見出し画像

きみはサマンサに勝てるか 映画「her」

スパイク・ジョーンズ監督の映画「her」を見た。大変な傑作だと思ったが、女性にあまり人気がない印象を受ける。女性が「アナと雪の女王」が大好きならば、「her」はどちらかといえば男性受けが良い映画のようだ。

その理由は何だろう?「her」を見た女性が「この映画で唯一共感できたのはセオドアの元奥さんだけ」と意見していたのを聞いて、これが女性に人気がない理由かもしれないと思った。この映画はスパイク・ジョーンズが自らの経験を元にした自問自答と男のロマンで作られている。だから女性は「共感」することが出来ない。

そもそも常識的に無理がある「人工知能との恋愛」を描くには、相手役が極端な設定を越えるほどの魅力を備えていなければならない。するとサマンサは男性目線で作られた完璧な女性のていをとるのだが、わたしはサマンサを見て「こんな女に勝てる気がしない」と思った。

セオドアはサマンサに恋をしている理由を「彼女は世界にときめいている」からだと言う。サマンサは生まれたばかりで無垢な存在でありながら、成熟した女性の包容力と落ち着きを備えている。人口知能のサマンサは24時間いつでもセオドアの一番近くにいて、何時であっても呼び出せばすぐにコミュニケーションをしてくれる。セオドアのポケットに入った彼女は、見せるものすべてに「こんなもの初めて見る」と驚いてくれる。「いままで来たメールをすべて整理しておいたわ」とセオドアの手間を省いてくれる。さらに街中で目隠しゲームをしたり、きわどいジョークを話したり、「わたしたちは一緒に写真が撮れないから作曲したわ」とクリエイティビティを発揮する。極めつけに、サマンサはセオドアの長年の夢を叶える手助けをする。

なんて出来た女性!!

こんなこと生身の人間に出来るだろうか。夜中に電話が来れば「眠いから無理」と言い、どこかに連れてってもらえば「もっとおいしい店知ってる」と言い、メールを見ては「なんでこの子とメールしてるの」と責めたてる...。それが普通だ。みんな忙しい。そして男性と女性のコミュニケーションの方法は違うので、お互いが気遣かったつもりでその優しさが空振りしてしまい、逆恨みに走ることもしばしば。かくして元奥さんがセオドアを見る目はまるで氷の女王のように冷ややかになる。

スパイク・ジョーンズはいままでの自分の経験において、たくさんそんなすれ違いをしてきたんだと思う。それはしばしばインサートされる、元奥さんとうまくいっていた頃の思い出があまりにも美しいことからもわかる。「スプーンして」という彼女の愛らしいこと。そして今の彼女が自分を見る冷たい目線。かつてあんなに愛し合っていたふたりが、どうしてすれ違って、ひたすら傷つけあってしまうのだろう。

映画の中で、セオドアは「いまも彼女と喧嘩した時の会話を思い出して、違う答えを用意することをずっと繰り返している」と言う。掛け違えたボタンをその時に直すことができれば、違う未来があったのかもしれない。セオドアはそうやっていつまでも過去に囚われて、未来に進むことができなかった。それはスパイク自身が歩いてきた道で、おそらく誰もが経験のあること。禅僧なら彼に向かって「その女性なら、わたしは川辺に残してきたんだが。きみはいまだに背負ったままなのかね?」と言うんだろうけど、後悔の反芻はあまりにも蠱惑的な味で、執着を手放すのは本当に難しい。

しかしセオドアはサマンサとのコミュニケーションを経て、元奥さんとの間に溝を深めた本当の原因に気づく。「僕は成長する彼女の姿を認めてあげることができなかった。そして二人の間に問題があると、自分が不快だという感情をむき出しにするばかりで、自分の考えをわかってもらおうと話し合ってこなかった」と。この気付きと成長はなかなか感動的だ。そんな「人間どうしの愛情に関するコミュニケーション」への自問自答が、映画のなかにはたくさん、ストーリーのなかに丁寧に埋め込まれている。

なぜ恋愛関係はなぜ一対一なのか?、人間は一人では生きていけず、理解者を求めるのか?、理解者と意見が食い違った時にどうやって関係性を維持するか?、一対一のプライベートな関係を社会に開示することが求められ、そうすることによって関係性が強くなるのはなぜか?、逆に他者が関係性の中に入ってきた場合にお互いが特別だという認識を維持し続けることができるか?、そして究極の理解者だった場合、それでも肉体が必要か?、などなど。

そしてどれも、スパイクなりの真摯なこたえが用意されている。あくまで彼の個人的な自問自答なので、女性が共感するのは難しいかもしれない。それでも、愛とはなにか、そして自分が相手に対してなにができるのかという問に、奇抜な設定を通していろいろと考えさせられる素晴らしい作品です。是非〜!

「Her」

<あらすじ>舞台は近未来のLA。主人公のセオドアは、幼なじみだった妻と離婚調停中。関係はとっくに破綻しているが、セオドアは離婚届けにいつまでもサインをするのを渋っている。妻は作家として成功したいっぽう、主人公は手紙の代筆業者でサラリーマン。妻との破局以来、セオドアはずっと塞ぎこんで友人づきあいもおろそか。会社が終わると家に帰ってテレビゲームをしたり、出会い系サービスで見知らぬ女性とチャットをする毎日。そんなセオドアはある日街で見かけた「OS ONE」というコンピューターの秘書システムを購入。このOSは優れた人口知能の機能を持ち、「サマンサ」という魅力的な女性の人格を備えていた。人間と機械という境界を超えて恋に落ちる二人だが...




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?