新聞記者

「正義とは何か?」攻め続ける松坂桃李が覚悟を持って示してくれたこと

若い世代の「政治離れ」が顕著となって久しい日本では、「政治」をテーマにした映画が作られることは少ない。そんな中、現在進行形の日本政府やその周辺で起きたいくつかの事件を想起させるエピソードが盛り込まれた映画「新聞記者」が全国公開された。

わたしも政治に疎い世代だが、現政権で起きたことであればリアルタイムで見ているし、記憶もある。「新聞記者」のモチーフになったであろう女性フリージャーナリストの事件や新設校建設計画に伴う問題については、連日ニュースなどで目にしていた。だからそれからそう年月の経っていない、しかも政権すら変わっていない今、このタイミングでこんな映画が公開されたことにまず驚かされた。

しかもその主演を担うのが、韓国の実力派女優シム・ウンギョンと、デビュー10年にして数々の作品で幅広い役を演じ、近年最も評価の高まっている松坂桃李。メジャーで活躍するビックネームのふたりが、ある意味「タブー」とも言える作品に出演するとは……二重の驚きである。その上監督は、ここ最近活躍が光っている弱冠32歳の藤井道人監督。だからこそ、この作品は何かとんでもないことを仕掛けてくるのではと期待が高まった。

物語は東都新聞に匿名で送られた、医療系大学新設計画に関する極秘情報から始まる。記者としてその情報に興味を抱いた吉岡は、真相を突き止めるべく調査を開始。

一方、外務省から内閣府の内閣情報調査室(内調)に出向している杉原は、現政権を維持するには不都合な事実を隠すべく、メディアをコントロールするという任務に就いていた。官僚として国と国民を守る仕事をするという信念と、今の任務の目的との間に大きな乖離が生まれ、苦悩する日々。そんな時、尊敬していたかつての上司・神崎が自殺を図り、それに内調が絡んでいることを知る。

新聞記者と官僚――本来なら相対する立場のふたりが、「真実を知りたい」という同じ想いを胸に、国家権力に立ち向かっていく。

最初から最後のワンカットまで、ただただスクリーンに釘付けになった113分間だった。そしてすべてを観終わった後、この作品はフィクションだと分かっているのに、自分の生きるリアルな世界との境界線がなくなったような気がして、ものすごく怖くなった。自分が見ているものは、実はほとんどが誰かの手によって作られたものなのではないか…真実なんて、いくらでも意図的に捻じ曲げられてしまうんじゃないか…そんなことが頭を巡り、背筋が凍った。

この”フィクション”にリアリティを持たせたのは、役者たちの熱演と演出が見事に噛み合っていたことが大きい。

日本人と韓国人のハーフでアメリカ育ちという吉岡は、自分の意志をはっきりと表明できる強い女性だ。その強さの裏には、ジャーナリストだった父が誤報を打って追い込まれて自殺したという過去がある。尊敬していた父の死を目の前にして彼女が嗚咽するシーンはとても胸に迫るものがあり、引き込まれた。悲しみの裏に何か強い決意を秘めた眼差し――このシーンだけでなく、全編を通して彼女の表情から目が離せなかった。

シム・ウンギョンさん、とても魅力的な女優だ。角川シネマ有楽町でのトークイベントで、藤井監督も彼女の涙の演技について絶賛していた。「このシーンにこんなアプローチで来るのか」と驚いたという。今後も注目していきたい女優のひとりになった。

そして官僚としての矜持を胸に、信念を貫き通そうと奮闘する杉原を演じた松坂桃李くん。杉原は尊敬していた神崎の死や、その裏で蠢いていた大学新設計画の真相を追求し、正義を貫こうする。たとえ自分の属する組織と敵対することになったとしても…そのことで、様々な妨害を受けたとしても…そんな強い意志を感じさせる凛とした表情が素晴らしかった。

しかし杉原には、妻と生まれたばかりの子供という守るべき大切な家族がいた。子供を腕に抱きながら、自分のやろうとしていることが果たして正しいことなのか…苦悩して涙を流すシーンや、ふたりに危害が及びかねない状況に追い詰められた時、彼の揺らぐ心情を映し出したシーンの表情にも惹きつけられた。そして何といってもラストシーンのあの表情、見事に心を鷲づかみにされた。

緊張感のあるシーンが続き、目まぐるしく心情が変わる杉原という役を、ここまで上手く表現できたのは松坂桃李という役者の力をもってこそ。彼はここ数年、あらゆるタイプの役にどん欲に挑戦して攻め続けているという印象が強かったが、それらの経験がこの杉原という役に生かされていた。そして杉原を演じきったことで、またひとつ役者としてのステップを翔け上がったと感じる。

彼の演技を最初に見たのはドラマ「GOLD」で、それ以降もまじめな優等生、王道のヒーローポジション役を演じている印象が強かったけれど、その印象が変わり始めたのが「劇場版 MOZU」で演じた殺し屋役を観てから。こんな振り切った役もできるのか…と驚いたが、その後も彼はあらゆる役に挑戦し続けた。個人的に印象に残っているのは「彼女がその名を知らない鳥たち」「娼年」「孤狼の血」といった作品だが、彼の作品選びには常に挑戦したいという意思が垣間見え、迷いが感じられない。その彼をもってしても、この「新聞記者」という作品への出演はもしかしたら迷ったかもしれない。しかし彼が出演したことで、確実にこの映画がより多くの人に届く結果に繋がった。彼の役者としての覚悟の大きさが感じられ、松坂桃李という役者の未来がますます楽しみになった。

その他の脇を固めるキャストの熱演も光った。特に常に杉原の前に立ちはだかった上司の多田役を演じた田中哲司さん。杉原が何か仕掛けようとすると、事あるごとに家族の存在をちらつかせ、杉原に大きなプレッシャーを与える。多田の恐ろしいまでの存在感……本当に怖かった。おめでたい出産祝いを渡すシーンであんなに恐怖を感じたのは初めてだ。そして何よりも杉原と対峙するラストシーンで放った衝撃の一言。

「この国の民主主義は、形だけでいいんだ」

このセリフを盛り込んだことで、この作品が世に示したかったことが分かった気がする。ノンフィクションかと思わせるような内容や観客に判断を委ねた結末、公開時期など、賛否両論あることも理解できる。しかし少なくともこの作品を観て、自分の国で行われている政治について知らなければ、参加しなければと考えた人が増えたことは間違いないはずで、そういう行動に向かわせるきっかけを作ったという意味でこの映画の存在意義は大きいと思う。わたしもその一人だ。

「新聞記者」を世に送り出してくれたキャスト、スタッフ、関係者のみなさんに感謝。この作品のように、何かを考えるきっかけとなるような意義深い映画が日本でも生み出されていくことを願いたい。

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