親切

昨晩、目黒駅のスーパーでたくさん食料品を買ってしまった私は、重いレジ袋を抱えて権之助坂をよっこらよっこら下っていた。レジ袋の中に入っているのは秋の味覚のぶどうや梨、半額になった豆腐に旬の小松菜など...そこにさらにトイレットペーパー12個入りも加わり、曲芸のような感じで荷物を運んでいた。

「あと5分で家に辿り着くのでがんばろう」とヒーヒー言いながら歩いているとき、ふと後ろから声がした。最初は気づかなかったのだが、振り向くとママチャリに乗った地元のマダムが微笑みかけていた。

「あなた、すごく重そうね。荷物持ってあげるわ!レジ袋はハンドルにかけなさい。トイレットペーパーはカゴに入れなさい」

見ず知らずのマダムである。東京でそんなことを言われたのは初めてだったのでものすごくびっくりした。ありがたくマダムの申し出に甘えることにして、荷物をママチャリに乗せて歩いた。マダムは目黒の地元っ子で、困っている人を見ると助けるようにしているそうだ。

「息子が好きな牛乳を買いに来たんだけどね、東急ストアにはなかったのよ。だからあの角の、なんだっけ、マルエツ?まで行くところなの。ついでだからいいのよ。わたし、困った人を見ると親切にするようにしているの。重そうな荷物を持っている人には声をかけて。たまにおじいちゃんとかだとね、『迷惑だ!』って言われたり、無視されちゃうこともあるんだけど」

「あらそれはひどい。プライドですかねえ」

「まあ昔はね、三田のあたりは、そうやって昔から住んでいるおじいちゃんとかおばあちゃんが何でも決めてたのよ。最近の若い人は年寄りの言うことなんか全然聞かないから、もう変わっちゃったけどね」

マダムは平野レミの如く、機関銃のようにしゃべる。見知らぬ人に突然親切にして、こんなに自由に喋れたらいいなあ。

「うちの息子は高校の先生で、息子もすごく親切なんだけど。人に親切にするっていいのよ。」

マダムはわたしの家の前まで送ってくれた。「何かお礼しなきゃ」と私が梨を差し出そうとすると「いいから!いいから!!!!」と、マダム特有の遠慮攻撃で何も受け取ってくれなかった。その代わりに、温かい気持ちを残してくれた。本当にすごく助かった。

対人恐怖症/コミュ障のわたしからしてみると、マダムのようにさらっと粋な親切が出来る人というのは神のように見える。電車とかカフェとかで知らない人にさっくり話しかけられる人とかもすごいなあと思う。あれはどうやったらできるんだろう。いつか通りすがりの人に粋に話しかけられる人間になれますように。マダム様ありがとうございました。

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