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人生に正解はない

昔から「青春群像劇」と呼ばれるジャンルの作品が好きだ。
「あすなろ白書」「若者のすべて」「未成年」「白線流し」「天体観測」「オレンジデイズ」「ラスト・フレンズ」「SUMMER NUDE」…など、歴代観てきたドラマを思いつくまま並べても、こんなにたくさん出てくる。

そんなわたしがおそらく初めて観た青春群像劇は、「愛という名のもとに」
鈴木保奈美・唐沢寿明・江口洋介をメインキャストに、大学時代のボート部仲間7人の卒業後の人生を描いた作品である。決してキラキラした青春模様が描かれている訳ではなく、むしろ観てて辛くなる展開が多かったので、当時小学生だったわたしにはストーリーのすべてを理解することはできなかったけれど、いつかこんな仲間と出会いたい、こんな大人になりたい…という憧れを持ち、その後青春群像劇を好んで観るようになるきっかけとなった作品だったと思う。

その「愛という名のもとに」を彷彿とさせる映画「青の帰り道」が昨年末公開された。察する方もいると思うが、この作品は撮影期間中に出演俳優によるトラブルに見舞われ、公開どころか完成すら危ぶまれた作品だ。しかし代役を立て、その他のキャストは続投し、1年後に撮り直しを行ってようやく完成・公開へと漕ぎつけた。それはこの作品に対するキャスト・スタッフの並々ならぬ想いがあったからこそ実現できたこと…結果、お蔵入りさせずにこの世に生み出してくれて本当によかったと思える、素晴らしい作品に仕上がっていた。個人的にここ1年で観た映画の中でもベスト3に入る秀作で、先日この作品の舞台となった群馬県前橋市の前橋シネマハウスで再上映が決定した際に改めて観に行ったので、今回はこの「青の帰り道」について語ってみたい。

群馬県でごく普通の高校生活を謳歌していた高校3年生の男女7人の仲間たち。楽しかった高校生活に終わりを告げ、それぞれが思い描く未来に向けて卒業後の進路を歩み始める。

歌手を目指し、東京で音楽活動を本格的に始めるカナ。親との関係が拗れており、家を出たい一心で上京を決めたキリ。東京の大学に進学するユウキ。3人の上京組に対し、地元に残る選択をしたのは4人。医大受験に失敗し、浪人生活を送ることになったタツオ。「いつかでっかいことをやってやる」と粋がるリョウ。そして高校時代から付き合っていたコウタとマリコは、卒業後子供を授かり結婚することに。

それぞれが希望いっぱいでスタートした新生活。最初のうちは順風満帆だったはずが、少しずつ夢と現実のズレが大きくなってくる。苦しみながら、もがきながら…必死で自分の人生を生きようとする7人の10年間が描かれていく。

カナは事務所と契約したものの【無添加カナコ】というキャラクターでアイドル的に売り出され、音楽活動ができないことに葛藤する。高校時代、そしてインディーズで活動していた頃のキラキラした姿から、現実を思い知る度にどんどん荒んでいくカナを、真野恵理菜さんが見事な表現力で演じ切っていた。彼女自身アイドルから女優に転身しており、カナという役は自らの人生と少なからず重なっている部分もあったはずで、それがカナのキャラクターにしっかり投影されていたと思う。わたしは女優になってから彼女の活躍に注目するようになったが、今回のカナは最もはまり役だったのではと感じた。

カナと共に上京したキリは、カナのデビューに伴い大学を辞め、マネージャーとしてカナのサポートに徹する道を選ぶ。カナは自慢の友達。カナを支え、共に夢を目指すことが彼女自身の夢になっていく。

キリはこの作品のもうひとりの主人公といえる存在だった。そしてわたしは、7人の中でキリに最も共感した。自分にはカナのように、明確な夢も特別な才能もない。それでも自分にしかできないことは何か?を考えた時、それがカナを支えることだった。わたし自身もキリと同じように悩んだ時期がある。やりたいことはあるけど、わたしにはそれを実現させるだけのスペシャリティがない…じゃあ何ができるのか?と考えて、今の仕事を選んだ。やりたかった仕事に一番近いところで、わたしが得意なことを生かせる仕事。この仕事をやれていることを、今は感謝している。だからキリにも、将来そう思えるようになってほしいと願っていた。そこから酷い男に引っかかってしまった展開はとても痛々しくて見てるのが辛かったけど、拗れていた母との関係を少し取り戻したことで、キリ自身も前に進めるのでは…と思える結末だったのが救い。演じた清水くるみさん、感情を抑えて表情で見せる演技がとても上手くて引き込まれた。

そして卒業後、一番辛い道を選んでしまったタツオ。カナと再び音楽活動をすることを望みながら、受験に失敗し続けていつしか引きこもりの生活を送るようになってしまう。優秀な医者である父にも理解してもらえず、極限まで追い詰められた時、彼は自ら命を絶つという最悪の選択をしてしまった。

タツオを演じた森永悠希くんは、同世代の役者の中でも様々なキャラクターを演じられる実力派のバイプレイヤーだが、今回のタツオは特に素晴らしかった。元々笑顔の奥に感情を潜ませるのが上手いと思っていたが、仲間を見守る優しい笑顔、不安を隠したぎこちない笑顔、やり場のない負の感情を爆発させる表情、精神的に追い込まれて感情が欠落した表情……ひとつの作品の中で、ここまで振り幅のある役を演じられる役者はなかなかいない。これから彼がどんな役を演じるのか、とても楽しみになった。

そのタツオと共に地元に残り、建設会社で働いていたリョウ。結婚して父親になったことで大人への階段を昇った親友のコウタとは違って彼はなかなか大人になれず、いつか何かの形で成り上がってやるという野望を持ち続けていた。しかし間違った手段で高みを目指し、建築資材の窃盗がバレて会社をクビになると、東京へ行って今度は振り込め詐欺集団の一員となってしまう。

こうして見るとリョウはヤンキー崩れの成れの果てのように思えるが、元々は誰よりも熱くて仲間想い。思うような音楽活動ができないカナに対し、「いつかライヴハウスを買ってやる」と言って励ましたり、タツオの死から立ち直れずお酒に溺れるカナを本気で叱り飛ばしたり……いよいよ耐え切れなくなって自殺を図った時も、真っ先に駆けつけたのはリョウだった。高校時代と変わらず、仲間を大切に想い仲間のために動けるリョウは、きっと更生して一人前の大人になったはず――そんな希望が持てるラストになっていたのはよかった。リョウをただのクズではなく、魅力あるキャラクターにしたのは横浜流星くんの熱演あってこそ。「初めて恋をした日に読む話」で演じた由利匡平も彼の魅力が爆発していたけれど、リョウのような役も演じられる幅の広さは役者として強い。この先彼にはもっと人間臭い役や、ヒール的なポジションの役も演じてほしい。

また7人の中でいい意味で最も普通の人生を歩んでいたのがユウキ。東京の大学に進学し、キャンパスライフを楽しみ、就活で挫折を味わい、社会人になって仕事の厳しさを知る――彼なりに悩み苦しんだろうけど、ユウキのような経験をする人は実は一番多い。他の4人の人生があまりにもヘビーすぎるが故、たぶんユウキに自分の姿を重ねた人は多かっただろう。

そして一番早く家庭を持ったコウタとマリコは、順調に幸せな人生を歩んでいた。地元に残ってタツオの近くにいたのに、彼の自殺を止められなかったことへの後悔はあっただろうけど、コウタとマリコの存在はこの作品の中で唯一の希望となっていた。

こうして描かれた7人の10年間…何度も胸が抉られるような展開が続いたけれど、タツオの死を乗り越えて自分たちの人生を生き続ける6人が地元に戻り、揃って高校時代の通学路を歩くというラストシーンがとても印象的で救われた。ただ明るい未来を夢見ていた高校時代…そこから10年経ち、様々な経験をして変わってしまったこともたくさんあるけれど、同じ思い出を共有する仲間との絆はきっと変わらない。そこで流れるamazarashiの「たられば」という曲が、この作品の世界観にどんぴしゃにはまっていて、エンドロールで涙が止まらなくなった。

「もしも~だったなら」という、誰もが一度は考えたことがあるようなことが綴られた「たられば」の歌詞は、劇中でキリの母親役を演じた工藤夕貴さんの「人生に正解はない」という台詞とリンクして、ひとつひとつが胸に刺さってくる。一見順風満帆な人生を送っているように見えても、その人にとってそれが正解とは限らない。どんな選択をしてどう生きるか、そしてその人自身が幸せか…それが重要なんだと思う。

「青の帰り道」は世代の違うわたしにも刺さることが多く、あらゆることを考えさせられた作品だった。久しぶりに、何度も見返したくなるような青春群像劇に出会えたのがうれしい。パッケージ化の予定はなさそうだということは耳にしたけれど、何らかの形で手元に置けるようにしてほしい。そしてたくさんの人に観てもらえることを願っている。

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