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「刹那的に生きていく」ということ。

こんばんは、akimichiです。


「たぶん、今日も窓際男子」だった人、「今もだよ」って人にも読んで貰えたら嬉しいなと思います。「窓際」って冬場は足元寒くて、たまらないんですよね。人間関係も職場関係も生き方もうまくいかないときって違う意味で寒い。「ずっと、窓際で居た」からこそ見える景色があるのではないかなと。


そして、今夜も書いています。


寒くてお部屋で篭って作業が捗るシーズンになりました。


最近、失敗や成功って何を基準に一喜一憂してるんだろうと思う様になりました。一時点の失敗や成功に一喜一憂することもいいですが、誰かの大事な決断に対して解決することすら必要ない場合があります。ただ共有したりするだけで、それはそれでいいのは。



何故なら自分にできることなんてたかが知れているからかも知れません。



Blind Upの活動においてもそれは同じだなと思いました。
一つ一つのステップ越えようとする度に実験的なことがあり、幾度となく自分には出来ないことを事務局のメンバーに助けてもらい、現在に至っています。


僕にとってこの活動はセーフティネットであり居場所でもあります。
でもそこに関わる人との関係性を「維持」するのではなく「より良いものにしていこう」とお互いが意識できていることに僕は意味を感じています。


人生をより良いものにしていこうと大そうなことを掲げて。Blind Up.では「生き方・働き方に悩む当事者の伴走者として、再挑戦できる社会を作る」ことを目指しています。


健全者にもなれず、かと言って発達障害というほど傾向は強いワケでも無い。何をするにもどこか役割や居場所感が掴めないまま、うまくいかない人たち。僕がその当事者としてできることは何だろう?


一人ひとりにとって「らしい再挑戦」って何だろうと常に考えながら当事者たちの工夫や乗り越え方に関するインタビューや企業内での課題感についてヒアリングも現在はじめています。


ぜひ活動にご理解や関心等を示して下さる企業様がいらっしゃいましたら、意見交換の機会を頂ければ幸いです。



そのための手段の一つがWebメディア「Blind Up.」です。
12月末までの公開めがけて、今できることを全力でやっていこうと思っています。僕が挑戦している事はとても刹那的なことなのかも知れませんが、それが一番自分にとって「らしい再挑戦」の形なんじゃないかって。


思う様にしています。


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