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'95 till Infinity 003

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【 Prologue: He’s Back 003 】


 『飲みが足りないから』か、スティーブが言いそうなことだ。

 その理屈自体にはなんの論理性もないし、ただの酔っ払いの戯言でしかない。今の会話からその部分だけ切り出して文字にしても誰も納得なんかしないし、この世界に1mmの違いも生み出さないことは間違いない。

 けど、結局のところ、俺はあいつの言ったことというよりも奴という人間を覆うオーラとでもいうものになんとなく納得させられ、席を立ちビールを買いに行っている。誰もが何にも意味を求めていないこの空間で俺たちはただ空虚なメッセージを撒き散らしている。

 そういう場所で幅を利かすのはスティーブのように単純で誰にでもわかる明確なメッセージをはっきりと人柄で押し出すことのできる人種なんだと思う。

 スティーブ・トンプソン、悪い奴じゃない。

 転校してきたばかりで右も左もわからない奴にロッカーはここで、教室はここ、そんなことを笑顔で教えてくれるような人懐っこさ。自分の出世のことだけしか考えてないような他の奴らとは違って、友達を裏切ったりはしないタイプだ。

 そういう奴だからこそ俺はこいつと付き合ってきたし、この出世や組織の中でうまくやっていくことに価値や目標を見出せない俺たちのグループにいるんだと思う。細かい正確の相違はさておき、こいつは俺の愛すべき友人の一人だと思う。それは間違いない。


 ただ、今日の俺はなぜかそんなスティーブに付き合う気になれない。

 いつの間にか混んできたパブのテーブルや椅子の間をすり抜け、バーカウンターで俺はレッドバックのスクーナーを買う。背の高いグラスの中のよく冷えた琥珀色のビール。グラスの底に沈んだ分厚いレモンスライス、ひんやりと冷えたグラスはもう汗をかいている。

 グラスに浮かぶのはいつものように2.5cm程の泡。

 最初に俺たちがこのパブに通いだした頃に誰ともなしに呼び出した「レッドバックの黄金分割」、今日も全く狂いがない。

 このパブのいいことはレッドバックに限らず毎回誰が注いでも必ず定規で測ったような同じ割合の泡をつけることだ。初めて見るバーテンでも必ず2.5cm。ひょっとしたら、ここにはそれが完璧にできるまではバーカウンターに立たせないってルールでもあるのかもしれない。

noteも含めた"アウトプット"に生きる本や音楽、DVD等に使います。海外移住時に銀行とケンカして使える日本の口座がないんで、次回帰国時に口座開設 or 使ってない口座を復活するまで貯めに貯めてAmazonで買わせてもらいます。