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【舞浜戦記第2章】「選ばれた男2」、岩の上に立つ:スプラッシュ・マウンテン048



辞めるか、辞めないか。
僕は悩んでいた。

日頃の不満はいつまでも消えることがなく、僕を悩ませ続けていた。
僕はいつまでたっても成長しない、その他大勢の一人だった。

1994年。
リード達は、また新たなトレーナーを誕生させた。

またか。

ベテランが退職し、さらに2人のトレーナーが選ばれた。もちろん僕ではない。

一人はオープニングキャストで経験3年目の人。二人目は、他のアトラクションから異動してきた人だ。異動して2年目くらい。
彼らはもちろん、いいキャストだ。性格も人付き合いも悪くない。そして責任者達から信頼もされている。

しかし、尊敬できるキャストかと言えば、ちょっと違うと言わざるをえない。尊敬されるより、仲良しタイプとでも言うのだろうか。

一つ言えること。
少なくとも、僕自身は完全に「対象外」だった。トレーナーなんてもはやどうでもいい。自分には関係のない話だ。

それより、同じ専業のキャスト同士で楽しくやっている方がずっと面白い。
仕事は単調だけど、割り切ってやっていれば苦痛ではない。ほどほどに大小様々な事件も起きる。

毎日ではないものの、ほどよく騒ぎが起きるのが大型アトラクションの面白い点だ。
これが小さなアトラクションだとさらに単調さが際立って、耐えられないほど退屈になる。

あまり深いことを考えずに、日々の勤務に集中し、てきぱきと作業をこなす代わり映えのない毎日を送る。
それも、悪くない。

どうせここにいても評価はされないだろう。いつまでもダラダラと続けていても意味がない。たかがバイト。まともな仕事は世の中にたくさんある。

でも、まあ待て。
その一方で、当時の僕はこんな考えも持っていた。

ここで評価されないなら、他のどんな職場へ行っても同じ状況になるのではないだろうか。その時、また同じように悩むのか?

ここで解決できないような問題なら、他の職業についたらなおさら難しいのではないか。どこに行ってもきっと、同じ問題で躓くだろう。
そうと分かっていて、去るのか?

それじゃ、問題解決から逃げてるのと同じだ。

念願の年越しパレード勤務は、予想外につまらなかった


そして……
僕にはまだ、心残りがあった。

それは、思い出深い年末年始のカウントダウンの勤務だ。
もう一回やりたい。あの感動を味わいたい。


責任者達に聞いてみると、当面はカウントダウンの勤務は行かせてもらえないとのこと。
今年の年末も、自アトラクションが多忙なので、外へ人を出すわけには行かない。スプラッシュのキャストが行けるようになるには、あと数年かかるだろう、と。
自分が勤務できる可能性は限りなくゼロになった。

……と、思っていたのに。
なんと、翌年くらいに、それが叶ってしまった。

年末。

望み通りになったのだから、大満足だろうって?

それが……

全然面白くなかった。
正直に言うと、「物足りなかった」のだ。

こんなはずじゃない。
そう思いながら、僕は年越しを、念願のカウントダウンパレード勤務で迎え、煌びやかなフロートが通過するのを、黙って見ていた。

もちろん、カウントダウンパレード自体は素晴らしく、そのクオリティは最高だし、派手に花火も打ち上がり、ゲスト達は大満足だっただろう。

しかし。
勤務上で、自分が頑張った充実感は、まるでなかった。

今回のポジションは、パレードルートに張り付いて、見守るだけの比較的楽な役割だったのもある。

率直に言うと、僕はただ、そこにいただけだ。


新年を迎えて、パレードも終わった。

こんなにつまらない仕事だったっけ?
虚しさを感じていた。

パレードリードからの指示に従い、最後のフロートについて動き出すゲストへ案内をしていた。

パレードが通過していくと、それまでルートに沿ってシートを敷いて座っていた人々が、片付けを始め、荷物を持って移動を始める。

ゲスト達は、思い思いの方向へ向かおうと動き出す。
中には、素晴らしい新年の幕開けをなごり惜しむように、パレードの最後尾を追いかけていく人もいる。

ほとんどの来園者が見物するカウントダウンパレードが終了したが、開放された人々の流れを自然に任せるのは危険だ。
僕らには、混雑を分散させる任務が残っていた。

僕らは指示された位置にしばらく留まり、周辺の混雑が落ち着くまでは通行規制をかける。パレードの最後尾はウエスタンランドを抜けたが、まだまだ危険なくらい混雑していた。

僕の配置ポジションは、クリッターカントリー付近である。
しばらくの間、周辺の人の流れを見守り続けることになった。

大勢の人でごった返す周辺を観察していると、
視界の隅で、男が岩の上に立っているのに気づいた。

岩。

クリッターカントリーの入口付近に飛び出た、あの「岩」だ。

僕はその男が、キャストであることに気づいた。
しかもスプラッシュの。

ヨシ君だ。


選ばれた男2はリード達のお気に入りだった

話を戻す。

リードにはそれぞれ、お気に入りのキャストがいるものだ。

責任者が待望する新人とはどんな人材か。

素直で仕事ができて愛想が良くて、頭の回転が早い。勤怠も優秀で、遅刻欠勤もゼロ。

それらのほぼ全てを備えた学生が、93年の春に何人か入ってきた。
リード達は大歓迎だったろう。

ヨシ君は、それら全ての条件を備えていた。
体も大柄で目立つので、どこにいても分かる。

学生の彼は基本土日だけの勤務だったが、たまに学校が休みの日は平日も勤務に入ったりして、メキメキ腕を上げていった。

やがて、彼はリード達から絶大な信頼を得て、外浮き専門キャストになった。
自然と彼は、勤務のほとんどを屋外で担当するようになっていた。

彼がごくたまに、屋内のポジションを担当することがあった。珍しく館内のポジションにいると、

「珍しいね」と声をかける。
「3ヶ月ぶりですよ、中は」
とニコニコした顔で答えるヨシ君。

僕は、カモさんには羨望を感じていたが、ヨシ君に対しては、自分には関係ないなと他人事に考えていた。

それは彼の親しみやすさもあるだろう。とても素直な性格の彼は、誰からも好かれるタイプである。

ヨシ君は、先輩からも同期からも、そして後輩ができると彼らからも信頼される人になっていった。

簡単に言うと、張り合う基準が違うので対抗しようもない存在だった。
土日キャストという立場も僕とは違う。

彼を最も気に入っていたリードはJBさんだ。当然ながら、JBさんが担当リードの時は100%ヨシ君が外浮きになる。


カウントダウンパレード入れ込み作戦会議


その年の、年末を迎える数日前。

キャスト達が集まるタワールームで、何やらJBさんとヨシ君が話し合っていた。
机の上には資料を置いて、年末年始の勤務について話している。

なんだか楽しそうだ。
僕はただその場にいただけなので、何となく話を聞いていた。

「スキー無線を使う。100メートルくらい離れても交信できる。お前に1台渡しておくから」
「はい」

その場でJBさんは、用意した2台のスキー無線を見せる。
プラスチック製の無線機はカラフルで、小さい。

「俺が上の方から指示を出す」
「自分はクリッター入口ですね」
「岩の上に乗れ。そこなら遠くからでも見える」
「いいんですか!」
「目立つだろ」
「了解です!(笑)」

普段僕らキャストは、ゲストが岩の上に登ったりしているのを目撃したら、即座に降りてもらうようお願いする。これは大原則だ。

しかしパレード直後の大混乱の最中は、誰も見ていない。気にしてすら、いないだろう。

2人とも、めっちゃ楽しそうだ。

そして資料をくびったけで覗き込みながら、2人は打ち合わせを続けた。

資料は年末年始のカウントダウンパレードの直後の、入場手順を表したものだった。

当時は、年越しの前後も、アトラクションは運営を続けていた。
当然スプラッシュ・マウンテンも運営継続だ。

大晦日〜元旦の特別営業時間帯は、専用の特別パスポートを抽選購入した方だけが入れる時間だ。
それが、「カウントダウン・パーティー」と呼ばれる、年に一度だけのイベントだった。

その最大の見せものが、カウントダウンパレードである。
となれば、それを目当てに来園する方ばかりであり、必ず見物する、と思うだろう。でも当時はそれほどパレードの人気は過熱していなかったので、年越しの瞬間にパレードを見ずに、アトラクションに乗りに来る人もけっこういた。

90年代前半の頃は、年越しだというのに、そこそこのゲストがアトラクションに乗りに来ていたものだ。

と言っても、やはりパレードには人が大勢集まる。
たった一回の特別なパレードであり、パレードルートの付近は混乱を極めていた。
自然とパレード中は待ち時間が減り、パレードが終わると人が戻ってくる。
特に終了直後は、一気に人が押し寄せるので、通常運営で切り抜けるのは困難だ。

パレード後の入場整理と列のコントロールには、かなり気を遣う。
人員を増やし、長蛇の列ができることを前提に、どうコントロールするかを事前に打ち合わせる。

その、入れ込み作戦を、2人は検討していたのだ。
そして、その年の主役はヨシ君だった。

あの時の、か…。

ヨシ君は「岩」の上に立ち、手に持ったスキー無線を使って何か話していた。
そして大きな声で(彼は声もデカい)スピールしながら、スプラッシュの入口は坂道を上がった方向です、と告知し続けていた。

それを、パレードの最後尾につきながら、ウエスタンランド方面へゆっくり進みつつ、僕は眺めていた。

それが僕にとって、次の興奮すべきイベントであることに、ようやく気づいたのだ。

こんな退屈な場所に、こんな面白い出来事が起こりうるのか、と驚くことになると、ようやく気づいたのだ。

これは……
めちゃくちゃ面白いことを、彼らはやっていたんじゃないか?

その予感は見事に的中していた。
真ん中も真ん中、最高のド真ん中だ。

その後、僕はこの「年一のイベント」に、病みつきになってしまうのだ。

それ以来、僕はカウントダウン勤務に対する情熱を、完全に失ってしまった。それくらい強烈な体験が、起ころうとしていた。

それはまさに、熱狂そのものだった。





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