ねむるバス停

 バス停だ。

 丸と四角。それを突き刺す棒。おでんのような形のそれは見慣れないものだった。バスはあまり利用しない。するときは長距離の移動ぐらいで、そういったバスは大きな駅のターミナルで乗り降りすることが多い。そこでも標識はあるが、形が違う。

 丸と四角の中には文字があるけれど、読む気にもならず眺めていた。いつ、バスが来るのだろう。

「あと、五分もしたら来るで」

 唐突な声に目を瞬く。「ごふん」馬鹿みたいに繰り返してしまう。

「せや。まあそれまでゆっくり待ちぃ」

 周りには誰もいない。どう考えても、声は目の前の、単純な直線と円で構成された標識から発されている。

「……バス停が喋ってる」

 バス停はバスの停留所のことで標識の事ではない、だとか言ってる場合ではなかった。

「夢みたいなもんや。気にしやんとき」

「ゆめ」

「バスの行き先しらんのかいな」

「……はあ」

「あほやなあ」

 特徴的な口調は関西弁なのだろうか。けれど違うような気もした。テレビの中で聞く関西弁は勢いがよく語調が強い印象だったけれど、今聞こえているものは調子と歯切れがいい癖に、どこか柔らかい。

「どこに行くんです」

「夢や」

「ゆめ」

「オウムかいな」

 やはり関西弁なのだろうか。小気味よい突っ込みだった。

「ここはどこなんですか」

「どこでもない。現実の端っこやな」

「端っこ」

 また繰り返してしまう。今度は突っ込まれない。

「眠るためのバスに乗るんやろ、いまから」

 ああ、そうだった。すとん、と納得した。眠りにつこうとしているのだ、私は。

「随分疲れとるみたいやな。でもバス乗ったらちゃんと夢まで送ってくれるさかい、よう休みぃ」

 声は温かかった。はい、と素直な返事が落ちる。

「お、バス、来たみたいやで」

 声に促されるように顔を上げる。道の先にこげ茶のラインの走るバスが見えて、ちょっと笑った。私の枕と同じ模様だ。

「ほな、また帰りにな」

「はい。おやすみなさい」

「うん。おやすみぃ」

 頭を下げてバスに乗り込む。乗り込む間際「ふわぁあ」と、あくびが聞こえた。

 席に着き、走り出したバスの窓から、あのバス停を振り返る。目も口もない話し相手。けれどきっと、今から眠ろうとしているのだと思った。

 小さな声で、もう一度、おやすみなさいと呟く。私も夢へと向かうバスに、身を預けた。