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'95 till Infinity 040

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【 第1章: 2nd Summer of Love of Our Own 032 】


 俺のコマ送りの記憶の中のカイロは、水平線しか見えないクソデカい真っ青な太平洋を、カンカン照りの太陽の下、極上の風を受けまっすぐに進む帆船のように堂々と進んでいる。

 1mmもぶれずに重心を完全にコントロールしたまっすぐに伸びたカイロの体がマストで、はためく白のインディペンデントの十字ロゴ付きTシャツは風を一手に受けたキャンバス地のセールだ。

 背中いっぱいで風の後押しを受けたカイロは、俺が勝手に限界と決めたところからさらに3mほど進む。自分の手が届く範囲の重力や推進力、森羅万象のすべてをコントロールしたカイロは一コマ、一コマを、その状況を十二分に楽しみながら進んでいく。背筋を伸ばし、ただ前だけを見て進んでいく。

 その時間にして1分にもならない旅の終わりに、風も止んで、とうとう俺もカイロもトーニも、その場の誰もがこのマニュアルがもうあと10cmだって進まないということがわかった時、カイロの腰がすっと腰を沈む。

 カイロがテールを叩き上げ、前足を蹴り抜く。弾き上がった板は前足に掬い上げられ、縦方向と回転すると同時に横方向に捻られ、黒のスウェードのエトニーズに空中で吸い込まれるようにソールにぴたりとくっつく。

 ビデオで見るようなクソタイトな360°キックフリップ。

 コマ送りの中で、板の裏のグラフィックさえはっきりと見えた。

 着地したカイロは余韻を楽しむかのようにそのまま進み、ゆっくりとターンし、テールを軽く蹴り、浮いたノーズを手でキャッチする。

 両手を掲げて自分でも信じられないやという顔で俺たちを見るカイロ。

 俺とトーニはお互いの顔を見合わせ、またカイロの方を向くと、奴もやっちゃったねという顔で俺たちを見ている。

 くくくくと、なぜか喉の底から湧き上がってくる笑い。

 その瞬間、俺もトーニも、どこから引っ張り出してきたのかわからない種類の雄叫びをあげながらカイロに向かって走りだす。それこそ本気で坂を駆け下りる俺たちは勢いがつきすぎてこけそうになるけど、そんなことは倒れるよりも早くもう一方の足を出すことで乗り越える。

 トーニよりも数歩早く俺は坂の下のカイロに辿り着く。

 カイロはさっきと同じ場所に立っている。カイロの頬は、たった数秒前に自分自身が、自分を中心とした半径10mの世界が捻り出した完璧なカットによってもたらされた昂揚感で赤みが差している。

 狂ったように坂を駆け下りてくる俺とトーニを、あいつ風の控えめな驚きを顔に浮かべてカイロは眺めている。そんなカイロに俺はラリアート気味に抱きつき、その直後、トーニの馬鹿が両手を広げ坂を駆け下りてきた勢いそのままにぶつかってくるのを背中に感じる。

 俺たち3人はそのまま歩道に倒れこみ、後ろ向きに倒れたカイロが頭を打ちつけた鈍い音は俺とトーニの馬鹿笑いに掻き消される。

 俺は、トーニは、カイロの薄い胸板をごんごんと拳で叩きながら、後頭部の鈍い痛みを我慢し、ぎゅっと閉じられた眼の下で引きつる頬っぺたをぴしゃぴしゃと叩きながら、この僥倖を俺たちなりのやり方で最大限に祝福する。

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