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今日も永遠の課題を考える。

(Top photo credit:  5/30/2020 Seattle Times)

今日は非常事態なので、サステイナブルライフとちょっと関係ない事書きます。アメリカ生活を、白人さんの社会で日本人として長い間生活してきた私の戯論です。

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昨夜は5時に外出禁止令。けたたましい音で電話がなって、市長からのショートメールが送られてきました。この街のダウンタウンで暴動があって、テレビでみたらデパートの窓が割られ強盗行為が堂々と行われ、警察車両が焼けていて。今日はダウンタウンでも、ベルビューでも催涙弾が使われたみたい。

FBを見ると、Black Lives Matter!と泣きそうな投稿をしている若者たち。元軍人、FBI、国境警備隊、警官…そしてその家族の「どちらかというと右寄り」な人々が、デモ行為と、破壊や火事場泥棒の様な行為をごちゃ混ぜに非難していたり「だってしょうがないじゃない」的なコメントも。みんな自分たちの立場で、温度差があって、私はどう思うか…発言するのも慎重になってつい沈黙を通したくなります。

無論、人種差別はいけません。私の友人には、様々な肌の色、性別、その他ユニークな人がたくさんいます。私はこれまで誰かを肌の色で判断した事はないと…自分では信じています。「Not Only Black Lives, but also All Lives Matter!(黒人さんだけではなく、全ての人の命が大切)」だと今でも思っています。それがスローガンだということもわかっていたけど、だって肌の色だけで暴力行為の被害にあったり、命を失ってしまうなんて、ありえない事だから。Black Lives Matterが間違えているなんて、思いませんが。

あんな風に手錠もかけられている容疑者の首に膝入れる警察官…言語道断でしょう。肌の色、性別、出身地、親、家族…そんなの運でしかない。そう、私が健常者である事だって、運でしかない。それなのに、なぜ運の良さで、自分が他の人より優位だと思うか…意味不明だから。全ての人の命が大切だと思っていました。

若い友人(白人)がそのことについて言及していて、少し考えました。でも…何だろうな、この違和感。フロイド氏は、黒人であるという肌の色だけで、あの様な非道な扱いを受けたのでしょうか。(フロイド氏に非があったと言っている訳ではないので、反論したい方は少々お待ちください)

アメリカには差別があります。これは紛れもない事実です。日本にもあります。これも事実だと思います。私もアジア人として、徐に白人の人々に避けられた時にはちょっと傷つきましたが、でも私の人となりを知った上で、アジア人だからと差別された事はないと思います。(私自身が避けられた事は複数回あります。涙)

アメリカは格差社会で、下層から抜け出るのは至難の技です。日本は以前、一億総中流を目指してきた国だそうですが、昨今は格差が相当広まってきていると思います。高校卒業までは基本義務教育であったり、アファーマティブ・アクションがあったりするアメリカの方が、日本よりモビリティー(社会的流動性)がある印象もあります。でもそういう格差社会では、自分の「理想」「夢」「やりがい」を捨てて、利の良い仕事をする事が、数少ないリッチになる手段であることも同じです。たとえそれが犯罪行為であったとしても。

実は、私はこの問題を人種ではなくクラスや見た目、ステレオタイプ、そして精神疾患の問題だと思っています。人種差別を正当化している訳ではないですが。

黒人さんだって、アラブ人だって、どんな肌の色マイノリティーだって全く怖くない人もいる訳で。でも自分と同じ肌の色でも怖い人もいますよね。

アメリカのスラングに”Token(トークン)”という言葉があって、恵まれている黒人男性の事を指します。うちの息子達が連れてくる黒人の友人達は、みんなToken。肌は黒いかも知れないけど、みんな真面目で、素直で、虫も殺さないような好青年達です。大卒でアマゾンやマイクロソフトに勤めるプロフェッショナル。私は外見は黄色人種、中身は限りなく白人文化に近い「バナナ」や、ずっと腐らない事で有名なお菓子"Twinkies"だとたまに呼ばれますが、彼らは中身は私と同じ文化を持っている人々です。でも彼らが「店に入るときは、万引きをしている風に見えない様に気を遣う」とか「現金輸送車とかが止まっていたら、とりあえず道を渡る」と話していて衝撃を受けた記憶がありますが。(それは確実に人種差別。)

以前、黒人コメディアンのクリス・ロックが「申し訳ないけど、黒人の俺だって、夜暗くなってからATMで後ろに怖そうな黒人が立っていたら怖い」とジョークを言っていたけど、それはまさにその通りだと思うのです。

見た目で人を判断してはいけないけど、いかにも怖そうな人が側に来たら、やっぱり怖いのは仕方ないのかな…と。日本だったら、暴れる系の方とか、夜中の酔っばらっているサラリーマン、ヤンキー学生とか。アメリカだったら、いかにも薬物中毒患者、ホームレス。中南米系ギャング、東南アジア系ギャング。男性も女性も、どんな人種もいます。そういう人の中には、本当に申し訳ないけれど、適応障害、精神障害の人たちも含まれているかも知れません。それは「黒人」という肌の色の縦割りではなく、「ちょっと怖い」という横の括りかと。

いかにも怖そうだったり、挙動不審な人と相対しなければいけない時は、ついこちらも身構えてしまう…これは人間の本能のような気もします。その後に相手を人と認識し、共感し、理解し、人間らしく相手と関わる事が、私たちに必要とされているスキルなのかな…と思ったり。

黒人だから怖いのか?それとも怖いから怖いのか?私の違和感の正体はこれであることに気がつきました。「(私を批判する…避けるのは)黒人だから…?」何度言われたかわからない。この言い訳?劣等感?これを黒人さんに植えつけてしまった事は、アメリカ社会の罪の一つだと思います。

Black Lives MatterのLivesを「命」と捉えるか、「生活」と捉えるか。命だとすると、肌の色に関わらず、人の命をリスペクトできない権力者は論外だけど、生活と捉えると、その「横の括り」に入ってしまう確率がとても高い…現在のアメリカの黒人社会の状況は変えるべきだと思います。


そこで子供を育てているマイノリティーのお母さん達は、息子達に何を伝えるのでしょう…。「誤って殺されてしまう事があるから気をつけて。」そんな風に子供を育てるのでしょうか? うちの息子達は、父親は白人、母親はメキシコ系、継母が日本というバックグラウンドを持っていますが、主人は「警察には逆らうな」と、つい口の立ってしまう長男と、おっとりとしているのに身体が大きくて、つい強がってしまいガチな次男にいつも言っていました。実は以前、ご主人(白人)がお酒を飲みすぎて「警察を呼ぼうか困っている」とご近所の奥さん(白人)に相談された事があるのですが、そこに一緒にいた友人(白人)が「警察を呼んで、もし警官に逆らったら銃殺されてしまうからかもしれないから、やめた方がいい」とアドバイスをしていた事があって、それも自分の住む国を再認識するきっかけになりました。これは、警察の過剰防衛の問題かと思います。

Social Equity (みんなが平等公正に社会生活をできる事)への取り組みは、色々行われていますし、NFLのプロフットボール選手などは、自分の基金を立ち上げて、チャンスの少ない都市部の黒人コミュニティーのサポートを行っています。夢を持って、大志を抱いたら実現できる土台を作っていく教育…答えはそこにありそうですが、時間がかかりそうですね。タネを撒いて、それが大樹になるには月日がかかるのに、昨今のように、自分の木々の成長が止まってきたと悩む人々に「それは最近育ってきた苗のせいだよ」と、事あるごとに耳打ちする力があると尚更ですよね、きっと。木々として生まれてきたからには、みんな公平に育つ権利があるのにね。でも、それが出来れば、自分の可能性に気がつけば、その生活から脱出できる。横括りから抜け出せるのも知れません。まだ時間はかかるでしょうけど。

貧困と、差別と、格差と闘う人々。自己憐憫は、全ての言い訳になって「恵まれない、差別されて、明日殺されるかも知れない俺」が何をしたって問題ないと思わせてしまう。だって、こういう社会にしたのはアイツらだもの。子供の頃、盗みも殺しも嘘もいけないと、お母さん、牧師さん、先生には言われた事はあるけれど、でも俺は嘘をついたり、盗みをしなくちゃ生きられない場所に生まれて、生きてきたんだ。彼らの自己防衛が聞こえます。彼らもきっと幸せになりたいだけなのにね。ちなみに私は、この「彼ら」にあたる人々を、黒人さんだけではなく、様々な肌の色、コミュニティー、バックグランドで知っています。

警察官も毎日怖いでしょうね。自分は白人で、身構えてしまった相手が、統計的に典型的に”危険そうな”容疑者だったら。それが仕事なのだけど「万が一襲われたら…」と恐怖で震えながら容疑者と相対するのは大変だと思います。

怖いと強いふりをして、暴力に走る人いますよね。子供の頃、Bullies (いじめっ子)だった奴らとか。自分に自信がなくって、本当の強さがわかっていない人。虚勢を張る人。そういう人間力の低い人が警察官になったり、権力を持つ役職に就く事、就ける事も問題だと私は思います。本当に強い人は、人に優しい。あの警官たちの刑期がヘイトクライムとして、きちんと延長される事を切に願います。

ゆたかさはお金だけではない事を、私はこのダウンタイムにつくづく感じました。この豊かな社会、実はリソースは転がっていたりします。でもそれを求める心のゆとり、ゆとりとは何かを知らずに必死な人々に、それを探せというのは無理難題なのかも知れません。

この問題に即効性のある薬はありません。残念ながら。この問題を人種問題とだけして片付けるには、色々な要素が詰まりすぎています。もし亡くなったフロイド氏が何か法を犯す事をしていたとしても(不法な小切手を使おうとした…とか言われていますが)、その罪に対して科された罰が「リンチ死」だとは法治国家が泣いて呆れます。マイノリティだけに様々なサポートがあるのはおかしい!と逆差別(Reverse Discrimination) を叫ぶ白人男性もたくさんいます。あと…これは言及はしませんが、権力や金銭を持っている人の罪が、正当に裁かれなかったり、量刑が罪にマッチしていないのも、自己憐憫を呼ぶ原因かと思います。

モラルの低下が原因なのか…一概には言えませんが、アメリカの(特に)低所得層では父親像が不在で、若者がどんな成人男性になっていいのかわからない…と言った問題もあります。父親は刑務所にいたり、亡くなっていたり。でも、黒人はアメリカの人口の13%にも関わらず、約40%の囚人が黒人だという事にも、冤罪の可能性も、抜け出せないコミュニティーの問題も表されているような気がします。

アメリカにやってきて早30何年。ずっと考えているけど、答えは出ない。ダウンタウンから10分の所にいても、全く現実味がないわりには、何となく悲しい今日この頃です。私の心のゆとりは、今は自宅の庭と散歩、そして家族との時間。この豊かさを守れるくらい頑張って仕事をしていければいいな…と思っています。 私のこの愚痴は、きっとなんの解決できないだろうけど、自分を偽って強いふりをしている人、恵まれない自分が一番かわいそうだと思っている人たちに、ホッとできる心のゆとりと、本当の幸せを見つけて欲しいと思います。

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