見出し画像

【舞浜戦記第2章】味方を作る天才【前編】:スプラッシュ・マウンテン050

その人は、ジミニークリケットにそっくりだった。

ヨコちゃん」はリード(責任者)の1人だ。
一部の人たちが愛称を込めてそう呼んでいた。
小柄で体も顔も丸っこくて、穏やかな雰囲気をまとった男性。

そして彼は、僕が初めてキャストになった日に、マークトウェイン号の早番のリードを務めていた。
あの遅刻した当日の、早番のリードだった人だ。

マークトウェイン号時代の彼はとても機嫌が悪かった(ように見えた)

1991年春。

その日は僕にとって実に幸先の悪い一日だった。

ディズニーキャストとして、初めてオンステージに立ったその日。
まさにその当日、電車の時刻と出勤までに要する時間を読み間違えたおかげで見事に遅刻してしまったからだ。

電車の乗り換えのタイミングがわずかにずれていた。急いで電車を降りて次のホームへ駆け上がったが、ちょうど舞浜行きの電車の扉が閉まり、行ってしまったのだ。

次の電車は、約25分後。
間に合わない。
あーあ。
どうしようもない、そんな諦め気分で、堂々と遅れて出勤したのだった。

トレーニング開始。

蒸気船乗り場へ着くと、トレーナーのM氏と僕は、その足で船着き場へ向かった。トレーナーに連れられて船に乗り込む。
すでに船内には、軽快なバンジョーの演奏のBGMが弾けるように流れている。

ウエスタンランドの朝は、のんびりして静かな空間だった。
冷や汗をかきながら僕は、捕まった脱獄者のような落ち着かない気分でアメリカ河を眺める。

はぁ。
何とも言えない沈鬱とした気分と裏腹に、この世界は明るくゆったりしているな、と思った。

実はこの日は春休みに入り、これから激混みの一日が始まるのだが、そんなことは夢にも知らない時間帯だ。
船内を周り、降りてオフィスの方へ向かう。

ちょうど朝の点検を済ませて戻ってきたと、オフィス前の植栽の間に伸びる通路で合流する。

「おはようございます」
トレーナーM氏は声をかけた。
「あー、おはよう」
が答える。
M氏は僕に向かって、
「リードを紹介します」
それが彼、ヨコちゃんだった。

開園時間になり、僕らは初日のトレーニングでポジションを回る。
2時間ほどが過ぎた頃、最初の休憩時間になった。

休憩所へ行くと、そこにヨコちゃんが先に来ていた。
M氏と彼はタバコを吸っていた。
僕は自販機でアイスコーヒーを買い、M氏とならんで腰かける。

背もたれのある長椅子の前にローテーブルがあり、僕は一口飲んで紙コップを置く。
向かいに彼が座っている。
彼は、黙々とタバコをふかして、一言も喋らない。
M氏も黙ってタバコを吸う。

僕は30秒もたたないうちに、紙コップを取り上げてコーヒーを飲む。
居心地が悪い・・・

彼が黙っているのは、今日入ってきた新人が『見込みのない奴』だからだろう。
期待外れの新人だったな。
そう言いたそうな、無表情だった。

M氏は一言二言喋ったが、彼と必要最低限の会話しかしなかった。
僕は全くの無言。
つまり、これが今日の出来栄えってやつだ。

以前書いたように、僕はキャスト初出勤から遅刻するという劇的?なデビューを飾ったわけで。
いわく付きの新人だったのだ。

あの時の彼はきっと、ああこいつはダメな奴だな、とガッカリしていたと思う。せっかく入って来た新人がハズレだった時の、何とも言えない微妙な雰囲気を感じ取っていた。

それが彼の一見無愛想なオーラを発信し、僕にもそれが感じ取れていたのだ。だから僕は、その後の勤務においても、彼には申し訳ないなと常々思っていた。

その後も、僕が何かしら失敗をした時などは、ますます申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

別のリード、たとえばF原さんは誰に対しても陽気に接してくれるので、そんなに構えることもない。
3人目のリード、ジャンボさんも、長身の見かけによらず飄々とした感じで、あまりキャストの失敗には左右されないタイプの方だったので僕に対するネガティブな感じはなかったようだ。

彼はきっと神経質なタイプなんだろう、と感じた。

表には出さないけれど、彼の僕に対する潜在評価の低さがじわじわと滲み出ているような居心地の悪さを、あの頃の僕は背負い込んでマークトウェイン号で勤務していた。

僕がスプラッシュマウンテンへ異動したあとだったと思うが、彼もまた社員の宿命として別のアトラクションへ異動していった。

僕の記憶が間違っていなければ、ヨコちゃんはじきにカントリーベアーシアター/チキルームへ異動になり、そこでリードを務めていたはずだ。
彼がチキルームのコスチュームを着た姿をたびたび見かけていたし、南国の雰囲気を醸した姿は全く違和感を感じさせなかった。

4年をへて、まさかのスプラッシュ・マウンテンで再会

あれから早3年。
話をスプラッシュ・マウンテンに戻す。

1995年。

ある日。
シゲ坊とJBさんが、タワー(管制室)でコソコソ内緒話をしていた。
何やら怪しい雰囲気で、時々笑い声を漏らしている。

そこへちょうど、僕が通りかかったのだ。

ん?
・・・何を面白がってるんだか。

「マジで?」
「マジだよ」
声を抑えて、笑っている。

どうしたの?
僕はなにげなく尋ねた。

「ヨコちゃんが来るんだよ」

「は?」
来る、とは?

「異動だよ」
「どこに?」
「スプラッシュに。来月から」
「へえええーーー!」

ヨコちゃんはなんと、スプラッシュへやって来ることになったのだ。

というわけで、僕は再び彼と同じロケーションで勤務することになったのだ。

失礼を承知で言うと、彼はスリルライド系が似合うタイプの感じではない。
穏やかで、静かな印象のある人なので、シアター系やマークトウェイン号のようなのんびりタイプのアトラク向きなキャラだと思っていた。

事実、今までの配属もチキルームだったりベアシアターだったりで、ライド系とはほぼ無縁の人だったのだ。
時々OLC社の人事は、想像もつかない真似をする。
(これは以後、何度も体験することになるのだが)

一体どうなるんだろう。
いいとか悪いとかではない。
想像がつかないのもあるが、またなんとなくマークトウェイン号にいた頃の、ちょっと居心地の悪い雰囲気が思い出されて複雑な感覚だった。

リードであっても、シフトがかぶらないとなかなか会えなかったりするもので、僕はしばらく彼の姿を見ることがなかった。

数日たって、ようやく再会の時が訪れた。

スプラッシュのコスチュームを着た彼が、そこにいた。
まさか、こんな時が来るとは。

コスチュームというのは不思議なもので、同じロケーションなら全員同じデザインを着ているわけだが、それがその人の属性を決めるようなところがある。
その人のキャラも、コスチュームに引っ張られて「そんな感じ」に見える瞬間がある。もちろん同じコスチュームだからみんな同じキャラになるわけではないのだが。

マークトウェイン号なら船員の雰囲気だし、
スプラッシュ・マウンテンは木こり(見えないけど)な感じがしてくる。スプラッシュのコスチューム姿の彼は、今まで見たことのない雰囲気だった。

僕に気づいたヨコちゃんは、
「あー、久しぶり!」
と妙に照れた感じで言った。
「お久しぶりです」
と僕も返す。

「俺、ライド系のことは全然知らないんだよね」
ヨコちゃんは続けて言った。
「あ、そうだったんですね」
「いろいろ教えてね」
「はい」

ライド系とは、いわゆるマウンテン系のアトラクションのことだ。
乗り物、特にスピードの出る乗り物のアトラクションだと思えば間違いない。ウエスタンランド所属のキャストにとっては、もっぱらピッグサンダーマウンテンの経験がある、という意味を含んでいる。

社員が頻繁に異動するのは通例のことで、人によっては数ヶ月〜1年でどんどんアトラクションを移っていくことも珍しくない。なので社員はたいてい、経験したアトラクションの数が多いのだ。

いろんなタイプのアトラクションを経験することは、後に責任者になる運命の社員にとって必須と言える。
それでも傾向みたいなものがあり、シアター系のアトラクションに偏った経験が豊富な人がいれば、スリルライド系ばかり経験している人もいる。

彼はどちらかと言うとシアター系だったが、今回初めてライド系に来たというわけだ。

再会してすぐ気がついたのだが、彼は別人のようだった。
彼と別々の職場になって早3年。
同じ人とは思えないほど、雰囲気が変わっていた。

あの頃の、どこか人を寄せ付けない雰囲気が消えていた。代わりに、誰に対しても人懐っこい笑顔で接する癒し系キャラに変貌を遂げていたのだ。

彼はいつの間にか、別人になってしまったのか。
マークトウェイン号時代の僕が見誤っていたのか。
どちらかは分からない。

しかし、僕はその後、彼について悟ることになる。
彼は成長したのだ。
僕は相変わらず元のままだったのに対して。

それに気付かされるまで、それほどかからなかった。














この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?