続・生命科学研究の論文の扱い方について

AKIRAです。
以下の記事について、書き足したいことがありましたので、別記事で記述したいと思います。

論文読解は、専門的なノウハウが必要

以前にも書きましたが、論文読解…というか、論文を正しく読むといったほうが正確なのでしょうが、とにかく論文は読めばいいというものではありません

何を目的として行った実験なのかを理解しない限りは、筆者の解釈も、またデータの読み方もおざなりになってしまいます。
そして、ついには訳の分からない解釈をしてしまうことになります。

良くある話なのですが、論文では筆者が検証したいことに特化した条件の最適化を行った実験を提示しています。逆を言えば、それ以外のことについて言及する場合、実験の条件が最適ではない可能性があります

どの培養皿を使うのか?そのお皿にどれくらいの数の細胞を撒くのか?どのくらいの期間培養を行うのか?RNAやDNAの状態を検証するなら、いつ細胞から回収するのか?タンパク質の状態も知りたいのであれば、同じ条件の細胞を2つ用意する必要があるのでは?…などなど。

考えることはいろいろあります。
しかし、読む側としては、そのあたりの事情は非常にわかりにくいのです。

実験方法の最適化を目的とした論文ならまだしも、それ以外の論文ではメインの部分はおろか、サプリメンタル(参考となる結果。たいてい本文が書かれている紙とは別紙になっていることが多い)でも書いてません。

以前の記事にも書きましたが、こういう条件検討は結果を説明するためでない限り、いちいち詳しくは書かないものです。
メソッドといって、実験方法を書く部分も基本的な手順を書いているだけで、何を意図してそう言う方法にしたのかという部分は言及されません
つまり、筆者も意図しない観点からの考察は、論文そのものから汲み取ることは難しく、筆者本人に何らかの形で問い合わせないことには明確な答えを得ることはできません

だから、研究室などで論文抄読会の時、本論とは違う内容の質問が飛んできたとき、発表者にできることは「質問の答えのヒントになりそうな筆者の記述を論文内から探す」か、あるいは「提示された引用文献の中からその答えを探す」かの二択です。
それでも見つからない場合は、「書いてないからわからない」という答えを返すしかないということです。

部分的な解釈の引用は、注意が必要

つまり、私が何を言いたいかというと、論文内の解釈を引っ張ってきたときに、その部分だけにフォーカスして引用すると、大やけどするリスクがあるということです。

何度も繰り返していますが、筆者の解釈は「条件ありき」です。そこから外れた条件下での話はルール違反です。

少し例を出しましょうか。
例えば、がん細胞の話をしましょう。

細胞ががん化してしまう要因として、逆転写酵素の影響が知られています。これは、逆転写酵素をもつウイルスの感染がきっかけとなります。逆転写酵素とは、通常、DNAがRNAに変換される過程を「転写」というのに対して、その逆の反応…つまりはRNAをDNAに変換する「逆転写」を触媒する酵素です。これにより、DNAが細胞のゲノムに挿入され、そのあたりどころが悪いとがん化します。

…さて。少し話は変わるのですが、実験の世界ではがん細胞由来の細胞というものが存在します。
増殖能を維持しているため、培養皿上で増えてくれるのですが、ここで問題があります。

仮に。
がん細胞由来の細胞の逆転写酵素の発現量が薬剤を入れたことによって起きる変化を検証する論文があったとしましょう。
そこに、「元々、がん細胞を由来とする細胞が持っている逆転写酵素が通常の細胞よりも発現レベルが高いため、がん細胞由来の細胞は検証する対象として不適」という意見があったとしましょう。
しかし、論文ではその点に関しては特に記述がない。

この場合、あなたはどう考えますか?
まあ、かなり難しい話なのでイメージが付きにくいかもしれませんが、これは非常に国語的な問題です。

要は、「そもそもの目的はがん細胞の逆転写酵素の発現レベルの変化を検証することでは?」という点なのです。
先ほど、私が説明したように、ウイルス由来の逆転写酵素の遺伝子が細胞のゲノムに挿入されることで、ヒトは細胞のゲノムに逆転写酵素の遺伝子を持っており、肝細胞がんでは発現量増加の報告もあります。(詳しくはこちらをご覧ください→https://www.riken.jp/press/2015/20151029_1/)

しかし、そもそも最初からそんなことは問題ではありません。
スタートの発現量が高かろうと、スタートからゴールまでの発現量の変化を問題にしているのであって、最初の発現量を問題にしている時点で論点ずらしもいいところです。

この場合、「『薬剤処理をされていない』がん細胞由来の細胞で培養過程でどの程度の発現量変化があるのか」を問うべきなのです。その時、薬剤処理の有無で変化量に差がない場合、その細胞では不適となったでしょう。(もしかしたら細胞種を変えたことで差が出ることもあるかもしれませんが)

この例で分かるように、条件ありきの考え方がないままに指摘をしてしまうと、生命科学研究ではただ頓珍漢なことを言っている人になってしまいます。

正しく読むためには訓練が必要

つまり、素人さんが論文を扱う場合、複数の専門家の意見を交えた上で行った方がいいと言えますね。

この記事を読んでいただいている方がもし、専門外の方の場合は、十分な注意をよろしくお願いいたします。

以上です。

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