USB-シリアル変換ICを題材に半導体チップのニセモノの生態系について考えてみた

ニセモノを解析してみる

マイコンなどをPCにUSB経由でつなぐときに、USB-シリアル変換という機能のICチップがよく使われます。USB-シリアル変換のICには、よく使われる製品がいくつかあるのですが、その中に、比較的安価なものとして、Prolificという台湾の会社の製品でPL2303というものがあります。

この製品について、メーカーから「ニセモノに注意」という案内が出ています。どうもメーカーでニセモノが流通していることを把握していて、ニセモノ対策を打っていて、ニセモノでは動作しないようにしているドライバを配布していて、チェックツールも配布している、ということのようです。その話を聞いて、ニセモノはホンモノとどう違うんだろう、どうしてニセモノを作ろうとするんだろう、ということに興味を持ち、いろいろと調べることにしました。

まずニセモノの入手からですが、知人から「純正ドライバで動かないニセモノがある」という情報をいただきまして、その方からそのニセモノを譲ってもらいました。

たしかにホンモノとは明らかに違う、なんだかとっても安っぽいマーキングで、確かにPCにつなぐと動作しない(デバイスマネージャで「?」のままでCOMポートとして認識されない)ようです。ホンモノのPL2303には、AからDまでの4種類のリビジョン(更新版)があって、外付け部品の有無など少しずつ機能が違うのですが、この怪しいニセモノが載っていたボードの外付け部品から判断するに、どうもRevision C (PL2303HXC)かRevision D (PL2303HXD)に似せた部品のようです。

そこで、Rev.CとRev.Dのホンモノを入手して、チップを比べてみることにしました。ICの中にある半導体チップは、ふだんなかなか見る機会はないのですが、少々荒っぽい方法ではありますが、どこのご家庭にもある道具を使って、チップを取り出すことができます。この方法で、ニセモノとホンモノ(Rev.C)のチップを取り出して比べてみます。

こちらが取り出した、ホンモノRev.C(左)と、ニセモノ(右)のチップですが、ぱっと見でわかるほど、明らかに違うチップです。もう少し内部を詳しく見ていきます。

こちらが純正のPL2303 (Rev.C)のチップ写真です。チップサイズは1.6×2.2mm、左上に渦巻きがあって、インダクタのようです。

このRev.Cのインダクタの脇を拡大すると、”MOBIUS MICRO”の文字があります。いろいろなガジェットを(ガチで)分解している鈴木さんから、IDTという半導体メーカに2010年に買収された発振器の会社の名前ではないか、という情報をいただきました。たしかにPL2303 Rev.Cは基準クロックの発振回路が内蔵されていて、水晶振動子を外付け不要なので、まさにその回路っぽいです。

こちらがニセモノのチップ写真です。チップサイズは2.0×2.3mmと、Rev.Cよりやや大きいようです。インダクタはみあたりません。

ニセモノのほうを見渡してみると、いくつかアナログ回路っぽいところがあります。電源回路(LDO)もあるのですが、これがクロック発振回路でしょうか。MEMS発振回路か、RC発振回路か、と思われるのですが、断定までは至りませんでした。

さて、この2つのチップを見ていて、気づいたことがあります。USB-シリアル変換の機能のコアはディジタル回路なので、論理回路のかたまりです。両者ともに、論理回路部と思われる領域はあるのですが、いずれも、HDL記述から論理合成、配置配線を経て設計されたもの、と思われます。このニセモノだと、中央付近の階段状の領域が論理回路部と思われるのですが、両者は明らかにレイアウトが異なるので、このニセモノは、純正品(のチップレイアウト)をリバースエンジニアリングしてつくられたコピー品ではなさそうです。ということは、もとになるHDLソースがあるはずで、ニセモノの方は、それをどうやって得たのだろう?という疑問がわきます。まさかOpenCoresなどでオープンソースで流通しているとはない思えませんし、ゼロから設計するにしても、検証まで含めればかなりの工数がかかります。もともとそれほど高価なチップではないので、チップあたりの利益はそれほど大きいとは思えないのですが、それでもこうしてニセモノを設計、製造して販売しているということは、商売的にも勝算があってのことでしょうから、そのあたりの見積もりは興味がわきます。もしかしたら、HDLソースが、GonKaiの設計図のように流通してる世界線があるのでしょうか。

ついでに、いつもの方法で、両者の設計ルールを調べてみました。

意外にも、純正Rev.Cが1um、ニセモノが0.8umと、ニセモノの方が少し細かい製造プロセスのようです。ただ顕微鏡で見ているのは最上位層のメタル配線なので、そこは下層よりも少し配線の幅が広いルールも多いので、両者ともに0.8um、ということかもしれません。チップサイズは純正Rev.Cの方が小さいです。

ロジック部と思われるところの面積を求めてみたところ、ニセモノがチップ全体の30.4%で1.39mm2、Rev.Cが18.3%で0.64mm2と、ニセモノは純正Rev.Cの2倍近くあります。機能は(ほぼ)同じはずなので、HDLの質がいいのか、論理合成・配置配線ツールが優秀なのかはわかりません。

ちなみにこちらは最新の純正PL2303HXD(Rev.D)のチップ写真ですが、純正Rev.Cとそっくりで、ぱっと見でわかる違いは見つけられませんでした。

続・ニセモノを解析してみる

さて、これでニセモノの解析も一段落・・・と思っていたら、中国の電子部品通販サイトAliExpressで、別の怪しいPL2303(自称)を見つけました。

商品紹介写真に写っているPL2303と思われるICに、マーキングがありません。しかも価格が、とんでもなく安価(約45円)です。ちなみにボードには水晶振動子が載っていますので、Prolific社の製品情報によれば、マーキングのないPL2303(自称)は、Rev.AかRev.Bと思われます。(Rev.CとRev.Dは内蔵発振回路が入っているので水晶振動子は不要)

これはアヤシイ・・・と、早速購入し、基板からICを取り外して、チップをみてみます。

その前に、このボードをPCに接続して純正チェックツールで調べてみると、まさかの「純正Rev.A」の判定でした。もしかして純正品で、型落ちなので投げ売りされているだけなのでしょうか。(ただしチェックツールではじくのはRev.C/Dだけのようなので、Rev.Aはニセモノのチェックをしていない可能性もあります)

これがマーキングなしRev.A(自称)のチップ写真です。チップサイズは1.85✕2.6mmでした。Rev.Cにあったインダクタはみあたりませんが、これは内蔵発振回路がないので順当です。

続いて、これの設計ルールを計測してみると、純正Rev.Cや先のニセモノと同じ0.8umのようです。

比較として、純正Rev.Aを入手してみました。すでに製造中止なのですが、aitendoを始め、いくつかで在庫がありました。

こちらが純正Rev.Aのチップ写真です。チップサイズは1.5✕2.5mmで、明らかに、先ほどのマーキングなしRev.A(自称)とは違うレイアウトです。

同様に設計ルールを計測してみると、約0.7umとなりました。この数値はあまり聞かないテクノロジノードなのと、後継のRev.Cが0 8umなので、それより細い0.6umとは考えにくいことから、0.8umが正しい値ではないかと思われます。

このように、新種のニセモノ(Rev.A)が見つかりました。これも、先のニセモノと同じく、設計にはそれなりの工数がかかるはずなのですが、それでもビジネスとして成り立つようで、そのあたりの詳細な分析を、ぜひしてみたいところです。

ちなみにAliExpressには、同じようなマーキングなしPL2303(自称)が載った激安USB-シリアル変換ボードがたくさん売っています。ほとんどが水晶振動子が載っているので、Rev.A(自称)と思われますが、これらが、すべて同じニセモノRev.A(自称)なのか、それともさらに新種のニセモノなのか、気になってしょうがありません。そこで商品紹介写真でマーキングなしPL2303が載っているのでボードを片っ端から15種類ほど購入してみました。これらの解析結果は、後日ご報告したいと思います。

そしてさらに・・・

こんな話をLTでしていたら、ちっちゃいものくらぶtomonさんさんから、もっといろいろなニセモノがあるよ、という情報をいただきました。tomonさんはこれまでにPL2303が載ったボードを販売されていて、その過程でニセモノに悩まされたことが何度かあるそうです。ご厚意で、お手元にあるPL2303(自称を含む)を送っていただきました。

明らかにマーキングの色が違ったりと、いろいろなバリエーションがあります。これらの分析結果は、追ってご報告したいと思います。

このようなバリエーションは、中国の電子部品市場ではかなり一般的なようで、tomonさんや、深圳の電子産業についていつもいろいろ教えていただいている村谷さんによれば、純正品は「原装」と呼んで、それとは別に「国産(国产)」と呼ばれるカテゴリの部品があるそうです(注文時に指定できる)。この「国産」というのは、広い意味では「互換品」のようで、純正品と機能が同じ(自称)もののようです。注文するときに「国産」を指定すると、「どこ産のやつ?」と聞かれるんだそうで、いろいろな「国産」があるようです。昔の74シリーズのICのころには一般的だった「セカンドソース」(これは、半導体の歩留まりが悪かった時代に、部品供給の冗長化の観点から互換品を相互につくる、という風習だそうです)に似ている気もしますが、この「国産」が、商標などの知財の点では、かなりアヤシイ気もしますし、中国特有の知財システムであるGonKaiとの関連も、とても興味深いところです。

ちなみに、tomonさんから「PL2303は、USBシリアル変換のICとして有名なFT232の置き換えを狙った安価な互換品として始まったんだよ?」と教えていただいて、うそーん?と調べてみたら、たしかに両者はピン互換でした。FT232の置き換えをねらったPL2303が、さらに別のメーカから「国産」品をつくられる・・・中国の半導体産業は、なかなか奥が深そうです。


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