弔いは祭り

先週末、祖母が亡くなりました。
日曜日に通夜、月曜日に告別式を行い、無事祖母を送ることができました。

うちでは10年ごとに喪がやってきています。
平成10年に祖父を亡くし、平成20年に母を亡くしました。
次は平成30年かなとふんわり思ってみたりして、いやいやいや元気でいてくれるならいつまででも長生きしてちょうだいと思っていたところ、気づけば30年は終わっていて、令和元年になりましたね。
結局なんだか覚えやすいです(笑)


というわけで、葬儀関係ひととおりこなしたわけですが、こういうのってやっぱり気疲れしますよね。
今回は喪主である父の意向で親族だけの家族葬にしましたけど、こういう時にしか会わない親戚の人たちと会話しなきゃいけないからね。
みなさんそれぞれにいろんな「こうしたい」「こうしてほしい」「こうすべき」という思いをお持ちでいらっしゃる(^-^;

そして、故人の実子であり長女である私の母がもう亡くなっているので、私が喪主の妻の役割をほんのりやってるんですよ。
それゆえに序列が若干ややこしかったりして、私多分そこじゃない、的な位置にずっといました。「いやいやいや」って言ってると進まない感じだったからさくっとそこの位置にずっといたけれども。

こういった喪の儀式をしていると、20年前の祖父の葬儀、10年前の母の葬儀をなんとはなしに思い出します。

今回は精神的にも肉体的にも先のふたつよりはだいぶラクでしたけどね。


希薄になってきてるとは言え、うちのあたりはけっこう濃いめの親戚関係をやってる土地柄なんです。
濃かった人たちがお亡くなりになってるので、昔に比べたらどんどん薄くはなってますけどね。

祖父の葬儀のときは本当にまじで引くほど大変だった。

私がまだ18か19の頃。
とはいえ大人になってからはじめての身近な人の死とそれにまつわる儀式だったのでいろいろ印象に残っています。

葬式とはこんなに大変なのものなのかと思ったけど、そのあと母の葬儀、今回祖母の葬儀をやって、あの時が異常に大変なことをわざわざ選んだんだなって理解しました。

今は亡き親戚筋の方々まだご健在だったし、元気だったから口も達者だし。
家で通夜葬儀をしたから、それこそ人が入れ替わり立ち替わりだし。
葬儀場でやってくれること全部うちでやったから女手がまじで大変でしたね。
(まあ所詮、私は「孫」なので、やってることは雑用係なだけで大丈夫だったけど。「嫁」だった人たち本当働いてた。男衆もすごかったけど。ほぼ祭りだよ、あれ。弔いは祭りだよね)

そんな大変だった思い出も、いまや元気のなくなってしまったおばあさまたちと、今は亡きおじいさまたちが活気付いていたからだと思うと、またほの寂しい気持ちになりますね。

そうそう。葬儀が終わっても初七日までの間、毎晩親戚集まってお経あげてたしね。
今から考えたら気の遠くなるようなことばかりでした。

数珠繰りって知ってますか?
大人10人くらいで輪になって大きな数珠を持ちながら、それをくるくる回しながら念仏を唱えるんですけど。
それを毎晩やってました。
(今調べたら浄土宗の習わしなんだな。祖母の実家の方の習慣かな?)

(画像はこちらからお借りしました)


あのころはそれもあって、私たちも自然とお経を読めるようになっていました。一緒に声を出しているとちょっと気持ちいいんですよね。
合唱と同じ効果があると思います(笑)


毎晩ってことは毎晩人がくるんですよ。
通夜・葬儀だけでも来客が止まらなかったのに、初七日の法要が終わるまでずっとだれかしら人がうちにいる。


まずね、人数分の座布団を出すだけで本当に大変。
(うちには今でもそれくらいの人数が来ても大丈夫なように客用座布団が保管されてます。その後の一周忌三周忌法要くらいでしか使ってないですけどね)


今回おばあさんの葬儀のすべてが終わって、解散の時に引き物とともにそれ用のダンボールに入った果物が、会館の人からそれぞれに手渡しされてて感動しました。

おじいさんのときは山ほど集まった果物を人数分に小分けして、ビニール袋に入れるっていう作業をしてたからね。
(親戚筋相談して「あんたんとこはバナナかね」「じゃあわしんとこはリンゴにするわ」「助六はいくつくらい頼んどいたらええかね」って相談して手配して運び込むのは男衆の役目。お供えしたそれらを分け分けするのが女衆の役割だったわけです。そんな調子だからだいたいすべてにおいてオーバー目の数が用意される運命( ̄▽ ̄))

ちなみにそのときバナナの房を切るために包丁使ってたんだけど、指をざっくり切って、その傷が私、まだ残ってるからね(笑)

っていうのを思い出しました。
葬儀場できれいに分けられた果物類はバナナはきれいに分けられて、ラップで包まれていましたよ。ありがたやありがたや。

もろもろ食事をしている時も「お茶のおかわりいかがですか」って会館の人が回ってくれるから本当に素敵だなと思っていました(笑)
あれ、やってたのも女手だったからね。
ずっとお茶出してるか、お茶碗洗ってるかでしたから。
こういう時だからこそと、いろいろちまちまと礼儀について教えてくれる方もいますしね…。いや、大事なことですけどね。

昔のおうちの人、まじで大変だな(*´ `)

本当にありがとう斎場のみなさん。


人が亡くなるというのは本当に急にやってきますよね。
もちろん今回祖母のそれは、ある程度「そろそろかな」という覚悟はついていたので、事故や病気などとは違って覚悟もできていることだったので精神的にまいることはほとんどなかったのですが、「そろそろかな」ってのが分かってると、それはそれで「この日だと困る」という日があったりするわけですよ。とくに個人で働いている私のような働き方をしている人だとね。
(もちろんもしもに備えて、代役は立てる手はずをしましたけれども)

だから最後に祖母に会いに行った時、祖母は眠っていて私が話しかけても反応がなかったので、ついでにこんなお願いをしたんですよ。
「ちょっとこの日とこの日はいろいろと難しいので、できたらそこを外してもらえると助かるんだけどなぁ…」って(笑)

どうやらおばあさん、私のそのお願いを聞いてくれた模様。
その日を外してくれて、おかげでどの予定も変更しなくてよかった!っていう本当に絶妙な日取りでおばあさんを送ることができたんですよね。
「かわいい孫のお願いを聞いてくれたんだね」と言ってもらいましたが、本当そうだと思います。


あとね。
私今、自分が住んでいるところと実家が別なので、いろいろ必要品を自宅から実家へ持ってきたんですけど、真珠は実家に置いてあると思い込んでいて、いざ礼服に着替えたら、真珠がなくてあわてました。

真珠!ってなって。
(まあ、ないならなくてもいいんだけど)

「おばあさーん、真珠貸してー」と、いろんな引き出しを開けたけど、おばあさんの真珠が見当たらず。
お母さんのそういった宝飾品はもう整理したと思い込んでいたけど、駄目元で「おかーさん、真珠貸してー」とお母さんのところを探しにいったら、真珠があったので、それをつけて参列しました。

お母さんの真珠をつけて、喪主の次席にいる自分を客観視した時に、ああ、この真珠をつけてきてよかったな、と思いました。


今回は祖母が高齢だったということもあって、親族だけの家族葬にしたからおじいさんの時に比べたら格段にラクだったけれど、故人が若かった場合やっぱり広く一般に参列していただいたほうがラクなんだろうね

ラクラク言ってるけど、いや、やっぱ大事よ。一番ダメージ受けてる家族が担う部分はラクに越したことはない。
自宅から送り出した祖父の葬儀の時は「喪主はそこに座ってるだけでいい!」って親戚のドン的な人がいろいろやってくれたから、それが成り立ったんだと思っています。
(それはそれで、そんなことまでしなくちゃいけない?って思いが喪主である父の中には芽生えることもあったらしいですけど(笑))
わずらわしいけれどそういう親戚とか隣保班的なものが機能している時代にはそれ相応の送り出し方があって、時代とともに変化するのは当然だなぁと思います。


母は享年56歳だったこともあって、まだまだ現役だった。
この時は葬儀場ですべてを行ったので、だいぶラクでした。家族全員が精神的にまいっていた死だったので、家ではとてもできなかったと思う。
知り合いもいっぱいいて、通夜の時は会場に入りきらないくらいの人が来てくださいました。
私は母似だったこともあって、私と同じで人づきあいがそんなにうまいほうだとは思っていなかった母がこんなにたくさんの人に親しまれていたのかと思ったら本当にありがたく、悲しく、複雑な思いでした。

当然それだけの人が来てくださったから、香典返し的なあとの処理がこれまた大変だったのだけど、そうしなかったら家に次々「お線香をあげに…」って来られてたかと思うと、一気にお別れの挨拶ができる通夜告別式という儀式は理にかなったものなんだなと思います。
(いや、もう受付フォームとか作って、来られる方にはきっちり自己申告してもらって住所とか間違いなく登録したいし、用意する食事の数とかも無駄が出ないように数を把握したい気持ちにかられますけどね←職業病(笑))


今回は本当に余裕もあったし、冷静にいろんなことに対応することができたなって思ってます。
(通夜告別式の準備の間って慌ただしいようで、ヒマでもあるから、集めてあった祖母の写真を、空いた時間使ってスライドショー作ってたからね。そうやって手を動かしているのは、私としてはちょうどいい時間の過ごし方になりましたよ。そのスライドショーは通夜後の食事の時にみんなに見てもらったのだけど、みなさんおばあさんを懐かしんでくださって、作ってよかったなって思いました(←自己満足(笑))

そんなこんなの通夜告別式。
やっぱりあの親戚の顔ぶれが集まると「ああ、ここにおばあさんがいないの変な感じだな」っていう思いにとらわれました。

母の時はもっと強く思ったんですけどね。
「この顔ぶれの中に、お母さんがいないの本当に不思議だな。悲しいな」って(*´ `)


繰り返しますが、祖母は実子である私の母を10年前にガンで亡くしているので、この10年、ずっと気落ちしていました。
母が亡くなってすぐの頃は本当に落ち込んでいて、そのまま弱っていってしまうんじゃないかと思ったりしましたが、持ち直して10年、ここまでいろいろ弱るところはあったけれども元気に一緒にすごしてくれました。
今頃あちらの世界でお母さんとおじいさんに会って「あんたが先に逝ってはいかんがね!」と怒ってることでしょう。

うん、やっぱりさみしいね。
あの尾張弁の声がもう聞けないかと思うと…。


でも、本当に長い間、ありがとう。
あちらの世界で楽しく過ごしてください✨

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akiko.k

自己啓発な本を2冊だしてます。ブログもやっています。 が、なんていうことのない日常エッセイを読むことで、癒されたり、ふっと緩むなぁと思い至り。 気楽に読める読み物を書きたいなと思ってここを開設しました。 お気軽に読んでいっていただければ嬉しいです(^^)

private

個人的な話。 だからといって、とっても重いとか、とっても秘密とかいうことではありません(ノ∀`)
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