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お前の歌には感情が込められていない

このまえド平日に飲み会があって、お開きになったのが朝の5時だった。この時点でもう頭がおかしいが、そこから「カラオケに行こう」というさらに頭のおかしい展開になった。次の日も朝から全員仕事なので、

「10分だけ!!」

ということでカラオケ館かなんかに入ったのだが、「1杯だけ」で終わる飲み会がないように、10分で終わるカラオケがあるわけがない。ということで結局3回ぐらい延長した。でもその朝のミーティングはちゃんと行きました。

それで一緒に行った人が、イケメンの若者で、わりに上手な美声でマキシマムザホルモンとかミスチルとかを歌っていた。イケメンなのでそつがない。すると友人が「お前の歌には感情がない!!もっと感情を込めろ!!」と説教を始めた。その友人はどちらかというとジャイアン・スタイルで、喉全部を使って大声でがなって歌ってる感じなのだが、そう言われてみるとその友人の歌にはたしかに感情が込もっている。その歌で歌われていることを本当に共感しているんだろうなという感じがする。イケメンの若者は普通に上手だけど、感情を込めた歌のほうが他人の心に届く歌になるのかもなと思った。

っていうことがあったのを、アデルの「Hello」を聴いて思い出したのだ。これはほんとうにすごい歌だ。アデルの歌は、かつてこの手の中にあったのに、失われてしまって、もう二度と手がとどかない、遠いところにあるものに向かって、声を嗄らして叫び続けているような感じの歌い方である。

この歌を聴いていると、わたしがかつて持っていたもの、いつのまにか手を離してしまって遠くに行ってしまったもの、後ろにおいていままで振り返ることがなかったもの、などなど、いろいろなことが流氷のようにぷかぷかと思い浮かんでは流れていく。

世界中の人がこの歌を聴いて、同じように自分がかつて持っていて失ったものに想いを馳せているんだと思う。歌というのはすごい。


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