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【舞浜戦記第2章】全ての手順には理由がある:スプラッシュ・マウンテン047


スプラッシュ・マウンテンにいた頃の、ごく初期の日々。
勤務を重ねて1年くらい過ぎた頃だろうか。

どんな貴重な体験をしていても、毎日同じ作業を繰り返していれば、遅かれ早かれ「飽き」てくるのは正直、否定しようがない事実だ。
元々、いつまでやろうと決めて入って来たわけじゃないし、僕自身もいつまで続けられるかは気分次第だ、と軽い気持ちで続けていた。

一緒に入ったキャスト仲間たちは少しずつ去っていき、それぞれ自分の新しい進路に向けて旅立っていった。
じゃあ、自分は?

一つ確かなことは、まだその時ではない、という漠然とした思いを抱えながら日々を送っていた。

今日もローテーションを回る毎日だ。
飽き飽きした仕事が、今日も始まる。

今だから正直に言うと、僕は日々の勤務をうんざりした気分でこなしていた。毎日同じ場所で同じ動作を繰り返す時間が続き、一定の時間が過ぎるとポジションを変わる。
それを繰り返し、また繰り返し、そして、ようやく1日が終わる。
なんだか退屈だ。

パークを訪れるゲストは喜び、はしゃぎ、楽しんでいる。

しかし僕らはいつもここにいて、いつも仕事をしているから、そんな高揚した気分はほとんどない。
変化がない日々は、やはり退屈にならざるを得ない。

これって、いつまで続くのかな?
辞めるまで、続くのだろうな。

そして、また次の一日が始まる。

そろそろ、限界かもしれないな。
僕は、何となくこの仕事を辞めた先のことを考えていた。

静かな館内で始まる立ち上げ作業と、システムトラブル

この日のシフトは朝6時半から勤務開始だ。

僕は舞浜駅で電車を降りると、出勤ルートをたどる。この時代は、駅の改札を抜けると、ランドの正面入口へ向かう歩道を進み、途中で脇に降りる階段があって、そこから従業員用の入口へ進む。

さすがにこの時間帯に出勤するキャストは少ない。

コスチュームに着替えて、作業中の人をちらほら見かけるだけのパーク内を、てくてく歩いて向かう。

ウエスタンランドに入ると、正面にスプラッシュの山が見えてくる。
クリッターカントリーへ入り、坂を上がり、滝つぼの前を通り過ぎる。
滝から流れ落ちる水はなく、池も静まり返っている。ボートもない、機械装置は停止したまま、滝つぼのミストも止まっている。

僕ら早出のキャストは、タワーという部屋に集合する。
タワーは、アトラクションの監視を行う場所で、いわば管制室だ。

僕ら、リセット組のキャストが別々に、あるいは一緒にやってくる。
3名が揃った。
勤務開始。

これから行うのは、リセットだ。

リセットというのは、アトラクションの立ち上げ作業のこと。
ライド系アトラクションの多くは、乗り物が進む場所の各所に、動作する機器がある。乗り物自体に動力があるわけではなく、その場所に存在する機器が、持ち上げたり落としたり止めたりする。
その制動装置が、きちんと動くかの確認をする必要がある。

スプラッシュには、立ち上げる機器が乗り場・降り場も含めて全部で11箇所ある。順番にその場へキャストが向かい、安全確認を行い、手動でボタンを押して、個別に機器が動作するのを確認していくのだ。

僕ら3人は、じゃんけんで自分が向かうルートを決めた。
「やった、4ドロ行きまーす!」
「うーん、アン2シャ」
「負けた……スト3」
希望のルート名を告げて、決まる。
そしてみんなが鍵を持って、タワーを出ていった。

僕は降り場のコンソールにつき、館内放送が自分を呼び出すのを待つ。
脇の水路を、水が流れている。

ボートはそこには止まっていないが、降り場の先の方に、3台ほど見えている。降り場の手前で引っかかっている状態だ。

館内は、静かだった。
音楽は鳴っていないし、照明は作業用のライトがついていて、運営中より明るい。
水が勢いよく流れる音だけが、聞こえている。

しばし、待機する。
すぐ脇を、メンテさんや掃除担当のキャスト達が軽く挨拶して、通り過ぎていく。まだ朝6時半を過ぎたばかりなのに、何人もが動き回っていた。

自分の番が来て、降り場の機器を動かす。
コンベアと地下に設置されたモーターが回転を始め、うなりを上げる。すると、奥の方で止まっていたボートが動き出す。
ボートの船底が少し持ち上がり、ギュギュギュとこすれる音が鳴って、コンベア上に乗り、こちらへ向かって、のんびりと近づいてくる。

スムーズに進み、手前の定位置にピタリと停止する。
これで、僕のここでの作業は完了。
続いて、次の場所へ向かう。出口通路をダッシュで走って出ていく。

実のところ、別に走る必要はない。
が、僕がこれから向かう次の場所は離れていて、到着するのに時間がかかる。歩いて次の場所へ向かうと、着いた頃には一つ前の場所のリセットが完了しており、自分待ちの状態になる。

だから、意地でも早めに現場へ到着し、自分が「待つ」側になるよう、走るのだ。
必要はないが暗黙のルールで、誰とはなしに、自然と急ぐ習慣になっていた。

次の場所へたどり着き、待機する。
まだ前の作業が終わっていないようだ。よし。
待機する。
水路の脇のうさぎどん、きつねどん、くまどんは、沈黙して静止したままだ。

しかし、1分たっても、2分たっても、館内放送が来ない。
……おかしいな。

待つ。
リセットコンソールパネルを開けたまま、ボタンの様子を見る。何も変化なし。ボート上からは見えない位置の、巨木の幹の裏側にコンソールパネルは設置されている。

ふと、あることに気づき。
タワーで見ているモニタカメラが映す位置へ、僕は立ってみる。

もうこっちはたどり着いて、この場で待ってますよ。
そう、アピールしてみる。

水路脇に立っていれば、本来の作業開始の状態とは違うが、自分が現場に来ていることは知らせることができる。もし、自分が到着していないと思われて作業が止まっているとしたら困るので。

放送が始まる際のノイズが鳴った。

『館内で作業中のスプラッシュ・マウンテンキャストへお知らせします。指示があるまでその場で待機して下さい』

何かあったかな。
とりあえず、僕が到着していないと思われたわけではないようだ。
安心して、コンソールパネルの場所へ戻り、待機する。

じっと待っていると、パネル内の、点灯していたメンテナンス用のボタンが、消灯した。

消えた……。
システムトラブルが起きたようだ。

『メインショー内のスプラッシュ・マウンテンキャストはただちにタワーへお戻り下さい』
リードの声が鳴る。

今日は、トラブルから始まる一日のようだ。


結局、開園時間までにトラブルは解消できなかった。

パーク開園前にトラブルが発生するのは、たまにある。
機械装置のことだから、こればかりはしょうがない。

朝から「スプラッシュ・マウンテンはやってませーん」とゲストに伝えるのは、正直面白くない。

みんな、若干暗いムードで一日が始まった。

退屈と待機と、仲間がまた一人、去っていく


その日、僕は降り場のポジションから始まった。

重大なトラブルで長時間運営できない時は別として、僕らは自分のポジションで待機する。動かないボートを横目に、ひたすらトラブルの解消を待つしかない。
こんな時は、退屈の極みだ。

退屈は、危険な兆候だ。よからぬことを考えてしまう。

こんな時、自分が外にいたらどうするだろう。キャスト配置を考えるか。次の展開を考えて、何をするか。

今頃、屋外のキャスト達は、朝一でやってくるゲストへ告知を始めているはずだ。
少なくともゲスト対応がある外にいれば、何かしらできる。

でも館内で、ゲストが一人もいないこの場所で、何をしろというのか。
自分はただ、ボーッと待っているだけだ。

いや。そんなことを考えても無駄だ。
館内で待機するしかない。

降り場のキャストの一人が言った。
「……私、そろそろ辞めようかなって思ってて」

「え、マジで?」
僕は少し驚いた。

彼女はとても優秀な人だっただけに、意外だった。
「もういい加減、ディズニーはいいかな、ってね」
「就職するの?」
「たぶん」
そう言ったきり、彼女は黙った。

そうか。
また仲間が、去っていく。

自分は?
答えは、出ない。

誰かが去るたびに、考えることだった。
自分も、いつかは。

それは案外そう遠くないのかもしれない。
こんな状態じゃ、やっていても面白みもないし。

この日はそれほど深刻なトラブルではなかったようで、一時間ほどもすれば運営できそうだとの情報が入ってきた。

ホッとして、その時を待った。
やっぱり、退屈は敵だ。

そろそろ再開できそうだな、という時。
僕は乗り場のポジションに移動していた。

ほどなく、リードからの連絡が来た。
これからリセットを開始するので、4人来てと。
乗り場の、僕を含めた4名がタワーに集まり、作業の開始を宣言する。

再び朝の作業のやり直しだ。

また僕は、降り場から始まるルートを担当した。
朝と同じだ。

朝の作業から、一時間ちょっとしか過ぎていないのにまた同じ作業を繰り返すのは、率直に言って退屈だ。
まあ、仕方ない。再び降り場へ向かい、待機する。

またしても、水路の中を流れる水を眺めて待つ。

退屈のさなかにひらめいて、仮説と確信がわき起こった

立ち上げの順番は、降り場が2番目だ。

最初に行うのはストレージ(格納庫)で、降り場のすぐ背後に位置する。
ボートが降り場を抜けるとすぐそこにあるので、ストレージのリセットを行なっているのは音で分かる。

ストレージの機器は水中に沈んだ部分と水上に出た部分があり、動かすとガチャン、と機械の動作音が聞こえる。

放送で『ストレージを始動します』と流れ、続いてその機械音が聞こえて来た。
すぐ次が、降り場だ。あと10秒もたたないうちに、こちらが放送で呼ばれるだろう。

ふと、考えた。
なぜ、ストレージの次が降り場なのか。

この時までの僕は、何となくそういう決まりになっているから、としか考えていなかった。
だってそう決まっているから。
それ以上でも以下でもない。まあ、当たり前と言えば当たり前だ。
でも、何でだろう。

降り場を動かして、そこにあったボートが先へ流れていくのを見送る。

もし、ボートの進行する順番に立ち上げていくとしたら。水が流れる向きに沿って順番にボートが流れていくことになる。

しかし、その先(ボートが流れていく先)は、まだリセットを行っていない。
つまり、安全確認が済んでいない。

安全確認ができていない場所が先にあるのに、この場所を動かしたら?
明らかにボートを送り込むのは危険だろう。その先の場所で、誰かが作業をしているかもしれない。

(※内部で作業する人は必ずタワーで許可を得てから入るので可能性は低いが、見落としている恐れもある)

そこへボートを流したら、事故の可能性もある。また、障害物があったら、乗り物が破損する可能性だってある。

だから、どこかの場所で機器を動かす時は、その先の場所は安全確認が済んでいなければならない。
だから、進行方向とは逆順に動かしていく。

これが、答えだろうか?

なぜ進行方向の逆順に作業するかなんて、誰も言わないし言われなくても正しくやっていれば問題はない。
知らなくても勤務はできるし、ゲスト対応しても全く問題ない。

でも、そうやって仮説を立てることで、ただの作業上の知識は、一段階上がって深みを増す。

僕らが普段やっていることは、何を喋るか、どう動くか、何を操作するか、など多々あるが、それらの全てには、何かしら理由があるのではないか?

今までろくに考えもしなかった領域に、たどり着いた気がした。

この件だけに限ったことではないが、僕は時おり、手順とは何か、どうやって作られたのかを気にするようになっていた。

と同時に、仕事上の手順の本質へは、退屈の中に浸らないとあえて踏み込んで考えようとはしないのではないだろうか。

退屈は、決して悪いことではない。
むしろ、飽き飽きして退屈してからが、自分の実力が上がり始めるのではないか?とすら感じていた。

仕事は、飽きてから質が向上する。飽きた先に、成長がある。

そう気づいたきっかけを、僕はそこに見出していた。


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