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九月なノ日

かようび。クサギの実がなっているのを見つけた。手を伸ばしても届かない高いところにあって、触れることはできない。でもいまは、この目で見ることができたことがうれしい。事典でしか見たことがなかった。遠くの山に行かなければ、出会えないのだと思っていた。それが家の目の前にあるという現実がやってくるとは。


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これは葛の花。葉叢に隠れていくつも咲いていた。知ってはいても実際に会ったことのなかった花。花があれば葉を覚えられる。そして、花がなくてもそれと見分けがつくように、いつかはなる。


葛はツルから繊維を取って糸に。クサギの実と萼は染料に。もう染織はしていないけれど、それにまつわる植物たちのことは、いまだに知りたい。あの糸はこのツルから。あの色はこの実から、この萼から。材料として用意されたものとしてではなく、それが生きてそこに息づいているときの姿を、ずっと知りたかったのだと、いま思う。お教室で作業しているだけでは知ることのできないその草木の、根づいて芽吹いて花開き実をなすいのちのサイクルを、自分で見て感じてみたかったんだ、わたしは。


この夏はクサギを覚えた初めての夏。一度覚えると、どこにあってもすぐに気づくようになる。運転中に通り過ぎる一瞬でさえも、あ、いまそこに、と見つけるたびに浮き立った。ここにも、あそこにも。世界にクサギの花が鈴なりにあふれていることがうれしく、それを見分けられる自分がうれしかった。


クサギの萼はグレーに染まる。実はきれいな水色に。藍で染めた水色もいいけれど、わたしはクサギの水色が好き。


クサギ、夏のはじめの花の頃。

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実のなる前の頃。

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