魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 新章 収穫祭で一騒動です!①

プロローグ

 ふと、自分の名前を呼ばれた気がして、エリナは振り返った。
 収穫祭でごった返す人々の群れの向こうに、ぽつねんと佇む深い藍色の小さな天幕。
 この喧騒の中、そんなところから声が聞こえてくるとも思えなかったが、エリナはその天幕が妙に気になって、そちらに足を向けた。

「お入りなさい」

 天幕の前で立ち止まると、中から涼やかな女性の声が聞こえてきてドキリとする。
 その声は、本当に自分にかけられたものなのだろうか?
 だとしたら、どうやって天幕の中から自分が近づいてきたことがわかったのだろうか?
 疑問に思いつつも、エリナは好奇心が抑えきれずに、入り口の垂れ幕に手をかけた。
 すべての疑問は、ここを潜り抜けた先で解き明かされるに違いない。

「お邪魔しまーす……」

 天幕の中は、中央上部から吊された小さな一つのランプで照らされていた。
 その奥には天幕と同じ、深い藍色のローブに身を包んだ女性がいて、エリナを見て優しげに目を細めている。
 口元は薄布に覆われていて見えなかったが、微笑んでいることはすぐにわかった。

「ようこそ。占い師ジェアの天幕へ」

「占い師……ジェア、さん? ここは占いをしてもらうところなんですか?」

「ええ、そうよ。ここは運命に導かれし者が訪れ、これから先に起こる出来事への……そうね、心の準備をするところ、と言えばわかりやすいかしら」

「運命に導かれし者……?」

「思い当たることはない? あなたは数奇な運命の下に生まれ、そして、それと同じくらい数奇な運命を歩んできた父親に育てられた。運命に導かれているというのは、そういうことです」

「それは……」

「そして、これから先もあなたには、これまで以上に数奇で過酷な運命が待ち受けている」

 エリナの心臓が大きく跳ねる。
 占い師の言葉は確信に満ちていて、とても嘘や適当を言っているようには聞こえなかった。
 その予言を受けとめた上で、エリナは口を開く。

「そうなのかもしれない。だけど――」

 ジェアはうなずき、エリナにその言葉の続きを促した。

「大丈夫だと思う。わたしには大好きな友達たちがいるから。それにりっくん――お父さんも。だから、どんなに辛いことがあっても、きっとわたしは大丈夫。そんな気がするの」

 それはなんの確証もない言葉だったが、強い確信に満ちた言葉でもあった。

「……強い子ですね、あなたは。それに、とても勘が鋭い。私に言われなくても、自分の身にこれからなにかが起こるということを、すでに直感しているのですね」

「え? そ、そうなのかな……」

「だけれど、運命の歯車はあなただけでは回らない。あなたを取り巻く人々の歯車も一緒に回る。そして、その人々をさらに取り巻く人々の歯車も。そうして運命の歯車は回り、世界を大きく動かしていく……。あなたはあなたが生まれながらにして持つ、その力の大きさと重大さを知ることになるでしょう。そして、その力を持ってしても、あなた一人ではどうにもならないことが世の中にはあるということを知るでしょう」

 ごくりと生つばを呑みこみ、エリナはその言葉に真剣に聞き入る。

「あなたには決して逃れることのできない大いなる選択の機会が訪れる。その選択によって、あなたの運命だけでなく、あなたを取り巻く人々の運命も、さらには世界の運命もが大きく動くことになるでしょう。信じることと考えること。その二つを決して忘れないように」

「信じることと考えること……」

「今、私が言えるのはそれくらいです。ああ、いえ、もう一つあったみたい」

「もう一つ?」

「あなたの大好きな、二人と一匹のお友達があなたを捜しています」

「わわっ、そういえば、みんなでお祭りを見に来てたんだった!」

「この天幕を出て真っ直ぐ十歩進みなさい。そこで辺りを見渡せば、お友達とはすぐに会えるはずですから」

「ありがとう、占い師のお姉さん! それじゃあ、また!」

「ええ、また。かわいいかわいい『魔王の娘』。あなたの行く先に幸あらんことを」

 そして、エリナは入り口の垂れ幕を押し開けて、天幕の外に出た。
 エリナの耳にわっと喧騒が蘇り、収穫祭の真っ最中だったことを思い出す。

「えっと、一、二、三、四、五、六、七、八、九……十歩! ここでぐるっと辺りを見渡す――」

「あ、エリナ!」

 本当にすぐにその声が聞こえて、エリナは笑顔で振り返った。

「フラン! カナちゃん! よかった~! コルもごめんね、一人ではぐれちゃって。でも、本当にすごいなぁ、さっきの占い師の人。ちゃんと会えたって一言お礼言っておかなくちゃ――あれ?」

 もう一度ぐるりと辺りを見渡したが、十歩しか離れていないはずのその天幕を、エリナは見つけることができなかった。


第一章 収穫祭で一騒動です!

 ノクトベルは、ブレナリア王国の王都ブレナリアから南に向かって徒歩で数日ほど離れた丘陵地帯にある小さな街だ。
 これといった特産品もなく、主要な街道に面していないことから商業での発展も見込みにくいが、西にサビオ連山を臨む風光明媚な土地であり、百年以上前に建てられた大聖堂を中心にゆっくりと発達してきた。
 そのノクトベル大聖堂に面する広場は今、収穫祭を祝う人たちでごった返しているところだった。
 普段はだだっ広いだけの広場に、所狭しと露天が立ち並んでいて、まったく様相が変わってしまってはいるが、そこはそれ。
 広場のどこにいようとも大聖堂だけは必ず目に入るので、街の人間ならば迷子になったりすることはまずない。

「だからホントにあったんだってばぁ」

 そんな広場の一角で少女が、必死にそう主張していた。
 彼女の名前はエリナ・ランドバルド。
 年の頃は十二、身長は百五十サンクトあるかないか。
 好奇心の強そうなぱっちりとした蒼い瞳に、腰まである長い金色の髪。そして、白い肌。
 腰つきは細目ながら、伸びやかな手足からは良好な栄養状態であることがうかがえた。

「ふふふ、エリナったら、さっきからそればっかり」

 そう言ってにこにこと笑っているのはエリナの幼なじみ、フランソワーズ・フラヴィニー。通称フラン。
 ウェービーな栗色の髪を左右で縛って下げている。
 エリナと同い年で、その背もエリナと同じか、若干フランの方が低いくらい。
 ただし、胸の成長の方はエリナに少々先んじていた。

「私もフランも、べつにエリナが嘘を言ってるだなんて思ってないわよ? これっぽっちもね」

 こちらはカナーン・ファレス。エリナとフランからは「カナちゃん」などと呼ばれている。
 彼女もまたエリナたちと同い年。
 艶やかな黒髪をなびかせ、背中には身の丈のほどの大きな剣を背負っている、この年にして立派な剣士だった。
 エリナとフランがカナーンと出会ったのは、つい一ヶ月ほど前のことになるが、まるで元からそうであったかのように、三人はすでに大の仲よしとなっていた。

「ホント!? だったら――」

「エリナが私たちに嘘なんて吐くはずがないじゃない。でも、エリナはおっちょこちょいなところがあるからね」

「じゃあカナちゃんは、わたしの勘違いだって言うのぉ?」

「だってエリナの言うような天幕、どこにも見当たらないんだもの。まあ、その天幕があったとして、エリナはその天幕に入ってどうしたのか、もう一度聞かせてくれる?」

「え、だから……占い師のお姉さんがいて……なんか……なんだっけ? わたしの未来のことを占って……くれたんだったかな……」

 エリナは眉根をしかめ、口元に手を当てて考える。
 おかしい。
 大切なことを聞いたはずなのに、どうしてもその内容が思い出せない。
 はっきりと思い出せるのは、自分がはぐれてしまったことを言い当て、天幕から出て十歩進んだ先で辺りを見渡せと言われたこと。
 そして、その通りにしたら、即座にフランに声をかけてもらえたことくらいだ。

「なんか記憶が曖昧なんだよね……。さっきまではっきりと覚えてたはずなのに、思い出そうとすればするほど遠ざかっていくみたいな……。あ、夢みたいな感じなんだ! ほら、朝起きたときかにさ、なんかすっごい夢見た!とか思っても、思い出そうとする端から忘れていっちゃうみたいな、ああいうやつ!」

 ポンと手を叩いて言うエリナの頭に、鳥がバサッと羽根をはためかせて留まり、キィッと小さく鳴いた。
 その鳥は、全体的には白かったが、尾羽の先の方にいくにつれて朱を帯びていた。

「ほら、コルもそれはおかしいって言ってるわよ?」

「言ってないでしょ!? もう、カナちゃん、勝手にコルの言葉を代弁しないでよぉ」

 コルと呼ばれたこの鳥は、魔法の授業の時にエリナが召喚した(と思われる)卵から生まれた、もしかしたら鳥ではないかもしれない生き物だ。
 もちろんエリナがその飼い主となっており、コルも一番にエリナに懐いてはいるが、卵から孵ったときに一緒にその場にいたからか、フランとカナーンにも非常によく懐いている。
 三人が一緒にいるときなどは、ひっきりなしに三人の間を移動し、その肩や頭に留まっていた。

「あ、もしかして……」

 と、フラン。

「フランはわかってくれるよね!?」

 エリナは必死にすがりつく。

「エリナ、もしかして振る舞い酒でも飲んじゃったじゃ……。だからヘンな夢を見ちゃったのかも」

「なるほど。そのセンは確かにあるわね……。エリナ、水よ。酔っ払ってしまったときは、水をたくさん飲むんだってルナが言ってたわ」

「ち~が~う~! わたしお酒なんか飲んでないもん!」

「でも、エリナ。エリナを見つけたところの周りには、そんな天幕はなかったし、こうやって見回っていても、やっぱり深い藍色の天幕なんて見当たらないじゃない」

「うぅ……そうかもしれないけど……」

 カナーンのごもっともな論に、エリナは口を尖らせた。
 だが、そうしている間にも占い師との記憶は薄れていってしまい、エリナ自身も、段々と自信を失ってきてしまった。

「あ、そういえば」

「エリナ、なにか思い出せた?」

 フランがエリナの顔を覗きこむ。

「なんでその時、気がつかなかったんだろう……。その占い師さん、別れ際にわたしのことを『魔王の娘』って呼んでた……」

「「!?」」

 エリナのその言葉に、フランとカナーンはギョッとした顔を見せた。

「ような気がする」

「「……エリナ」」

 二人はどっと肩を落としてエリナの名を呟く。

「そんなに呆れなくてもいいじゃーん! だってホントに、どんどん記憶が曖昧になってっちゃってるんだもん!」

「……もし、エリナのことをそう呼んだのが本当なら、その辺りの事情を知っている魔法使いということも考えられるわね」

 カナーンは、慎重に直接その単語を使わないようにして、自らの考えを述べた。

「魔法に関しては私は詳しくはないけれど、心や記憶に関わる魔法があるって言うのは聞いたことがある。ルナがものすごく嫌そうに話してくれたことがあって……」

 カナーンが度々口に出す「ルナ」とは、彼女の養母であるルナルラーサ・ファレスのこと。
 養母とはいうものの、まだ二十代の美しき女性で、当代随一とも噂される歴戦の傭兵でもある。

「にぇへへ、カナちゃんって本当にルナルラーサさんのこと好きなんだねぇ」

「い、今はルナのことは関係ないでしょう!? 私はエリナのことを心配して――」

「にぇへへへへへへへ。うん、ありがとう、カナちゃん」

「~~~~~~~っ! エリナの馬鹿、もう知らないっ」

 プイッとそっぽを向いてしまったカナーンに、エリナは慌ててすがりついた。

「わわ、怒らないでよ、カナちゃん! ヘンに笑っちゃったのは謝るから! でもね、そんなにカナちゃんに心配してもらえてるんだって思ったら、なんか嬉しくて、照れくさくて、つい顔がニヤニヤしちゃってね?」

「大丈夫だよ、エリナ。カナちゃんも恥ずかしくてそっぽ向いちゃっただけで、元々そんなに怒ったりなんかしてないから」

「ちょっとフラン!?」

 フランのフォローにカナーンは目を見開く。

「ホント?」

「ホントホント。だってほら、今だって大人しくエリナに捕まってるでしょ? カナちゃんが本当に怒ってたら、これくらいの人混みなんてひょいひょいって抜けて、逃げていっちゃうんじゃない?」

「ち、ちが――」

 慌てて否定しようとしたカナーンだったが、カナーンに抱きつくエリナの力が強まり、ドキリとしてその言葉を止めてしまった。

「ホントだ。カナちゃん、ぎゅううぅってしても、逃げたりしないし、わたしのこと振りほどいたりもしないや……。うぅ~ん、カナちゃ~ん、スリスリ……」

 エリナはつい嬉しくなって、カナーンの背中にスリスリと頬ずりする。

「や、や、やめなさい、エリナ! こ、こんな、ひ、人が、いっぱいいるところで……」

「エリナ、たいへん。カナちゃんったら、人目につかないところで、こういうことをしちゃいたいみたい」

 フランは顔を赤らめつつも、完全に面白がってエリナに翻訳した。

「フランもやめてよ! なんでそんなことばっかり――はぅっ……エリナももう、いい加減スリスリするのやめて……! なんか、私……んんっ!」

 カナーンの背筋がビクビクと痙攣したことに気がついて、エリナはその顔を少し放す。
 ホッと一息吐くカナーン。
 だが――

「カナちゃんってもしかして……」

「な、なによ……?」

「にぇへへへへ……背中、弱かったりするんでしょ? ほぉら、この辺をこんな感じで……」

「ちょ、やめなさい、エリ――んひぁっ!」

 その短い嬌声が響いた瞬間、喧騒が止んで周囲の視線がエリナたちに集まった。

「そ、そうそう!」

 フランが突然、大きな声をあげて二人に呼びかける。

「北の広場の方に行ってみない? あっちには旅の劇団が来てるんだって!」

 日頃は大人しいフランが、珍しい大声でそんなことを言ったので、エリナとカナーンは目を丸くした。
 だが逆に、エリナたちに視線を向けていた周囲の祭り客たちは、「なんだ。子供たちがはしゃいでるだけか」と興味を失った様に、再び自分たちが向かっていた先へと歩き出す。
 それを確認してフランはホッと胸を撫でおろした。

「ごめんね、カナちゃん。私がエリナのことを煽っちゃったから」

「謝るのはわたしだよ、フラン。ごめんね、カナちゃん。……でも、さっきの声、すっごいかわいかった❤」

「エリナ……あなたね……」

「わわっ、本当にごめんなさいっ!」

 慌てて謝るエリナ。
 カナーンは一度ムッとして睨みつけるが、それだけで許し、今度はフランに目を向ける。

「フランもよ? すぐに周りの人たちの気を逸らしてくれたのは助かったけど……。ホントにもう……」

「ふふふ、ごめんなさい。でも、カナちゃんが怒ってなんかいなかったのは本当だよね?」

「う……」

「だって、カナちゃんはエリナのことが大好きなんだもん。あんなことぐらいじゃ、怒れるはずがないって思うな。……ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」

 フランは突然、自らの身体を抱きしめてフルフルと震えだした。
 笑いを堪えているようにも見えなくもない。

「ちょ、ちょっとフラン……? なんか怖いんだけど……。エリナ! フランは一体どうしちゃったのよ?」

「え? わりといつも通りのフランだけど。ものすごくかわいいものとか見るとこうなるかな」

 キィッ、とエリナの肩に留まり直したコルも同意するかのように鳴いた。

「ものすごくかわいいものって……」

 震えるフランを見て、カナーンはとても微妙な表情になってしまう。

「ふぅ、ごめんなさい……。あ、そうだ、エリナ」

「なぁに、フラン?」

 フランはその震えるような笑いから復活すると、

「えいっ」

 今度はフランがエリナの方に飛びつき、その身体をギュッと抱きしめる。

「ひゃあっ!? なな、なにフラン、急に!?」

「だって、エリナったらずっとカナちゃんとイチャイチャしてるから、私も~って思って。でも、二人の邪魔をしちゃうのも悪いから、タイミングを見計らってたの」

 以前のフランなら、こういった積極的な行為はあまり見られなかった。
 だが、つい先日、溜めこんだもやもやを暴走させてしまった事件があり、フランはそれを反省して「したい」と思ったことを比較的積極的にしてくるようになったのだ。
 それも、ただ一方的にしたいことをぶつけてくるわけではなく、今回のタイミングのように、フランらしい配慮を以て、だ。
 それが嬉しくて、今までよりも輪をかけてフランのことが好きになってしまうエリナである。

「そういうことなら、こっちからも、ぎゅ~❤ フランのことも大好きだよ~」

「ふふふ、私もエリナのことだぁい好き❤」

「ちょ、あの、あなたたち! だからまた、周りの人たちに注目されちゃうから!」

 抱きしめ合うエリナとフランに、カナーンはあたふたと慌てた。

「もちろん、カナちゃんのことも大好きだよ!」

「私もカナちゃんのことも大好き❤ だからカナちゃんも一緒に――」

「やらないわよ! それよりもう、ここでこういう話をするのはやめにしましょう!? ほら、行くわよ! ほぉらっ!」

 カナーンはともかくこの場から離れたいとばかりに、二人を無理矢理に引きずって、先ほどフランが言っていた北の広場の方に向かった。

 大聖堂前の広場は街の中心にあり、綺麗に整地されているのに対して、北の広場は辛うじて雑草の刈り取りが行われている程度のだだっ広い場所だ。
 エリナたちが通うノクトベル聖学院の授業には、剣術や体術、もしくは魔法の実技といった広い場所が必要となるものがあるが、それらはだいたいこの北の広場で行われる。
 かつて、エリナがコルが孵ることになった卵を召喚したり、フランがはじめて神聖魔法の力の片鱗を見せたのも、この場所でのことだった。

「わぁ、すっごいおっきな天幕が張ってある……」

 エリナの感嘆の言葉にフランとカナーンもうなずく。
 フランが天幕の入り口と思われる辺りを指を差した。

「この天幕の中で演劇をやるみたい。ほら、あそこに立て看板が立ってる」

 その大きな天幕から、ガヤガヤとした喧騒が聞こえてくることから、そこそこ客が入っていそうなことと、まだ演劇がはじまっていないだろうことが予想された。

「エリナの言う占い師さんが、旅の占い師さんなら、劇団と一緒にこの辺に天幕を立ててるかもしれないわね……」

「わたしこっちの方まで来てないよ……」

「やっぱりエリナ、お酒を……」

「お酒もっ、飲ーんーでーまーせーんっ! もぉ――」

 その時、

「寄ってらっしゃい、観てらっしゃい!」

「おわっ!?」

 背後からいきなりそんな声があがって、エリナたちは驚く。

「我々一座が演じまするは、皆様ご存知! 世界を支配せんとする恐るべき魔王と、それを倒すべく立ちあがった六人の英雄の物語! さあさあ、そちらのお嬢様方も是非とも観ていってくださいませ! 間もなく開演の時間ですよ!」

 どうやら劇団の呼び込みらしい。
 派手な衣裳に身を包んだ小柄な中年男性が、方々に向かって、よく通る声を投げかけている。
 エリナたちはその驚きから我に返ると、お互いの顔を見合わせて、

「「「観ていこう!」」」

 と声を合わせた。

 それは、この国のみならず、この大陸に住まう者ならば、誰しもが知っている物語――否、史実。
 かつて、この大陸は、強大な魔法を操り、魔物の大軍を引き連れた『魔王』の侵略を受けることになった。
 それがどこから現れたのかは、誰も知らない。
 だが、大陸東方の島国であったスメラという国が滅ぼされたことが、そのはじまりであったとする者は多い。
 スメラが滅ぼされ、次いで『聖王国』と呼ばれたサントレーヌが滅ぼされると、大陸全土はようやく自分たちが未曾有の危機に立たされていることに気がついた。
 恐怖に怯える人々の中には、安全な場所を求めて急ぎ逃げる者たちも多くいたが、魔王軍の神出鬼没ぶりの前に、ただただ混乱を増幅させるだけだった。
 誰もが絶望に打ちひしがれる中、とある噂が流れはじめた。
 それは、魔王に滅ぼされた国、スメラからやって来たという勇者とその一行の噂だ。

 一人は剣に愛されし戦乙女。

 一人は気高き皇国の騎士。

 一人は妖精の血を受け継ぎし射手。

 一人は神算鬼謀の魔法使い。

 一人は清らかなる聖女。

 その英雄たちを率いるのは、スメラから来た黒髪の勇者。

 勇者たち一行は魔王軍に立ち向かい、次々と町や村を解放していった。
 はじめは焼け石に水かと思われたが、彼らの奮戦はただ魔王軍を倒すのみならず、人々に魔王軍に立ち向かう勇気を与えた。
 そうして勇気を得た者たちは、各地で義勇軍を旗揚げし、組織的に魔王軍に対抗する戦力となっていった。
 その運動はやがて列強諸国をも衝き動かし、列強諸国連合軍の結成に繋がっていく。
 列強諸国連合軍がその力を発揮しはじめると、さすがの魔王軍も旗色が悪くなっていった。
 勇者たち一行はその隙を突いて、魔王の住むという魔王城へ、たった六人で潜入することにした。
 魔王の使う魔法はあまりにも強大であり、一度それが放たれれば、連合軍といえど一瞬にして消え失せるであろうことは明らかだったからだ。
 魔王がそうする前に、魔王自体を倒さなければならない。
 とはいえ、魔王城には魔王を守護する数々の強力な魔物たちがおり、その中には神に等しい力を持つという魔神と呼ばれる悪魔もいた。
 勇者たちはそれでも、それらの難敵に打ち勝ち、打ち破り、そしてついに魔王と対峙することになった。
 繰り広げられる激しい戦闘の内に、一人、また一人と倒れていく仲間たち。
 だが、それでも勇者は最後の最後までめげず、諦めず、その剣で魔王を打倒することに成功した。

 魔王の死は、魔王の召喚によって現出していた強大な魔神や魔物たちを元の世界に送り返すこととなった。
 これによって魔王軍は一気に瓦解し、連合軍によって殲滅されていくことになる。
 魔王に脅かされた世界は、こうして、勇者と、その一行と、彼らから勇気を得て立ちあがったすべての国々の人たちの手によって、平和を取り戻したのだった。

「はー……やっぱりりっくんってすごいんだなぁ……」

 その大きな天幕から出てきて、エリナはため息混じりに言った。
 今観たばかりの劇でも『勇者』としか語られていなかったし、実際に『名も無き勇者』という名前でしか広まってはいないのだが、エリナの養父、リクドウ・ランドバルドこそ、魔王を倒した勇者その人だった。

「ルナだってすごいのよ。ただ……なんか今の劇だと、まるでルナがリクドウ先生に恋い焦がれて付いていったみたいで、なんか……」

 カナーンの養母、ルナルラーサ・ファレスもリクドウと共に魔王討伐のために魔王城に乗りこんだ一人。
 この劇では『剣に愛されし戦乙女』と呼ばれていた。

「そんなこと言ったら、ロミリア先生なんか、勇者一行のお母さんみたいな役になっちゃってたよね……。今でも『素敵なお姉さん』って感じなんだから、もっと若い感じにしてほしかったなぁ……」

 そして、フランは、劇中では『清らかなる聖女』と呼ばれていた神官、ロミリア・ユグ・テア・バージに、直接神聖魔法の手解きを受けているところだ。
 そのロミリアは、ノクトベル聖学院の学院長でもある。

「わたし的にはロミリアはお母さんポジションでも――とか言ってると、どこで聞かれてるかわからないからやめとくね。ロミリアって結構歳の話に敏感なんだよね」

 エリナのその言い様に、悪いとは思いつつカナーンとフランも思わず小さく噴き出した。

「その辺はやっぱり劇だからね。私がルナに聞いた話だと、リクドウ先生と一緒に戦うことになったのも魔王城に乗りこむより、少し前くらいの話だったみたいだし。それ以前にも何回か偶然出会ってはいたみたいだけど、反りが合わなかったって言っていたわ」

 と、カナーンが苦笑しながら言ったとき、その会話に割りこんでくる声があった。

「その通り。今のは観客に見せるための劇、お芝居でございますからね」

「え、誰!?」

 ドキリとして後退るエリナたち。
 その声の主は、目深にフードを被っている上に、その顔には仮面を着けていた。

「故に、語られぬ真実も多々ございましょう」

 誰何の声には応えずに仮面の人物は話し続ける。

「例えば、魔王城から勇者が連れ帰った『魔王の娘』のお話、とか」

「「「!?」」」

 その言葉の意味するところと、仮面の人物から感じられるただならぬ雰囲気に、三人は息を呑んだ。


(つづく)

■キャプション

GA文庫刊『魔王の娘だと疑われてタイヘンです!』二巻終了後の続きの話です。

著者である姫ノ木あく本人による続編となります。
今後、毎月15日頃に更新していく予定です。
※pixiv、小説家になろう、エブリスタ、マグネット、noteへの重複投稿をしております。

【既刊のご案内】
一巻『LV.1 剣士の娘にニラまれてます!』
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二巻『LV.2 今度は聖王の娘だと疑われました!』
https://www.sbcr.jp/products/4815600051.html

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