すごく好きだったんですよ。なんか器の大きい人で。それで相談したら、一言

道があるなら進めばいいんじゃない

って言ったんですよね。それで決心がつきました」

道があるなら進めばいい。いつか行き止まったり立ち往生することがあっても、目の前に道があるなら進めばいいんだ。なんだかYさんにすごく励まされた気分になった。

私の心の中にはいつも、クレバスみたいな溝がばっくりと空いていて、その生傷がからっ風に吹かれてすごく痛い。それは多分孤独というやつだと思う。のだが、Yさんのアドバイスを聞いているとその生傷が埋まっていくような気分がするのだった。わたしの話を聞いて、一緒に考えてくれる人がここにいるのだ。

そういえばYさんは私が超絶アウェーな文学フリマに出展したときにも「行ったことない場所に興味があるから行きますよ」と言って一緒にブースに座ってくれた。わたしもこうやってブースに出展することなんて滅多にないので超絶心細かったのだが、他の人に相談したら「その日は実家の犬の散歩するんで無理なんすよ〜!ほら最近日が落ちるの早いじゃないすか。うちの犬って黒いから、夜になると見えなくなっちゃうんす」という

わけのわからない理由

で断られたため、一人で参加予定だったのだが、Yさんが来てくれたのだ。

Yさんは会場で「文学さっぱりわからん」「みんな何が楽しくてこんなところに来るのか」と頭の上に?を浮かべながら、ブースに一緒に座っていてくれた。そしてたまに他のブースで本を買ってきては「あーこれは面白いですね」「あーこれはだめですね」と自分なりに楽しんでくれているみたいだった。

本を出している私ですらアウェーなのに、さらに何もわからん場所に来てくれるYさんってやっぱ天使だなと思ったし、「知人がわけのわからない場所に行くから自分も行ってみよう、知らない世界を見てみよう」と思えるYさんの好奇心と行動力にとても感心したのだった。

まあ、そんなすごい人の優しさによって私は生かされている。ありがたいことである。



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