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翼の構造

栄養を包み風を待つ。

綿毛をひとつ捕まえて透明のベッドに寝かしつける。光を灯し影を見つめる。あたたかいランプの中で微睡む自然の形。

構成する気力もなく、ただ覚えているのは花が咲くかなと種子のまわりに水を差し入れたこと。生業と人間、二つの異なる無意識が並んで走り、奇妙でちぐはぐな行動を起こすものの、芸術はまっとうな芸術家不在でも姿を現し、うつくしいと声をかけた瞬間かたわらにいっとき腰掛けてほほえむ。

遠泳、心身の揺らぎに日々こんなにも向き合って泳ぐ日々があっただろうか。私だけではないようだ。ライフセーバーから投げ込まれる浮き輪のように、命を繋ぎとめる生まれたての美しさに手を引かれてきた。リチャード・セラが伴侶となる板金に出会う中で、出会うべく、その他全ての技法と別れを告げた儀式的とも思える試作作業、過去作の絵画を全燃すること。今の状況と似ている。武装を一つ一つ水底に落としていったならば浮かぶだけ。創造を望む者だけではない、溺れてしまいそうな誰しもにそういった無形の助け舟が投げ入れられることを願う。


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人が感じうる色んな感情をじっくり観察する時期、定住しながら旅をする。意識の針が過去か未来へ大きく振れるとき、鼻腔を通る空気に集中を戻し、必要に応じた心象風景の比喩を選び取って秤を自分のものにする、ように心掛けてもなかなか理由の見当たらない落胆、喉元に隠した鉛は臓器の柔軟性を貫いて重力に屈し、垂れ下がる天秤の形をした両碗。

太陽が傾きを変えるごとにあらゆる記憶に影を落とし、しかし夜が来たならばとランプを灯して意識を入れ替え、私自身に刀を入れて彫刻してゆくように新しいアクティビティを身体に刻み込ませる。日々段々と変形し、数ヶ月前の表層を失ってゆくのも良い。学問や技術の研究はこの時期捗る。持ち出す必要のない機材と連続した空白の良いところ。

反面、ライブという実践を欠いた学びは、鳥にどうやって飛ぶのかを詰めて質問を繰り返すような、綿毛に数式を教えるような、気泡の形に説明を求めるようなもので、それぞれにそんな質問が届かないことは自然のデザインの素晴らしさだと確信する。翼の構造を確かめようと解剖しないで。どう飛ぶのかなんて聞かないで。力学を再現させようとしないで。ひとの祈りの所作を品定めしないで。耳を切り落とした人よ、耐えがたい自問自答は出口を失い頭蓋骨を壁打ちをしたのではないか?先人に倣い、私は言葉を捨ててしまいたい。「わかりません」以外の全ての言葉を。

疲れている。極端な想像を想像だけにして、オンライン学習のテストに戻る。人間は人間らしく飛ぶ。歴史上大きな発展や、人の大移動の度に何事かが起きてしまうように、人間らしい奇怪な成長を望むならば心身に当たり前に内蔵されている自爆スイッチだって認識しないと。


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ライブのある日には、憂鬱を全部置き去りにして全速力で駆け抜けることができる。爽快なんだ。毎秒あらゆる関係性を肯定しながら、でも勇気を持って暗闇を切り拓いて進む赤色や青色の鮮明さ。遠くから呼ぶ声は風になって心を吹き抜けてゆく。気持ちいい。美しい。キリリとした空気に轟く様々な周波数、共振する身体の部位をいつも的確に探し当てる。産毛がざわめく。配管を真っ二つに切ってスプラッシュするアドレナリン。真っ白に心が泡立って、瞳が潤って、大気染まりゆく色彩を、手の上で優しくふるえる水の綺麗さを、人間としての視野を持てたことを祝福して、命を燃やせ、しばらくはと今を延命する。フォーカスの迷いが産んだ光輪はコントロールを離れて両手から無邪気に溢れて遊び、画家のものではなくなる。「どこへいくの」とその背中に声をかけそうになってやめる。遠くで美しさと鑑賞者が、2人で私の知らない話をしている。その喜びは切なさと絡み合って、幸せで胸が苦しい。まだ心がこんなにも動く。情熱的に期待している。その時間がまた来ることを。

自粛の期間には、応援のメッセージや、支援がいつもより届くようになった。美しいです、ずっと続けてくださいという文章に、私もそう思う、好きだからずっと続けますと返す。この一言をあらゆる問いへの返答として、エントランスに張り紙。開店準備に戻ろう。


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