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デリバリー明晰夢


瞬きとともに瞼に焼き付いて絵が現れる時があり、しかしだいたい何のメディウムなのかわからない。頭の中の何を支持体として、何を色材として、一瞬のイメージが形作られるのか。その二つがどう構成されているのかわかったならば、明晰夢へのライブペイントもできそうだ。まずは観客を夢と現の狭間に連れていって、脳の状態を・・・と空想していたら、そういえば数百年も前から能楽が実現していたことだった。板を踏み鳴らす音が鼓膜にとどく頃には、すっかり夢幻に迷い込んでいる。

物理法則という堅牢な地盤を優しく静かに夢に溶かす。

マーブリング職人、両手で抱えるくらい大きな琺瑯製の頭蓋にとろりと「今日あった出来事」をそそぎ込み、ゆっくりとかき混ぜて。櫛でスッと水面を掻けば猫や机や電車は等しく二次元上の色面として名前を失った模様。そうしてできたマーブル状のメディウムは液体の性質から解放され、何を拠り所として眼の中に浮かぶのか。作業机は頭の中を表すなんていうけれど、内の混沌が外に繰り広げられ、ハッとして目が醒めたのは画の中の画のようだ。あたらしい秩序はどんなものか?作者の腕前が試される。そうそうこれもフィールドリサーチだからと言って、今日も眠たいまま眠りに落ちる。


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作品が作家の人生を先駆けて未来に道を作ってしまうことがある。後から真実だと裏付けてゆくように、自分でうたった詞になぞられてゆく身体。他の仕事とは異なった深さにおいて、ある絵を描かないといけない。この人生でその一作品が作れたら、と思ううちにゆるやかに手を動かして、いくつかのフラグメントがハードディスクに眠っている。まだ完成は見えないけれど、そういうものを見つけた人はいつかはかたち作る役割があるように思う。

以来ソロパフォーマンスや、ひとりの制作というのは自身の秒針を進めることのように感じられて、歩みが進むことの喜びと寂しさと、インク一滴の重さを賭けるに値する機会なのかと浮かぶ問いの重さと裏腹に、誰にでもできる返事をする。自身で進める時間を追い越して夏が来る。誕生日にいくつですか、若いですね、などの100cm定規をあてがわれるような、1目盛り1秒進む時計で命をカウントされるかのようなコメントに、ふとfeetやyardの存在を思い出し、再び空想を転がしてゆく。


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咽せる夏、幸いいっとき意識を奪われた。取り組んでいるお菓子のパッケージデザインは、流れるべき血のありかがはっきりとしているからか、とてもすっきりと絵を描くことができる。日中は筆をとることができないくらいに暑く、市場調査を口実にデパートのお菓子売り場へ出かける。漠然とした陰が払われたシンプルな時間に気が休まる。物や体が、精神のみ先走ることを戒める錨となって、私にコミッションワークをさせる。なにかいろいろな物の成り立ちを見せられているような気分だ。


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眼に飛び込んでくるのは、まるでその水菓子を手に取ることによってひんやりとした河の水を掬うことができそうな夏季限定パッケージ、黄色い包みに緑のリボンが二枚の葉っぱのようでかわいい柚子の和菓子、中身が見えない贈答用のお菓子だからこそ、味わう前にパッケージが先取りして感触を発信し、その先にある甘さへと手を伸ばさせる。こういう風にお菓子売り場のトータルコーディネートを見たことはなかった。隙がなく完璧で、花がさらに着飾る社交会、蜂を取り合う。それにしても美術館やギャラリーとはまた異なる五感の博覧会が楽しい。

コンビニやスーパーはさらに激戦区で、情報量が多いのに、あるイメージがストライクで伝わってきて凄い。アートワークを作る身としてコンビニに立つと、今までなんとなく享受してきた製品のクオリティーの高さに唸ってしまう。ミュージックビデオやテレビコマーシャル、PRのためのものづくりにチームで参加するのは良い息抜きになる。自分で時間を動かしてゆくソロパフォーマンスとは異なって、1秒に1目盛り進む秒針にしっかりついていくことも拍子の勉強になるもので、トッポやパイの実を現代の工芸品を見るかのように四面くるりと回転させながら、1つ1つカゴへ入れてゆく。果汁をそのまま絵の具にして色とりどりドロップしたようなポップなアイスクリームはそのままリキッドイメージの先輩だ。写真とロゴに艶々のコーティングがされて、紙なのにチョコレートのテンパリングのようにも感じられる。プロの気配を悟られぬまま、安く、多くの人へ、膨大なエネルギーがコアラの一匹に詰まっている。


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秋の芸術祭では延期延期であったが、いよいよソロパフォーマンスがあって重い秒針が動く。その前に、深みにワンクッションを置くように文芸誌の挿絵の仕事がある。まだ書き上がっていない原稿に寄り添わせる絵。未来に文が待ち構えていることに恐ろしさを感じる気持ちは、過去につくられた歌詞になぞられる身体を想わせて、かたちづくられたときに納得してしまわないよう、逃げ道を作って読者の中に暗号を注ぐ。

ケーキにフォークを沈ませるように、濃度の違う仕事の階層を縦に貫く。現と現が互いに染み込む部分がなんとも新食感。お菓子のパッケージ、文芸誌、パフォーマンス、それぞれが現の中いっときの夢を見せてくれますように。


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