シンゴジラ

ひたすら気持ちよくさせてくれる映画「シン・ゴジラ」

シン・ゴジラを見た。めちゃくちゃおもしろかった。わたしはタレント頼みの邦画も、特撮も、怪獣も、すべてに興味がないので完全スルーのつもりだったのだがあまりにも評判が良かったので行ってみたら本当にめちゃくちゃ面白かった。

シン・ゴジラを見始めて、「人智を超えた生物が生活を脅かす」という映画ということでまず思い出したのがスピルバーグ監督の名作「宇宙戦争」だった。何のいわれもない善良な市民たちが、理不尽な破壊を行なう巨大な力の前に無力さを味わいつくす。「宇宙戦争」は911のテロ事件を示唆していると言われているが、巨大なゴジラが東京を破壊し瓦礫の山を作っていく脅威は、当然3.11の地震と津波を思いおこさせた。

「宇宙戦争」では、人間はこの圧倒的な力の前に逃げ惑うしかなかった。それに対して、「シン・ゴジラ」は、いまの日本社会が持っている力でこの大きな力に立ち向かおうとしているところが本当に面白かった。

ゴジラが鎌倉から上陸しようとしているこの絵。こういう絵を何度見てきただろう。いままでの怪獣映画では、こうした大きな力が現れた場合、「なすすべもなく逃げ惑う民衆(そしてそこで生まれる人間ドラマ)」や、立ち向かうために「特殊な能力を持っている人」が描かれてきた。だから、もはやこういう絵を見てワクワクする人はいない。「またでっかいなんかが来て、逃げてる間に恋に落ちてチューしたり、仲間が踏まれて死んで泣いたり、ビーム出せるみたいなヒーローが出てきてやっつけて終了だろ」なんて思ってしまう。多分かつてはそれでよかった。だが、3.11の津波の映像を見たり、テロでたくさんの人が死んだり、数限りなくある悲惨なことを、メディアを通じて日々見ている現代人はもう小手先の悲劇と救済の戯曲には何も感じることができなくなった。

だが「シン・ゴジラ」は違った。この理不尽な大きな破壊に対して、いまあるもので戦うとしたらどうなるのかということを、なるべくリアルに、オタクならでは綿密なシミュレーションによって描いた。日本の社会で生きて来た人なら、この光景を見て、必ず何かしらに思い当たることがあるだろう。

官邸に政治家が集まり、そこそこ偉い人の決定をめちゃくちゃ偉い人の会議でお伺いを立てる。バインダーを抱えた職員が役所を駆けまわり、何段階にも分けて会議を行なう。どんなに想定外のことが起こっても役所は役所だから、上の人が「ノー」と言うなら否決される。自衛隊は会議で「戦って下さい」と決められたら戦うしかない。ミサイルをひとつ打つのにも会議で決められる。

そうして政治によって世の中が動いているのだなと思わされるいっぽうで、会議室に長机とWindowsのノートPCを並べ、コピー機を集めて対策委員会が作られた。そこには役所のはみだし者が集められ、海外の研究所に支援を要請して膨大なデータの解析が始まる。「現場」だ。手を動かさない人が政治を行い、現場が帳尻を合わせる。現場は政治ができず、政治は現場ができない。この政治と現場はどこにでもある。かつて、どちらかを描いた映画はあった。だが一方が一方をネガティブにとらえていた。その両方を「どちらも不可欠である」というポジティブな視点で、同じにまな板に乗せて描いた映画は珍しい。

「なにか大きなことが起こっていて早く手を打たないとヤバイという緊張感のなかで、ノートパソコンとかコピー機とか在来線とか見たことあるものを使って、どうにか問題を解決しようとしている」

これが二時間続く。ワクワクしない人がいるのだろうか。この映画の政治家たちを見ると、ああ、わたしたちが選挙で選んだ人たちがこうやって働くんだなと思う。この映画に出てくる人はとにかく良く働く。そのモチベーションは「職務への責任感」ということだけだ。この手を放すと日本が終わってしまうかもしれない。その責任感だけで身を粉にして働いている。自衛隊の人は「入隊したときからみんな覚悟はできています」と言う。

今日頼んだ荷物が夕方アマゾンから届き、落とした財布がそのまま出てくる国・日本では「ちゃんと仕事すること」が求められる。この映画では、出てくる人全員がちゃんと仕事をして、それが心情的に報われずに憤るという展開がない。だからこの映画はあくまで理想を描いたものでありファンタジーなわけだが、見ているほうはとにかく気持ちが良くなれる。庵野総監督はここにユートピアを描き、樋口監督が緻密なディテールを実現した。会社とか組織の愚痴を言っている人はいますぐ見にいったほうがいい。気持ちいいから。

そしてつくづく好感が持てるのは、とってつけたようなお涙頂戴も恋愛要素も一切ないことだ。それでも、線路上で母を背負って歩く人とか、徹夜の作業にお茶を淹れてくれる掃除のおばちゃんとか、家に帰れない職員がフェイスタイムで家族と会話しているシーンとか、そういう断片だけで「人ががんばって立ち向かっている」というドラマを描き出せる。人の心を動かすドラマというのはお涙頂戴のための安っぽい死なんかよりも、もっと、全然、違う断片に含まれている。それを邦画界に思い知らせてくれたことを樋口監督と庵野総監督に感謝したい。もう一つ感謝をすると、化粧っ気のないオタクな地味な女子が一番輝いているということにも。石原さとみ様は帰国子女には見えるが独り言を日本語で言ったりするので日系三世(つまりほぼ外人)には完全に見えないというところはありましたがカワイイのでよかったです。

会社で働いたり、会議の理不尽さに泣いたりしたことがある人ならきっと何かしら思い当たるところがあるはず。だから怪獣とかマジ興味ないみたいなOLさんが見ても絶対に面白い。

そうやってひたすら気持ち良くしてくれるこの映画がたった15億円で作られたというのは本当に驚きだ。「パシフィック・リム」は製作費180億円、低予算と言われた「第9地区」も30億円、「クローバーフィールド」は25億円。日本映画だと、「ガッチャマン」が約80億円、「ALWAYS三丁目の夕日」は約14億円と言われている。ガッチャマンの4分の1でこんなにすごい映画が...。日本はまだ終わっていなかった。

樋口監督と庵野総監督と東宝 取締役映画調整部長・市川南さんらスタッフとキャストの皆さんなど関わった全ての方にこのような素晴らしいものを作っていただいて本当にありがとうございますと御礼を言いたいです。劇場で是非!



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