スライド3

錦織圭はサーブもリターンも並以下である

*要旨
錦織のサーブとリターンは……
 - 1stサーブがへぼい → そのとおり
 - 2ndサーブは甘い、叩かれすぎ → 実は健闘してる
 - リーチが短いから1stリターンは苦手 → 平均よりちょっと悪い程度
 - 2ndリターンがすごい → 明らかに下手
つまり伸びしろたっぷり

今季の錦織はデータを見る限り、サーブとリターンを単品で評価すると明らかにパフォーマンスが低く、トップ10で最低どころかツアー全体で見ても下位に位置する出来です。

サーブは弱点だけど、リターンはすごいというのが錦織の一般的なイメージかもしれませんが、本当はどっちもいまいちなのです。それを今季のデータから明らかにします。

サーブ、リターン「単品」の能力とは?

サーブとリターンを単品で評価するといわれても、意味がよくわからないかもしれません。テニスではふつう、自分の1stあるいは2ndサーブから始まるポイントをどれだけ取れたか、相手の1stあるいは2ndサーブから始まるポイントをどれだけ取れたか、で基本的なパフォーマンスを評価しますからね。

ここでいう「単品」とは、サーブが入ったあと、リターンしたあとのラリーの影響を除いた、サーブだけの質、リターンだけの質を指します。そんな都合のいい指標があるのかと思うかもしれませんが、嬉しいことに存在します。それが以下の2つです。

Unreturned Serves %(サーブ非被返球率)
自分のサーブが入ったときに、相手にどれだけ返されなかったかを表す。自分のサーブから始まるポイントが結局取れたのかどうかを無視して、サーブだけがどれくらい良かったのかを評価できる
Returns Made %(返球率、リターン成功率)
相手のサーブが入ったときに、どれだけ返せたかを表す。返したあとどうなったのかとは関係なく、リターンがどの程度良かったのかを測れる

サーブのすごさを端的に表現する指標としてはサービスエースが有名ですが、エースはほとんど1stサーブでしか決まりせん。つまり、2ndサーブの良し悪しが見えない指標です。

加えて、サービスエースは相手が触れなかったサーブだけをカウントしますが、触れても返せなかったならそれはそれで十分に有効なサーブだったと言えます(サーブだけでポイントが取れたのだから)。有効だったサーブを除いた指標では、サーブの質を適正に評価できるとは言いがたいでしょう。

リターンも同様です。サーブ側が見送ることしかできないリターンエース(リターンウィナー)は、すごいリターンの代名詞ですが、球速の遅い2ndサーブに対して決めるのがふつうですし、両者ゼロ本で終わる試合も珍しくありません。上澄みの特別なリターンだけではなく、もっとたくさんあるふつうのリターンも含めて評価したほうが妥当なはずです。

サーブはよく返される。リターンはよく失敗する

さて、どんな指標で錦織のパフォーマンスを測るのかがわかったところで本題です。錦織のサーブはどのくらい返されやすく、リターンはどのくらい成功しているのでしょうか。

1st、2ndに細かく分けず、まずはサーブ全体、リターン全体のパフォーマンスがツアーレベルの選手たちの中でどのような位置なのかを見てみましょう。

画像1

↑は今シーズンの非被返球率と返球率を、選手別に表した散布図です。

横軸がサーブの非被返球率、縦軸がリターンの成功率なので、右に位置する選手ほどサーブが返されにくく、上に位置する選手ほど相手サーブをよく返している、つまり右上ほど優秀ということになります(グレーの点線は全員の平均値)。

利用したデータは、今季カナダMSまでのマスターズ6大会とグランドスラム3大会のうち、詳細な情報が存在する620試合分。選手数171人分。データが今シーズンのものしかないので、塗り分けは今季に稼いだポイントに基づくランキング(いわゆるレースランキング)に準拠した。

青い点が今季トップ10ですが、左右は平均値近くで、上下は高い位置にいる選手が多いですね。サーブの返されやすさは平均的だけど、リターンを高確率で成功させているのがトップ選手の傾向と言えそうです。

さあ錦織はどこでしょうか。サーブが弱点でリターンがすごいなら左上にいるはずですが……実際のポジションは左下。サーブは平均的な選手より返されやすくリターンは平均的な選手よりも失敗しているのです。

特に他のトップ10との差が大きいのが返球率で、上位陣ではぶっちぎりの最下位です。正直、名前を伏せたら、100位未満の選手のドットを塗り間違えたと思われても不思議はありません。

そんな悲しいパフォーマンスの錦織ですが、数字(グラフ上の座標)を挙げると以下のとおり。

- Unreturned Serves %:25.0%(平均 -3.3%)
- Returns Made %:66.8%(平均 -1.8%)

サーブは4分の3も返されているのに、リターンは3分の2しか成功していません。言うなれば、相手には多くの得点機会を与え、自分はわずかな得点機会しか作れていない状態です。

「これでよく勝てるな……」というのが正直な印象ですが、その理由を探るのはまた別の話として、ここではサーブとリターンをもう少し詳しく見てみましょう。

意外と悪くない2ndサーブ

先ほどは全サーブを Unreturned Serves としてひとくくりにしましたが、実際には1stサーブと2ndサーブは明らかに別物です。1stサーブは誰よりも返されにくいけど、2ndサーブは簡単に返されてしまう選手もいるかもしれません。

そこで、サーブの非被返球率を1stと2ndに分解したのが↓のグラフです。

画像2

横軸が1stサーブの非被返球率、縦軸が2ndサーブの非被返球率なので、ドットの位置で、1stと2ndのどちらがどの程度優れているのかが把握できます(右上ほど優秀なのはさっきと同じ)。

※ ウィンブルドンのみ、1st、2ndごとのデータが取得できないため、ここでは除いている。

錦織を探してみると、左右はかなり左ですが、上下は平均よりも少し上に位置しています。1stサーブは返されやすいものの、2ndサーブは平均よりは優秀なのです。

- 1st Serve Ureturned %:26.9%(平均 -6.7%)
- 2nd Serve Ureturned %:18.1%(平均 +0.9%)

錦織の2ndサーブというと、よくリターンエースを食らっているイメージがあるかもしれませんが、データ的には1stサーブのほうが弱点です。そして悲しいことに、試合では1stサーブの機会は2ndの倍くらいあるので、1stの質のほうがずっと重要です。

Q 最近ダブルフォルトがひどいズベレフの2ndサーブが平均以上なのはおかしいのでは?

A ダブルフォルトは Unreturned Serves の集計対象に含まれていないのが感覚・実態との齟齬の理由。「リターン側が返せなかった」という状況が成り立つためには、返しようのあるサーブが必要。そもそも返すべき対象でないサーブは、返すも返さないもない。なお、錦織はダブルフォルトが少ないほうなので、上記の数字との乖離は少ない。

2ndリターンが最大の弱点

サーブ同様に、リターン成功率も1stと2ndに分解して見てみましょう。

画像3

左右が1stサーブに対するリターン成功率、上下が2ndサーブに対するリターン成功率。右上ほどどちらのサーブもよく返していることになります。

※ ウィンブルドンのみ、1st、2ndごとのデータが取得できないため、ここでも除いている。

錦織は1stリターンこそ平均のちょっと下(それでも他のトップ10にはっきりと劣る水準)ですが、2ndリターンは驚くほど低いパフォーマンスです。そこそこのランキングの選手なら8割以上の成功率を記録しているのに、4分の3も返せていません。

- 1st Serve Returns Made %:61.6%(平均 -1.3%)
- 2nd Serve Returns Made %:74.6%(平均 -6.9%)

不幸中の幸いと言うべきか、リターンも機会の多い1stのほうが2ndよりも重要なのが傷の広がりを抑えてくれていますが、これでリターンが得意というのは無理があるでしょう。

ちょっと良くなるだけでビッグタイトル?

ここまでちょっと悲しくなるような惨状ばかりを取り上げてきましたが、逆に言えば、サーブとリターン能力に他の上位陣と大きな差がありながらもトップ10を維持できているのは前向きな材料です。

世界トップレベルに定着してなお大きな改善の余地を残しているのですから、低調なスキルを平均レベルまで引き上げるだけで、試合のパフォーマンスは伸ばせるはず。「錦織は今がもう限界」「ビッグタイトルに届かない」と言う人もいますが、さらに上の領域を目指すための伸びしろは、実は相当に隠されているのではないでしょうか。

ちなみに、改善に取り組むのが1stサーブか、1stリターンか、2ndリターンかは、本人や陣営の判断でしょうけれど、優先順位を考えると真っ先に改善すべきはすでにツアー平均水準を上回っている2ndサーブではないと言えます。


*蛇足
Returns Made % のことを「リターン返球率」と呼ぶ人もいるけど、それは重言(馬から落馬する、みたいなの)だから不適切というのが私の見解。リターン自体がサーブに対する返球なのだから、「返球返球率」になってしまう。もしそういう指標が存在するとしたら、サーブ側が相手のリターンをさらに打ち返すときの成功率になるはず(つまり3球目をミスしない確率)。

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