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Chapter01 「二人の商人」 ①

Section-01
「ちょっと待ってくれよ!」
 ズラリと商談ブースが立ち並ぶ銀河帝国エタルニア領惑星イェビスコの首都、ワレット市にある総督府総務局ビューローで、若者が大声を上げた。一瞬ホールの衆目を集めるが、さして珍しいことでもないのでホールはすぐに元のざわつきを取り戻した。鮮魚商人のオベリウス・フィルコは、目の前の帝国役人に食って掛かっていた。
「いまさら中止って言われても、もうブツも積んできてるんだし、困るよ」
「それはそちらの都合ですから」
 役人はにべもなく切り捨てた。鈍く光る偏光ゴーグルに隠れてその表情はよくわからない。
「いやいやいや。納期今日だし、連絡もらってないし、引き取ってくれないと」
「中止は中止です」
「じゃ、じゃあ、引き取らなくてもいいから代金だけでも」
「品物を渡さないのに、お金だけ取るんですか?」
「そんなこと言ってないじゃないですか!」
 オベリウスはバン! とカウンターを叩いた。大理石でも割れそうな音を立てたので、再び衆目を集めるが、すぐにそれぞれの商談に戻っていった。
「とにかく、宴は中止になりましたので、品物は要らないんです」
「それはそっちの都合ですよね」
「ええ。こちらの都合です。ですので、品物は要りませんと言っています」
「あーもう、あんたじゃ話にならない! 上の人出してよ」
「私が上の人です」
 ムネのバッジをつまんでくいくいと前に出した。肩書きは儀典局総務部調達課課長と書いてある。名前の方は指に隠れてよく見えない。
「ちげーよ。総督出せってのよ」
「一介の商人のクレームに総督が出てくるわけないでしょう」
「これって総督閣下主催のパーティなんでしょ? なんで中止なんだよ。せめて理由を聞かせろってんだよ」
「申し上げられません」
 確かに、一介の役人風情に総督の個人的な事情など軽々には口外できないというのもわからない話ではないが、だからといって一方的な取引中止になど応じられるわけがない。オベリウスはなんやかんやと食い下がって、役人から譲歩を引き出そうと試みたが、なかなか首を縦には振らなかった。

「ちょっと、いいかな」
 オベリウスの背後から青年が声をかけてきた。オベリウスは振り返り、ゴーグル課長もゴーグルの位置を直してその青年を見た。
「今、あんたらがもめてるのって、今夜のパーティのこと?」
「ああ、そうだよ。いきなり中止だって言うんだよ」オベリウスが答えた。
「なんですかあなたは。順番をお守りください」
 ゴーグル課長は面倒くさそうに、青年を追い払おうとした。
「いや、うちもそのパーティに品物を納めに来たんだってば。中止ってどういうことなのかな?」
「失礼ですが、どちらさんで」
 ああ、と言って青年は名刺を差し出した。オベリウスも目の前を横切る名刺を覗き込んだ。
「俺はディカイン・マーカー。マーカー商会の者だ。乾燥穀物練麺がトラックにたっぷり積んであるんだが、これはどうなる?」
「パスタなら担当はあっちの赤い頭です。そっちに並んでください」
「おいおい、中止だって話を聞くためにわざわざ並べってのかい? 俺もヒマじゃないんだが」
 ゴーグル課長はため息をついて、諭すようにディカインに言った。
「どうするかはあなたの自由ですが、ここで聞いてそのまま帰った場合は、あなたの側からの一方的な納品放棄ってことになりますから、ペナルティが発生する分だけ丸損ですよ。さっさと番号札取ってあっちに並んだ方がいい」
 ディカインは「ぐっ」っと短く声を出して、ゴーグル課長をにらみつけてから、ズカズカと足音を鳴らせて去っていった。
 オベリウスは結果的に横から水を差された感じになったので、先ほどのまでの勢いはもう引っ込んでしまった。
「いずれにしても」ゴーグル課長が続けた。「お引き取りください。出口はあちらです」
 オベリウスはあきらめて交渉のカウンターを離れた。先ほどの商人はおとなしく番号札を取ったようで、不機嫌な顔で待機列のベンチに座っていた。

to be continued

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