真依

日々の雑感のまとめ。(旅行、観劇、ニュース、自分の活動などなど)

真依

日々の雑感のまとめ。(旅行、観劇、ニュース、自分の活動などなど)

最近の記事

「折り重なった、ゆかりの日々の上に」

 目が覚めた時に、その人がいるという温かさ。その温もりが遠く離れてしまったことに、あと何回涙を流せばいいのだろう。こちらにも海ができたなら、渡って来てくれるだろうか、あの人は。  涙を流しても、日々はやってくるし、死にもしない。私はまだここで死ぬようにはなっていないのだろう。その生の先に、あの人がいるといいのだけれど。 『身はかくて さすらへぬとも君があたり 去らぬ鏡の影は離れじ(たとえこの身は世の果てまでさすらいの旅つづけても、あなたの鏡の面には私の面影がとどまってあなたと

    • 「真木の柱は朽ちるか折れるか」

       ずっと笑っていればいいのに。母を見てずっとそう思っていた。そのままで、いられたらいいのにって。 この邸(やしき)ではどこにいたって、芥子(けし)の匂いが漂(ただ)っているようだ。どこもかしこも、この匂いが染みついているのだろう。外の空気が入る場所にいなければ、この世界はこの香りだったと思ってしまいそうで。 幼い私はいつも、柱に身を預けて外を眺めていた。その柱は今も変わらずあるのだろうか。それとも。  あんなに可愛がってくれていた父と、離れなければならなかった私の悲しみようは

      • 宮という名はないけれど

         似て非なるもの。それはこの世の中に、溢(あふ)れんばかりに存在している。けれども、それらが決して同じではないことを、皆よく忘れる。似ていても、それはこれとは確かに違う。貴方にも、伝わるといいのかもしれない。小さくて大きな違いが。願わくは、それが貴方や私のしがらみを軽くしますように。  その人は、初めて会った時から不思議な引力のある人だった。奥ゆかしいけれども陰湿(いんしつ)ではなく、上品でありながら愛嬌(あいきょう)もあり。相反(あいはん)するような要素が、不思議と見事に調

        • 小さな哀と歓とを積み重ね

           今日の空気の色は少しだけ青っぽい。それでいて、乾いた風が頬(ほほ)をなでる。今日は雨が降らないのだろう。冬の雨は温度を奪(うば)う。いやもしかしたら、凍(こご)えるような冷たさを与えているのかもしれない。冷たさを与えられた地面は、帯(おび)のように冷気(れいき)を立上(たちのぼ)らせる。昨日の雨が、きっと空気を青くしたのだろう。そう思いながら、濃香(こきこう)と二藍(ふたあい)をかさねる。寒さのせいか、庭の緑も一層濃く目に映った。冬らしい白い色目(いろめ)の襲(かさね)も好

        「折り重なった、ゆかりの日々の上に」

          糸をよったような。細く頼りなく見える声が。乾いたひんやりとした空気をまっすぐと。途切れることもなく、弛むこともなく、ただただ真っ直ぐに通るものだから。もしかして貴方だけに届くんじゃないかって。そう錯覚した冬。

          糸をよったような。細く頼りなく見える声が。乾いたひんやりとした空気をまっすぐと。途切れることもなく、弛むこともなく、ただただ真っ直ぐに通るものだから。もしかして貴方だけに届くんじゃないかって。そう錯覚した冬。

          一片の落ち葉は、枯れ葉か紅葉か

           その人はどこか、冬が似合うような人だった。私の母君(ははぎみ)は二人いる。私を産んだ母君(ははぎみ)と、今の育ててくれている母君(ははぎみ)。よくある母の身分が低いので、身分の高い他の妻に養育(よういく)を任せるというものだ。身分はそれほど高くはないけれど、美しく利発(りはつ)な母に私はよく似ているらしく、父が母の身分から私が軽く見られることを惜しんで、今の宮の母君(ははぎみ)に任せられたのだった。私の養母(ようぼ)は先々代の帝(みかど)、朱雀院(すざくいん)の第二皇女(だ

          一片の落ち葉は、枯れ葉か紅葉か

          「朧月が照らし出すもの」

           穏やかな春の夜は、霞(かすみ)がかっていて風までも輪郭(りんかく)が丸くなったようで。景色の全てが、どこか現実味がなくて、夢か誠か戸惑うほど。夏には短い夜を惜しむように沈み、秋には絢爛(けんらん)と輝いていた夜の主(ぬし)は、冴(さ)えわたるシンとした冬の顔とはうってかわって、優し気(げ)に光を注(そそ)いでいる。その光が照らしだすのは一体なにものか。 「しばらく見ないうちに、また妖(あや)しく美しくなって。本当に気味が悪いこと。帝(みかど)も周りの者も、あの美しさに当てら

          「朧月が照らし出すもの」

          秋の訪れを好む人

           ぽたり、一滴の墨が紙に染(し)みていくようだとはよく言った表現だけれども。きっとそれは染(そ)まるともいうのだ。山の木々たちが次々に染まり始め冬に向かう季節。私はこの物悲しくも情熱的な季節が、昔から好きだった。  絵をかくとき、筆が真っ白な紙を縦横無人(じゅうおうむじん)に埋めていくのが好きだと思う。そこに浮き上がってくる私の世界。この世の輪郭(りんかく)をそっと撫(な)でているような感覚。  私の伴侶(はんりょ)も幸運なことに、絵を描くことが好きで、絵があれば人見知りな私

          秋の訪れを好む人

          雲の切れ間を飛び交う雁

           雲の中を飛ぶ雁(かり)は、うまく飛ぶこともできず、群れから外れてしまうのだろうか。分厚い雲の中に飛び込んだ翼は、重く濡れ重みを増す。それでもその雲を抜けたのならば、そこには澄み渡った空が待っている。私はきっと真っすぐにしか飛べない雁(かり)。その切れ間を、待ち受けている青空に焦がれて。苦しい最短距離を飛んで回り道。それでもあなたが共に飛ぶのなら。帰巣本能(きそうほんのう)に従って何度でも。  昨日がちょうど、月の初めから数えて六日目であったから、今日は四月七日。私には、物心

          雲の切れ間を飛び交う雁

          朝顔の結実

           色とりどりの朝顔が咲き乱れる庭。朝露に濡れた花弁(かべん)は、しっとりと鮮やかに、その色を際立たせる。青はさらに海のように深く、紫は夕暮れ時のより妖しく。夜が明ける前に密やかに咲き、日が昇りきるまでにはしぼむ花。美しく咲き誇る様を知るは、暁(あかつき)の住人のみ。  見なければ、その美しさを知らなければ、その美しさはこの世に存在しないのと同じだったのに。まだ男女の隔(へだ)ても辛うじて曖昧(あいまい)だった、大人になる少し前。幼いからこそ許された真似事のような戯(たわむ)れ

          朝顔の結実

          花が散って染まるのは

          トントン、ざばあ、ぽたたた、ぴちゃん。様々な水の音たち。ところどころ立ち上る湯気。染殿は水と植物たちの音や匂いで満ち溢れている。美しく色鮮やかな花も、硬い木の皮も、皆すべて何かの色を身に宿している。まさかそうとは思わないような色が、滲みでることの面白さ、興味深さ。織りなす色が幾重にも重なる美しさ。彩りはそこかしこに潜む。 「あなたはまるで橘の花の香りのようだ。」 あの人は私にそうおっしゃった。  夏の御殿は夏こそが盛りであるけれども、そのほかの季節もさっぱりとした涼しげな美し

          花が散って染まるのは

          藤のうたたね

          第一夜 もうそろそろ桜が咲こうかというのに、降り止まない春雨。それを横になって眺め続けていると、まるで冬が別れを惜しんで泣いているようだと思えてくる。 思えば、今も昔も泣いていることが多い私だった。  「母上、気を強くお持ちください。先の帝であった父上を亡くしてから数年、母上まで私を置いて行かれるのですか…」 「四の宮、貴方のことを思うとこの世にいつまでも留まりたいように思い、心残りで気がかりに思うけれども、この老いた体はもはや長くはないようです。」 そういう母は酷く苦しげ

          藤のうたたね

          桐花の蕾

          「桐花の蕾」                  幼い頃、どこかの山で見かけた薄紫色の花。 蛍袋より、少し細長い釣り鐘状の花が、鈴蘭のように樹の枝に連なって咲いていた。きっとあの花は桐の花だった。今この庭に咲いている花と同じ、薄紫の桐の花。 私の入内(じゅだい)が決まったのは、父の死から五年、裳着(もぎ)を終え成人してからは、三年が経とうとしているころだった。 私が産まれた時から父は 「この子にぜひ宮仕えをさせよう。」 と私を抱き上げながら言っていたそうだ。今際の際までついに

          桐花の蕾