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4.パプリカの国(第8章.旅先で考えた食することの楽しみ②)

 ハンガリーの首都ブダペスト。空の玄関口であるリスト・フェレンツ空港に到着したのは18:00頃だった。空港からはバスと地下鉄を乗り継いで、今晩泊まるホテルがある街の中心部へと向かった。ホテルへ向かう道すがら、多少右往左往してしまったので、ホテルに着いたのは20:00近くになってしまった。

 さて、これから何か夕食でも食べに出掛けようか…と言っても、もう20:00。日本時間なら朝というか真夜中の3:00である。先程まで日本時間に慣れていた私は、とてもじゃないがそう多くは食べられない。そこで思いついたのがグヤーシュである。

 グヤーシュとはスープである。牛肉と野菜をパプリカの粉末で煮込んだハンガリー特有のスープである。スープだけなら胃に優しいのでちょうどいいと思ったのだ。

 私はホテルのすぐ近くにあったカフェのようなレストランのような店でメニューを覗き込んだ。すると「グヤーシュ」と書いてあったので、すぐに店に入った。実際、出てきたグヤーシュは想像した通りパプリカ粉で真っ赤に染まっていた。パプリカなので辛くはないが、それでもややスパイシーな感じがとても美味しい。牛肉と野菜もよく煮込んである。付け合わせにパンも添えられていたので、これだけでちょうどいい腹の足しになった。一緒に頼んだ赤ワインもスープとよく合う(ちなみにハンガリーはワインの産地でもある)。

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 この日以降、私がハンガリーに滞在している間、幾度となくパプリカの粉末を使った料理に出くわした。例えば、ハラースレーと呼ばれるフィッシュ・スープ。こちらはコイやナマズのぶつ切りがパプリカの粉末で煮込んである、言わば"魚版グヤーシュ"。それから骨付きの鶏肉をパプリカ・ソースで煮込んだパプリカ・チキン。あとは挽肉を煮込んだ料理にもソーセージにもパプリカの粉末がまぶされていた。

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 このようにハンガリー料理にパプリカは欠かせない。何でもかんでもパプリカを使うのだ。実は、ハンガリーでは日照時間に恵まれている南部がパプリカの一大生産地と言われている。収穫されたパプリカは軒先などで干されて、さらに乾燥したものを砕いて粉末にしているという。やはり当然のことながら、その国の名物料理に使う食材はその裏に、地元で古くから生産されてきたものが大きく貢献している。

 考えてみれば日本だってそうだ。大豆、小麦、塩が古くから生産され、独特の湿った気候風土も合わさって醤油を生み出した。そして醤油は日本料理にとって欠かせない調味料になっている。それこそ、何でもかんでも醤油を掛けている。

 そう考えると、ハンガリーにとってのパプリカは日本にとっての醤油みたいなものではないか、と思うのだ。恐らくハンガリーに馴染みがある人にとってはパプリカの粉末を見ただけで「あ!ハンガリー料理!」と思うのではないだろか…。

 テクノロジーの発達やIT化の波で世界が近くなったと言われて久しい。しかし人間の舌の感覚はあまり変わらないように思える。それはそうだ。長年の風土、気候、文化、宗教によって培われたものはそれ程やわじゃない。そのほうが旅の楽しみも増すというものだ。

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