LaF sp.

ここには何もない。
何もないがある。何もない。
運よくここに溜められたものたちだ。
拾ってくれた者の名は知らないか、忘れてしまった。彼らもこれを思い出すことはない。

Unicodeが生まれる前に消失した漢字、踏まれて黒に溶けるサクラの花びら、ベンチに腰掛ける虚数質量の少年、半世紀前の謀略、もう実現することのない音声ファイル、目頭から零れ落ちて干からびたナメクジ、すさまじきもの。いつまでも一様な夕暮れ。
ここに居る僕も、そう、僕も落とし物である。
この瑕だらけの場所で、適切な問いを見つけるまでは。

LaF空間の探索は誰でも経験することだ。
ただし、備え付けの忘却機能が事実を隠してしまう。
現実へ引き戻されるときに思いつくはずのあの問いでさえ、数分のうちに肺を満たす新鮮な空気によって希釈される。
手のひらを見つめた。何もない。
院生のための特論講義の時間が迫っていた。
僕は自室を出る。

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