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自由に生きるということ

「わたしにはもう、君みたいな無敵な時間はない。だけど、好きな色を選んで笑うのも、無茶な道を進んで泣くのも自由。全部自分のせいにできる年だ」(by春見順子)

「初めて恋をした日に読む話」最終話。
この3ヵ月、笑ったり泣いたり切なくなったりきゅんとしたり…生活に支障を来すレベルでわたしの心を大きく揺さぶってくれたはじこいが、いよいよフィナーレを迎えた。

第9話でとうとう匡平への特別な気持ちをはっきり自覚した順子。約束の18歳の誕生日に順子に気持ちを伝え、東大の一次試験も突破した匡平。あとはふたりが共に目指してきた東大合格を実現させ、夢と恋の両方を掴むのみ!……と思っていたのに、ラストで順子が事故に遭うというまさかの展開で迎えた最終話。匡平は順子の元に駆けつけたい気持ちを必死で抑え、自分と順子の夢を叶えるために東大受験に臨む。それが順子の望みのはずだと思っても、一つを選ぶということは他を捨てるということだという順子の教えも頭から消えず……仕事を優先して母の死に際に立ち会えなかった父と同じことを自分はしたのだと、自己嫌悪に陥ってしまう。山下くんに対し「そんな自分が嫌いになった」という匡平の思い詰めた表情……見ていてあまりにも悲しくなった。「君の選択は間違いじゃないよ」と伝えたくて仕方なかった。

順子は重傷を負ったものの無事目覚め、しばらくの間入院することに。目覚めた時、目の前にいたのは美和だったが、最初に口にしたのは「ゆりゆりは……?」という匡平を心配する言葉。それだけで、順子の気持ちが今どこに在るのかがわかる。しかし順子は、無事匡平が受験を終えたことを知ると自分からは連絡せず、「入院中暇だから、新たな趣味でも見つけようかな」と気持ちとは裏腹な行動をしてしまう。東大受験という過酷な環境に置かれた匡平が、気の迷いでたまたま近くにいた自分のことを好きになっただけ……そう無理やり言い聞かせているかのような順子を見ていると、さすがにもどかしくてもどかしくて……でもここで踏み出せないのが順子なんだよな、とも思ってしまうのが辛い。

こうして匡平への気持ちを封印しようとする順子だったが、ロシア転勤を前に任された大切なレセプションを放り出し、順子の元に駆けつけた雅志に対しては「雅志のこと好きだよ。でも恋とか結婚とかの好きじゃない」と自分の気持ちをきっぱり伝える。匡平を忘れるために雅志と結婚する……そんな選択を取らなかった順子はやはり誠実な人だ。でもそれはきっと、雅志・山下くん・匡平という3人の男性と真剣に向き合ったから。そして仕事にも真剣に取り組み、かつて「なりたかった自分」に近づこうと努力してきた時間があったから。「親の目もあるし、とりあえず結婚しなきゃ」と婚活に励んでいた頃の順子だったら、こんな選択はできなかったはず。匡平と出会ってからの約1年半で、順子は本来の“強くてまっすぐな自分”を取り戻し、大人の女性として更に大きく成長したのだ。

そんな順子への20年の片思いが実らなかった雅志……でも振られた後に雅志が順子にかけた言葉が素晴らしかった。
「よかった、初めて好きになったのが順子で。20年近くずーっと順子の近くで、笑ったり落ち込んだりできた。順子の言うときめきってやつ?し放題で超幸せだった。羨ましいだろ?」
雅志と順子はいとこ同士。パートナーにはなれなくても、家族のような関係は一生続く。順子を困らせないように、わだかまりが残らないように……でも自分は順子を好きになってこんなに幸せだったんだ、ということをありのままに伝える雅志は、本当に優しすぎて泣ける。山下くんと言い雅志と言い、引き際までかっこいい人がこんなにいるものか……しかもこのふたり、最終的には順子と匡平を結びつけるべく、背中を押している。改めて順子が羨ましくなると同時に、はじこいという作品の魅力を再認識した。

こうして最終回だというのに、頑なに順子と匡平が会わないまま時間が過ぎ……ようやくふたりが再会したのは東大の合格発表の日(なんと開始から30分後!)山王ゼミナールに生徒からの合否報告が続々と届く中、匡平からの連絡がなかなか来ない順子は、匡平と出会った頃に一緒に過ごした場所へ向かう。そこへ走ってきた匡平――「俺、東大に合格した!先生、ありがとう。春見がいなかったら、絶対あり得なかった。不可能だった」ふたりは最高の笑顔で喜びを分かち合う。そして「結婚なんかするな。しないでくれ」と懇願する匡平…しかしその直後、順子は匡平に対してさよならを告げる。雅志との結婚を否定せず、本当の気持ちを隠したまま……匡平の前から去っていった。

「東大にさえ受かれば、春見に気持ちを伝えられる。春見と並んで歩ける」その一心で多くの試練を乗り越えてきた匡平にとって、東大に合格した日にこんな結末が待っているとは思ってもいなかっただろう。しかし匡平自身も、「好きのその先はどうするの?」というエトミカの言葉に答えが出せずにいた。ここにきて改めて直面する16歳という年齢差ーー「18になって、合格して、これでやっと春見に近づけたと思ったら…どうしていいかわからなくなって…逆にめちゃくちゃ遠いってことがわかった」ふたりのもどかしい状況を知って渇を入れるべく電話をしてきた山下くんに対し、匡平が打ち明けた本心。でも雅志とは結婚しないことを知った匡平は、もう一度順子の元に走り出す。

「俺のこと好きか?はいかいいえで…はぐらかすな。嘘もつくな」匡平らしい直球の告白。まっすぐな瞳に見つめられて、順子は「……はい」とやっと本心を打ち明ける。でもそれに続くのは「でも付き合うことはできない」という残酷な言葉。年の差のこと、そしてこれからの匡平の人生のことを考えた時、「自分の人生がまだ見つからない人と生きていくには、わたし年取りすぎてる」というのが順子の結論だった。「好きなだけじゃ…ダメなのか?」若くて無敵な匡平はそう言うけれど、これまで恋らしい恋をしてこなかった34歳の順子にとって、万が一5年後10年後に振られたら…と考えただけで、とても耐えられる自信がない。その気持ちは痛いほどわかる。

「俺は今、人生で一番好きな人に出逢った。その人…春見をずっと好きで、ずっと一緒にいたいのに……ダメなんだね……この先ずっと、そう思って生きていかなきゃいけないんだ……」
好きなのに届かない、叶わない……その現実を突き付けられた匡平は、堪えきれず涙を流しながら順子を抱きしめる。「さよなら……春見先生」振り絞るようにそう言った匡平の表情が忘れられない。やっとお互いの気持ちを確かめ合えた、これでやっと幸せなふたりが見られる、そう思ったのに……ふたりで泣きながら別れるなんて、どれだけ試練を与えれば気が済むのかと呪いたくなったほどだ。

ハッピーエンドは間違いないと思っていたのに、ここまで来ると正直不安になってしまったが…ここからがはじこいの真骨頂だった。美和と西大井くんの婚約パーティーに集まった仲間たちを前に、明らかに元気がない順子は匡平との間に起こった出来事を語り始める。「まっとうな大人として、誠実にさよならできたと思う。嘘もついてない」そう言う順子に対し、「普通ですね。春見先生は普通の大人じゃないと思ってたんですけどね」という塾長。「好きになりたいじゃない。気づいたら好きだったんだろ」という山下くん。「そんなの順、30年に一度あるかないかだぞ」という雅志。美和、西大井くん、牧瀬、エトミカ、マイヤン、ゴリさん…みんなも順子を温かく見守る。誰もがふたりの幸せを願えるなんて、いい人だらけのはじこいにしかできない展開だ。大切な仲間に囲まれ、ようやく自分が間違っていたことに気づいた順子は、今度は自ら匡平の通う東大に乗り込む。

「ごめん。やっぱ間違えてた」そこから始まる久々の順子節。
「わたし、カラオケは小室ファミリーから昭和に遡るけどいいの?」「腰痛いし、傷痕なかなか治んないし、寝不足だと老けるけどいいの?」「卒業する頃、わたしアラフォーだよ?ユリゲラーとか知らないでしょ?」「っていうか、結婚するならひとつなるはやでお願いしたいんですけど」
最初は不思議な顔をしていた匡平も、ここまでくるとものすごくうれしそうな笑顔を見せた。それもそのはず…好きで好きでたまらなかった順子が、「結婚するならひとつなるはやで」なんて言ってるのだ。普通に考えたら、いきなりそれは重くない?と感じるだろうけど、匡平にとっては望んでいた未来がやっと現実になったのだから。

「確認だけど、ほんとに……ほんとにわたしでいいの?」そういう順子に、匡平はいつかと同じ言葉を伝える。「春見がいい。春見じゃなきゃダメだ……何回言わせんだよ」ふたりがしっかり気持ちを確かめ合い、初めてキスをしたのはなんと東大の講義室。しかも周りには学生たちがいる!ややお騒がせカップル感が否めなかったけれど、それでもふたりが最後の最後で結ばれて、思いっきり幸せな気持ちになった。ふたりが仲良く肩を並べて歩いて行けるように…そう心から願うばかりだ。

はじこいは、幅広い世代の人の胸に刺さる作品だった。それは単なる恋愛ドラマでなく、受験ドラマでもなく、お仕事ドラマでもない…自分の人生を自分らしく歩んでいくために必要なことを、たくさん教えてもらえる作品だったから。大人になると、自分次第で自由に生きることができるようになる。その分、成功も失敗も自分のせい。自分の人生を背負って生きるのは、しんどくもあり楽しくもある。はじこいを見て、改めて自分の生き方を考えることが増えた気がする。こんなにも素敵な作品に出逢えたこと、そしてこの作品を世に生み出してくれたキャストとスタッフのみなさんに感謝したい。
本音を言うと、ようやく恋人同士になれた順子とゆりゆりをもっと見たかった。いつかスペシャルドラマくらいで復活してくれればいいなぁ……と、少しだけ期待しておこう。

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