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【しいたけの話】6分読み

▲暴力的な内容があります。▲
SF要素があります。

「なんと、こちらのしいたけは原木をハンマーで叩くと収穫量が2倍になるんです!」
少女はテレビに釘付けになっている。
テレビではマイクを持ったリポーターがしいたけ農園を紹介している。
「なるほど、じゃあもっと叩けば何百倍にもなるかもしれませんね~!」アハハハと、テレビからの笑い声があがった。

…とんでもない発見をしてしまった。
少女は興奮に震えた。
なぜなら、産まれてきてから今までずっと不思議だった「なぜお母さんは私を叩くの?」の答えを知ってしまったからだ。

言われれば大抵の事はわかる年齢だ、しかし時に気分が乗らないことや体調が悪いこともある。その度に教育的指導として叩かれた。
しかし、少女には言葉が通じているしただ嫌と示しただけで何故叩かれるのかが理解出来なかった。

親は手本と思えと繰り返す彼らが機嫌の良し悪しでで自分を叩くとは思えなかったので余計謎は深まった。
「沢山増えるためなんだ…」
ぼそりと呟く。
母が洗いものをしながら風呂に入るようにと声をかける。しいたけ特集がまだ続いていたため短く「後で!」と言った。
バチーン!!!!
後頭部をひっ叩かれて目の奥に火花が散る。
「今行きなさい!!!」
憤った母が背後から叩いた。
父が居ない日はいつもこうだ、母は意味もなくイライラして良く殴られる。
いつもなら怖くて痛くて泣いてしまうが、私を増やす為だと思うとにっこり笑えてきた。

母はたじろぐ。
いつもと違う反応に驚いたのか「は、早く入りなさい。」と言って再び洗いものに戻っていった。


翌朝、ベッドの隣にはもう一人の自分がいた。
「お母さんお母さん!!!!」
いつもは寝起きが悪く叩かれるが、その日はすんなり飛び起きて母の元へと向かった。
「お母さん!みて!増えた!!!お部屋にもう1人みぃが居る!!」
矢継ぎ早に母に伝えると怪訝な顔でじろっと見た。
「どうした、寝ぼけてるか」
父はスマホを弄りながらちらりとこちらを見た。
「違うよ!叩かれたから増えたんだよ!ね、お母さん!」
父と母が顔を見合わせると父は声をあげた
「お前!!!子供を叩いてるのか!?」
「違う!あなたが居ないとこの子言うことを聞かないから…」
「違くないだろ!そうやって俺のせいにするな!!体罰なんてして良い筈ないだろ!!!!!!」
両親が目の前で喧嘩をするのは初めての事だった、良かれと思い伝えた事がこんな風になろうとは。
ビックリして少女は自室へ逃げ帰る。
「怖かった、お父さんとお母さん喧嘩しちゃった。みぃのせい?」
じわりと涙腺が潤む、部屋に居たもう一人の自分は慰めるようにそっと肩に手を添えてくれた。
にっこり微笑まれる不思議な感覚に涙は引っ込んだ
「ありがとう。あ、名前…うーん、リカちゃんにしよ!!」
少女が気まぐれにお気に入りの人形の名前をあげると分身はにこっと笑った。

心臓が落ち着いた頃、そっと耳を澄ます。
「お父さんとお母さんまだ喧嘩してるね、朝ごはん食べなきゃいけないけど…怖い。」
少女がドアノブに手を掛けようとすると分身はそこに手を掛けふるふると首をふった。
「やっぱりやめといた方がいいよね?」
こくんと頷くと少女はクローゼットを指差した。父と母の野生のような声が怖い。耳がきんきんする。しばらく隠れることにした。
どれくらい経っただろうか?
早起きと暗さのせいで少女がうとうとしていると、ノックの音がした。
お父さんかお母さんだ、思わず体が固くなる。
「怖い。やだな…」
こそこそ声で呟くと分身が自身を指差した。
「代わりにいってくれるの?」
こくこくと頭をふり分身はクローゼットから出ていった。
ガチャンと扉の音が聞こえてからそっとクローゼットを出る。
コンコン、今度は窓が叩かれて少女はびくっと震える。怯えながらカーテンをめくるとそこには小さなキノコが立っていた。

「ごめんくださぁい。」
掠れて調子の外したへんてこな声。
少女は大声で母親を呼ぼうとして思いとどまった。また迷惑をかけたら殴られるかもしれない。
増えるのは良いけど、痛いのは嫌だ。

びくびくと警戒しながら窓へすり寄る。
キノコは茶色い傘で椎茸のような見た目だった。
デフォルメもされておらず、リアルな顔がついていて少しだけ気持ち悪い。
窓を開けてやるとふよふよと風に吹かれるようにして部屋に入ってきた。
「やぁやぁ、身代わりはお役に立ちましたかね?さぞかし災難でやってられないあなた!!菌星のお姫様になってくれませんか?」
「きんせい?」
「そうです。我々は仲間を増やすため、原木を叩くお手伝いをしてくれる人間を探しているんです。」
「叩く…」
「勿論!立派なお姫様になれればお父さんとお母さんは働かなくて良いのです!お仕事の事で喧嘩もなくなって皆で幸せに暮らせますよ。」
少女は思考を巡らせる。
お姫様になった自分と遊ぶ為だけにお父さんとお母さんがいてくれる世界。
なんて魅力的なんだろうか、その為に原木を叩く程度、容易いものだ。
「やります!」
「ありがとうございます!あぁ、あなたは女神様のようだ、慈悲深い…!」
キノコはふるふると震えると雨の日のように傘を回し始めた。
するとふわりとからだが浮き、気づくと宇宙船の中に居た。
モニターが壁一面、タイルのように並べられてせわしなく地球の様子が流れている。
「すごい!!」
少女が驚くとキノコは弾む声で答える。
「我々菌類は今やカルチャーにも根付いているんですよ、ほら、マッシュルームヘアーとか」
そう言って渋谷の駅前が写し出される。
色とりどりのマッシュルームヘアーが駅に吸い込まれ吐き出される。
「これからあなたには菌星へ向かって貰います」
「待って、お父さんとお母さんは?」
「大人は環境が整うまでは菌星へは来れないのです。だから早く立派な女王になってくださいね。」
「……頑張る!」


クジラのような宇宙船は彼方へと進み出した。


彼女はそれっきり。


それでも誰にも叩かれることはなく、キノコを増やして幸せなお姫様になりましたとさ。







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