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'95 till Infinity 035

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【 第1章: 2nd Summer of Love of Our Own 027 】


 カイロのマニュアルはどこまでも、どこまでも続いた。

 俺はこの時、このマニュアルがどこまでも永遠に続くんじゃないかと思っていた。もちろん、俺もバカじゃないから、世の中には重力だの摩擦だのと物理の授業で右から左へと俺の耳を通り抜けていった物が存在することも知っていたし、現実的に考えるとそんなことは不可能なことだって知っていた。

 それでも、あの時の俺は本当にこのカイロのとびっきりスムーズなマニュアルはひょっとしたら世の中のどんな決まり事も乗り越えて永遠に、永遠に続くんじゃないかと思っていた。

 俺があの時感じていたものについて「思っていた」というのが正しい言葉かどうかは知らないが、それは「願う」ということよりはずっと確かで、「信じる」ということよりは無邪気でなかったように思う。

 今でも俺はその時見ていたものをはっきりと頭の中で思い描くことができる。

 揚げた両手で風を、空気を押さえ、坂を降りていくカイロ。

 左手には歩道沿いに植えられた樹々。その葉っぱはまだ雨に濡れて、小さな丸っこい水滴の中で街灯やら月やら道行く車からの光が反射して光っている。

 右手にはカイロなんかには見向きもせずに走り去っていく車。俺とトーニはそのカイロがマニュアルで降りていく姿を二人声も出せずにただ見ていた。

 正面にはカイロがさっき言っていた「見たこともないような空」。

 さっきは雲の切れ目からちょっとしか見えなかった月が、雲の切れ目から顔を出している。

 今日の月は完璧な満月だ。

 1mmだって欠けちゃいない完全な完全な満月が浮かぶ見たこともないような空の下、クリーム色の月と赤みがかったオレンジの街灯を全身に受け、葉っぱの水滴が光る電力不足の共産圏の国の慎ましいクリスマスツリーのような樹々と、次々と走り去る車の一瞬で過ぎ去っていくヘッドライトと、蛍のように離れていくテールランプの間を、この世の中に止めるものなど何もないかのようにカイロはただ滑りおりていく。

noteも含めた"アウトプット"に生きる本や音楽、DVD等に使います。海外移住時に銀行とケンカして使える日本の口座がないんで、次回帰国時に口座開設 or 使ってない口座を復活するまで貯めに貯めてAmazonで買わせてもらいます。