ロベルト・バッジオから考える、ファンタジスタと“ポジショナルプレーの鎖”

みなさんはレネ・マリッチという人をご存知でしょうか?ドイツの戦術解説ブログ『Spielverlagerung』の立ち上げメンバーのひとりで、現在はオーストリアのレッドブル・ザルツブルグでアシスタントコーチを務めています。一部では「“戦術ブロガー”から成り上がった男」として知られている人です。

そんなレネ・マリッチは「システム(フォーメーション)は網、鎖のようなものである」とブログエントリーで形容しています。誰かが動いたら別の誰かがそのギャップを埋めるように動く仕組み作りが大切…ということだそうです。このレネ・マリッチのアイディアは、先日私が書かせていただいたポジショナルプレーについてのそれと通ずるところがあるなと思いました。

緻密な約束事と状況判断から生まれる連動性が展開されたときは美しさすら感じることがありますが、この「」という表現だと少し抑圧的なイメージすら思わせます。ぶっきらぼうな言い方をすれば、まるで選手同士が互いによって囚われて、ただルーチンワークを機械的にこなしていくだけの“作られた美しさ”という印象すら覚える方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そんなふうに思ったとき、ふと浮かんだことがあったのでざっくばらんに書いてみようと思います。

先に言っておきます。長くなります。

ロベルト・バッジオ: 「ファンタジスタ」の代名詞

イタリアにはロベルト・バッジオという名選手がいました。その華麗なテクニックから繰り出される予想だにしない軌道を描くシュートやドリブルによって、いつしか彼は「ファンタジスタ」と呼ばれ、人々を熱狂させるようになりました。

バッジオの何が特徴的かというと、とにかく自らゴールを狙いに行くことでしょう。持ちすぎなくらいボールをキーブし、あくまで独力突破を目指す姿勢が見られます。個の能力を前面に出して、相手の守備をちょこまかとかいくぐり、相手のマークを引き剥がしていたのです。

“強烈な個”とでもいうべきそのプレースタイルは我々に卓越した創造性や美しさすら感じさせるわけですが、ポジショナルプレーの「鎖」を引きちぎるとしたらこういった存在なのではないかと思いました。でも、よくよく考えてみるとむしろ親和性は高いんじゃないかとさえ考えられるんです。

「ファンタジスタ」の再解釈

ファンタジスタとポジショナルプレーのつながりを考えるために、まずはファンタジスタそのものについて考えてみることにします。

実は「ファンタジスタ」という表現に決まった定義はないのですが、ひとまず上に挙げたロベルト・バッジオを例として考えると、次のように表現できるのではないかと思いました。

脳内インテンシティに長けている
・位置的優位性に長けている
・得点可能なプレースタイルである ※

一発目からあまり聞き慣れない単語を混ぜてしまったので、ひとつずつ見ていきます。

脳内インテンシティに長けている
かいつまんで言うと、「脳内インテンシティ」とは状況を認知してからプレーを遂行するまでのスピードを指すもので、これが速ければ速いほど即興的かつ効果的なプレーができる、つまり脳内インテンシティに長けていることになります。

バッジオは瞬時にドリブルのコースを変えたり、あるいは思いがけない位置からシュートを放ってゴールを決めるなど、脳内インテンシティの高さを窺わせています。プレー精度の高さと素早い判断に裏打ちされた見事なプレーによって、我々はあっと驚かされるわけです。

・位置的優位性に長けている
上の動画で確認できるだけでも、ボールタッチの間際に細かくステップを踏んで自らの走りを調節していたり、あるいは相手にボールを触らせないための姿勢を取るなど、バッジオのプレーには自分自身とボールの位置を考慮した痕跡が見られます

前項の脳内インテンシティにも関連しますが、自らが思い描くプレーをするためには、前段として適切なポジショニングが重要になってきます。たとえそれが無意識のうちであっても、です。

・得点可能なプレースタイルである ※
これを「」としたのはバッジオがイケメンだからということではなく、この点に関してはバッジオ自身の個性や解釈が関わっていると思われるからです。

3つの地味なゴールを決めるより、1つの華麗なゴールを決めるほうがいい。それがファンタジスタだ。 ロベルト・バッジオ

「ファンタジスタ」に紐付くイメージは「美しさ」であると考えられますが、バッジオの場合はサッカーの主たる目的である「ゴール」に美しさを見出そうとしていたようで、数々の素晴らしいゴールを決めることでそれを体現してきました。

しかし、「ファンタジスタ」という表現に定義がないように、「美しさ」というものに定義はありません。ゴールに美しさを見出す人もいれば、そのゴールへとつながるパスに見出す人もいます。そして、そうした意識は時代のトレンドによって如何様にも変化するでしょう。

かつてのバッジオに代表される「個」がクローズアップされる時代から、ここ数年のサッカーはチームで作り上げる「全体」へと注目が移っています。「誰(選手)が好き」という意見だけでなく「どこ(チーム)が好き」というのも多く聞かれるようになったことがその証左です。

いずれにしても、自身の志向や理想を表現できるだけの能力があり、それによって観客を沸かせるプレーができれば、それも立派なファンタジスタの資質と考えていいのではないでしょうか。そういった意味で、この要素は「質的優位性に長けている」と言い換えることができるかもしれません。

本当に対極か?ファンタジスタとポジショナルプレー

さて、再解釈をざっと行ったところで考えてみましょう。果たしてファンタジスタはポジショナルプレーと対極の存在なのでしょうか?個人的には条件付きで共存可能な気がします。

位置的優位性は「ポジショナルプレー」という言葉そのものが表す通り特に大切な要素ですが、ファンタジスタがこれに長けているとすれば自ずと相乗効果を生みます。

ただ、バッジオのように、自らの志向を最大限に表現するために位置的優位性を確保するプレーヤーをチームに組み込むとすれば、周囲のプレーヤーはファンタジスタのキャラクターを認め、理解し、解釈する必要があるでしょう。オシムのいう「水を運ぶ選手」を買って出るわけです。そうでないと、ファンタジスタが持つ位置的優位性を最大限に活かすことができません。

質的優位性についても然りです。ファンタジスタが最大限能力を発揮できるよう、たとえばシュートコースやドリブルコースを整えることはプラスに働くとしても、自分たちの動き方によってそれらを塞いでしまっとしたら当然チームとしてもマイナスになってしまいます。これもまた、ファンタジスタのキャラクターを理解する必要性につながります。

そして最後に、脳内インテンシティについてもファンタジスタの水準に近付ける必要があります。そうしないとファンタジスタのプレー選択についていけなくなってしまい、前述のようなリスクを引き起こしてしまうからです。

こういう点から、ファンタジスタとポジショナルプレーを共存させるには周囲のプレーヤーもファンタジスタのマインドを共有する必要があると考えられます。

あれ、結局ファンタジスタ中心のチームになってないか?その通りです。否が応でもファンタジスタは必然的にチームの中心になってしまいます。だからこそファンタジスタであり、それゆえ条件付きなのです。

ファンタジスタは鎖に繋がれるのか、それとも繋ぐのか

しかし、時代は進んでいます。ファンタジスタの頭の中にしかないと思われていたアイディアが言語化される時代がやってきたのです。これまで彼らが自由気ままに行っていると考えられてきた動き方や思考法がひとつひとつ解き明かされ、彼らのプレーを再現することができるようになってきています。言ってしまえばポジショナルプレーもそのひとつでしょう。

そして、その言語化はファンタジスタの“培養”に一役買っているのではないでしょうか。これまでのファンタジスタが生まれながらに持っていたマインドを明文化することが後天的にファンタジスタを生むことにつながっている気がします。

ただ、ここで注意したいのが「誰でもファンタジスタになれるわけではない」ということです。位置的優位性や質的優位性、はたまた脳内インテンシティもトレーニングによって養えるもので、それによってチーム全体の能力を上げることはできますが、それでも限界というものがあります。

しかし、その限界を超えていく存在こそがファンタジスタになり、チームの軸となります。レネ・マリッチの「鎖」という表現を借りるならば、ファンタジスタは鎖を繋ぎ、そして引っ張る存在になるのではないでしょうか。だとすれば、ファンタジスタはポジショナルプレーに埋もれる存在ではなく、むしろその質を高める存在となり得るわけです。

ただ、繰り返しになりますがその逆もあり得ます。ファンタジスタがそのアイディアを共有しない、またはできない場合、その“強烈な個”によってチームが連動性を損ない、結果としてリスクになってしまう可能性も孕んでいるからです。

ファンタジスタが自らに繋がれたチームという鎖を引きちぎってしまいかねないからこそ、言語化が必要なのです。なぜならサッカーは11人で行うチームスポーツだからです。

おわりに: “空飛ぶオランダ人”とファンタジスタ

長々と書いてしまいましたが、ここまで論を進めてみてふと連想されたのがこのプレーヤーです。

ひょっとしたらサッカーの周期は一周して来たのかもしれません…というところで締めようと思います。とりとめのない内容になってしまいましたが、お読みいただいたみなさまが何かを考えるきっかけになれば幸いです。

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