見出し画像

3.小さな村で考えた利便性(第2章.旅先で考えた小さな街の素晴らしさ)

 オランダのヒートホールンという小さな村へ行ったことがある。この村は茅葺屋根の民家と運河が張り巡らされた印象的な風景が特徴である。中世の頃から変わっていないのではと思わせる、その佇まいはヨーロッパの原風景とでも言うのだろうか…まるでおとぎの国へ迷い込んだかのようである。

 そして、この村は自動車やオートバイが進入禁止なのである。したがって、移動手段は徒歩か自転車かボートである。もちろん、私は徒歩でこの美しい村を巡った。歩いても1時間くらいで回りきれるので、さほど苦にならない。中には運河をボートで巡っている人もいて、それが観光のハイライトの一つになっているようだ。

画像1

 ヒートホールンは美しい村の風景を守るため、排ガス規制を徹底している素晴らしい村である。しかし、そのことはあくまで我々観光客の視点に立った見方なのではないかと思えることもある。当の村の住人は、もしかしたら移動手段が限られていることや民家を勝手に改築出来ないことに対して不満があるかもしれない。もっと利便性を重視したムラに変わっていって欲しいと考えているかもしれないのだ。
 それでも変わらぬ村がここにある。それは恐らく利便性だけでは得られぬ何かを感じ取っている人達がこの村を守っているのではないか…と思えてくる。もちろん、私は村民に調査をした訳ではないから自信を持って言うことは出来ないが、恐らく排ガス規制を行っている村、中世から変わらぬ姿を留めている村に対しての「誇り」がこの村を守っている原動力になっているのではないかと思うのだ。だいいち、利便性を求めている人なら、とっくにこの村から出ていっているに違いない。そんなことをこの村で考えてみた。

画像2

 さて、ヨーロッパの小さい村をもう一つ紹介しよう。それはオーストリアのチロル地方、アルプバッハという村である。
 アルプバッハは「ヨーロッパで一番美しい花の村」と呼ばれている。その名が示す通り、この地方独特の形をした家々のベランダからは色鮮やかなゼラニウムの花が溢れんばかりに顔をのぞかせている。目を遠くに転じるとアルプスの山々と田園風景が広がり、村の中心には小さな教会が立っている。よく晴れた日なので、空の青、花の赤、山の緑と、その調和が美しい。この村は私が思い描いていたチロルのイメージそのものだった。

画像3

 それでもやはりチロル地方。アルプスの麓である。特に山の中腹に位置するアルプバッハは生活していく上で大変なこともあるのだろう、と想像する。「美しい村!」とはしゃぎながら写真を撮るのは我々観光客の側である。

 しかし、オランダのヒートホールンの項でも述べたように、そこに住む人は利便性だけでは単純に捉えきれないものがあるのだと思う。

画像4

 実はアルプバッハに来る途中、私は面白い体験をした。私はチロル州の州都インスブルックに宿を取った。そしてインスブルックから鉄道に乗り、ブリクスレッグという駅で降り、そこからバスに乗ってアルプバッハを目指したのだ。

 バスはアルプバッハに近づくにつれ、次第に山を登っていく。途中、ある村を通り過ぎようとした時、楽団のパレードがちょうど教会に入っていくところに出くわした。今日は教会で何か催し物でもあるのかもしれない。しかし、そのパレード、教会の中に入っていくまで10分以上も掛かっているのだ。その間、バスも立ち往生である。それでも乗客はイライラせずに何も言わずにパレードを見守っている。どうやら公共交通機関より教会の催し物のほうが大切なのだろう。もしかしたら急いでいる人もいたかもしれないが、利便性より大切な何か、をバスの乗客は皆理解していたのだ。

 以前、私は交通渋滞のため到着時刻が遅れたバスの運転手に向かって「こっちは急いでいるんだ!早くしろ!」と怒鳴った乗客を見たことがある。アルプバッハに向かうバスの中で、思わず比較せずにはいられなかった。

画像5


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?