魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 新章 離れ離れは寂しいです!③

 リクドウたちがノクトベルを離れたその日は、収穫祭が終わった翌日で、ノクトベル聖学院では平常通りの授業が再開される日だった。
 見送りの後、エリナたちもロミリアと共に学院に登校し、いつも通りの授業を受けている。
 違うところがあるとすれば、リクドウが受け持っていた魔法の授業を、臨時としてロミリアが行うことになったことくらいだろう。

「エリナっ、エリナっ」

「ふぇ……? な、なに、フラン……? 今は授業中だよ?」

 隣の席から肩を揺すってくるフランに、エリナは首を傾げつつ応える。

「その授業で、問題に答えるよう指名されているのです、エリナ・ランドバルドさん!」

「は、はい!」

 歴史を教えるヤルミラ先生の声がようやく耳に届いて、エリナは慌てて立ちあがった。

「ふぅ……その様子では、問題すら聞いていなかったようですね」

「ごめんなさい。ちょっとぼーっとしちゃってたみたいで……」

 エリナが素直に謝ると、ヤルミラ先生は小さくため息をつくと、エリナに座るよう指示する。

「それではこの問題を、パニーラさん。あなたにお願いしようかしら」

「…………」

「パニーラさん」

「…………」

 だが、いくらヤルミラ先生が呼んでもパニーラは無言だった。

「パニーラ、パニーラ」

「なんだ、プルム……? あっ!? し、失礼しました!」

 フランと同じように、プルムがその肩を揺すってその名を呼ぶと、ようやくハッとした様子で立ちあがった。

「パニーラさん、あなたも問題を聞いていなかったのですか?」

「問題……? も、申し訳ありません、ヤルミラ先生!」

 パニーラも素直に謝り、深々とその頭を下げる。

「ふぅ……。エリナさんやパニーラさんばかりではありません。もう収穫祭は終わったのですから、心と頭をしっかりと切り替えて、授業に臨んでください。わかりましたね?」

「「はい!」」

 生徒たちは元気よく声をあげたが、次の瞬間にはもう、みんなどこか集中できていない様子を見せていた。


「エリナがぼーっとしちゃってる理由はわかるけど、パニーラはどうしたのかな」

 休み時間になるとフランが言った。

「収穫祭が終わったばかりだからじゃないの?」

 エリナはそう言って首を傾げる。

「そもそも大人の前ではあまりボロを見せないタイプだと思っていたわ」

 カナーンは苦笑して、件のパニーラの方に目を向けた。
 ペトラに何事か言われ、ペコペコと頭を下げている。
 大方、先ほどの失態を謝っているというところだろう。
 だが、パニーラが一方的に謝っている様子で、ペトラが殊更に叱責しているというわけでもなさそうだった。

「もしかして、カナちゃんに負けちゃったの、気にしてるのかな」

「私に?」

「ほら、収穫祭でパニーラに指名されて……」

「それはわかるけど……」

 その時のことを思い返すカナーン。
 祭りの熱気と、パニーラの真剣さに流されて、本気で戦ってしまった。
 ガビーロールとの戦いによる熱も、まだ冷めてはいなかった。
 ――だから、アルグルース・セレネーを使ってしまった。
 ルナルラーサにはただ褒められただけだったが、素人相手に使っていい技ではなかったという思いが、カナーンの胸中に後になって込みあげてきていたのだ。
 もしかしたら、パニーラに大変なトラウマを植えつけてしまったのかもしれない。
 カナーンのそんな思いを、フランのひそひそ声が打ち破った。

「……恋、だったりして」

「恋ぃ!?」

「カナちゃん、しーっ! しーっ!」

 驚いたカナーンの口を、エリナとフランの二人が慌てて塞ぐ。
 幸い、その騒ぎに目を向けたクラスメイトたちが何人かいただけで、エリナとフランが愛想笑いをすると、その子たちも苦笑して元々話していた相手の方に向き直った。

「もぉ、カナちゃんったら……」

「フランが急にヘンなことを言い出すからじゃない……」

「にゃはは、それには賛成。わたしもびっくりしちゃった。大きな声までは出さなかったけど」

 カナーンはエリナの言葉に小さく呻いたが、気を取り直してフランに尋ねる。

「それで、なんでフランはそんなことを言い出したのよ……?」

「あのね、最近読んだ本に、恋をするとその人のことばかり考えるようになって、他のことに集中できなくなったりするんだって書いてあって、もしかしたらって……」

「ええっ!? じゃ、じゃあ、わたしもしかして、りっくんのこと――」

「エリナは違うと思うから落ち着いて? 私だって、急にお父さんが遠くに旅に出るなんてことになったら、お父さんのことばっかり考えちゃうと思うから」

「そ、そっか! 落ち着くっ」

 お世辞にも落ち着いているとは言い難いエリナの言葉に、フランは苦笑した。

「……わ、私も違うわよ」

「? 何が違うの、カナちゃん」

「恋とか、そういうのじゃないから」

「ルナルラーサさんのことだよね? やっぱりカナちゃんだって心配したり、寂しくなったりはしちゃうよねー」

 うんうんと頷きながら言うエリナを、カナーンはじっと見つめ、その目が合いそうになった瞬間、フッと目を逸らす。
 その一部始終を目の前で見ていたフランは、突然自らの顔を両手で覆って突っ伏した。

「ど、どうしたのフラン!? お腹でも痛くなっちゃった?」

 エリナの声にフランは顔を覆ったまま首を振る。

「大丈夫……ちょっと、ちょっとね? ちょっとだけ、その、すごく……ふふふっ、ふふふふふふふふっ」

 さらに突っ伏したままフランは肩を震わせた。
 コルがキィと小さく鳴いてその頭に乗っかったが、フランは変わらずにプルプル震えている。

「本当にフランはどうしちゃったのよ?」

「んー、何かがツボに入っちゃったんだと思うんだけど、こういう時のフランはわたしでもよくわかんないんだよね……」

「そう言えば前にもこういうことがあった気がするわね……。それで、まだ震えてるみたいなんだけど、これはどうすればいいの?」

「放っておけばそのうち元に戻るけど、すぐに戻したい時はこう――」

 エリナは机に突っ伏したまま震えているフランの背後に忍びより、その両脇にいきなりガッと手をやった。

「ひゃわぁっ!?」

 黄色い声をあげてフランはガバッと跳ね起きる。

「ほら、一発で起きたでしょ?」

「あひゃひゃひゃひゃっ、あひっ、や、やめっ、エリナっ! も、もうわかったから、あひぁっ! あっ、あっ、あっ、あっ! やめっ、あっ……」

「にゅふふふふっ。ほぉら、フランはこの辺が弱いんだよねー。フランの弱いところなら、わたしは――あたっ」

 調子に乗ってフランのわき腹をくすぐりまくっていたエリナだが、誰かにその頭をペシンッと叩かれて、その暴挙を制止された。

「あたた……もう、カナちゃん、今のはちょっと強いよ――あれ?」

 叩いた犯人の方を向きつつそう言うと、そこにいたのはカナーンではなかった。

「休み時間とはいえ、少しはしゃぎすぎですわ! あなただってわたくしと同じ十二歳。そろそろレディとしての嗜みというものを身に付けるべきだとは思うのですけれど?」

「……ペトラ?」

「……なんですの? その不思議そうな顔は」

「う、ううん。ごめんね? もうちょっと静かにするね?」

 ペトラは、苦笑して謝るエリナの顔をジッと睨みつけると、プイッと踵を返して背を向ける。

「フンッ、本当に理解してくれていればいいのですけれどね」

 そして、ペトラは自分の席に戻っていき、付いてきていたプルムが小さく頭を下げて、その後を追った。
 ペトラたちが席に着くのを目で追ってから、エリナは後ろ頭を掻く。

「にぇへへ、怒られちゃった」

「怒られたのになんで嬉しそうなのよ……」

「なんかペトラにああやって怒られたの、久しぶりな感じがして。にぇへへ」

 カナーンは呆れたようにため息をついた。

「最近いろいろあったから、ペトラもエリナをどう扱っていいか迷っちゃってた感じだったもんね」

 ようやくエリナによるくすぐりのダメージから回復したフランが言う。

「でも、やっぱり前とは変わったみたい。前のペトラなら『エリナの小さなおつむでは、理解できないかもしれませんけれど』とか言ってたと思うから」

「ちょっ!? フラン、ひどい~。もしかして、さっきの仕返し?」

「ぷくくっ、でも、本当に、言いそう……ぷくくくくっ」

「カナちゃんまで! ……まあ、ホントに言いそうだけど」

「でしょ? ふふふふっ」

「フフフフフッ」

「にゃははははっ」

「エリナ! 少しは静かにしろと言っているのです! あなたの小さなおつむでは、その程度のことも理解できませんの!?」

 ペトラのその叱責は、エリナたちの更なる爆笑を誘っただけだった。

 学院の昼休み。
 フランは学院長であるロミリアに呼び出されていた。

「フラン、あなたには本当に感謝しているわ」

「エリナは私の大事な大事な親友ですから……。それにエリナも、私のためにいつだって一生懸命になってくれます。それはきっと、これからもずっとそうなんだなって思っています」

「そうね。本当、羨ましいくらい。エリナのこと、よろしく頼むわね」

「はい、ロミリア先生。私の方こそ、今後ともご指導よろしくお願いいたします」

 深々とお辞儀をして、フランは学院長室を後にする。
 中庭では、エリナとカナーン、それにコルが待っているはずだ。
 そう思い、廊下を小走りに急ぐ。
 すると、窓の外に一目でそうとわかるベルンハルト先生の大柄な人影が見えた。
 彼の姿がどことなく寂しさを漂わせているように見えるのは、リクドウが旅に出てしまっているからだろうか。
 どちらかと言えば、リクドウの隣にはベルンハルト先生に立っていて欲しいと思うフランである。
 まだまだ色恋沙汰の観念が育っていないエリナや、育ての親を盲信するカナーンはまったく気がついていないようだが、フランには確信を持ってわかっていることがあった。
(ルナルラーサさんは、リクドウさんに恋をしている。それもたぶん、ずっと前から)
 そのリクドウとルナルラーサが一緒に一ヶ月以上と思われる旅をしてくるのだ。
 そこにはレイアーナもいるが、彼女は二人をくっつけたがっている立場だろうとフランは判断していた。
 この旅でリクドウとルナルラーサの関係性が大きく変わってしまう可能性は充分にある。
 その時、リクドウとベルンハルト先生の関係性はどうなってしまうのだろうか。
 男の人同士の関係ってそういうことじゃ変わらないのかな。それとも、そんなところを気にしちゃう自分がおかしいのかな。
 そんなことを考えつつ、再びベルンハルト先生の方に目を向けると、廊下の柱の陰に隠れて、ベルンハルト先生の様子を窺っている女生徒がいることに気がついた。


「……パニーラが?」

 ずいぶん遅れてやってきたフランに、突然そんな話をされて眉根を寄せるエリナとカナーン。
 ついでにコルまでもがキィッと疑問の声をあげた。

「本当なの。思い詰めた様子で何度もベルンハルト先生の様子を窺って……なんか話しかけたいんだけど、やっぱりできない、みたいな感じで……」

「それは、フランがそういうイメージで見ているからじゃないの?」

 カナーンの呆れた様子にフランは口を尖らせる。

「それは……そうかもしれないけど、でも……」

「にゃはは、フランがウソついてるとは思わないけどね」

「フランは朝から、恋がどうとか言っていたものね」

「むー……」

 色恋沙汰に疎い二人に色恋沙汰のことで馬鹿にされているようで釈然としないフラン。

「にゅふふ、フランのふくれっ面もかわいい」

「ぷふっ」

 だが、エリナに頬をつつかれて、結局笑ってしまった。
 こんな風にむくれたところを見せられるようになったのも最近のことだ。

「でも、パニーラの様子がおかしいのは確かね。ほら、さっきペトラがエリナを叱りにきた時も、プルムしか付いてきていなかったでしょ?」

「あ、そういえばそうだった」

「……カナちゃんもあの時よく、ペトラがエリナの頭を叩くのを止めなかったよね」

「そ、それは……私も、『エリナ調子に乗りすぎ』って思ってたところだったから……。あの子と同じ行動を取ろうとしていたことは、ちょっと悔しいけど」

「どっちにしろエリナの頭は叩かれていたわけね、ふふっ」

「フラン、やっぱりわたしがくすぐったこと、恨みに思ってるでしょ……」

「そんなことないよー?」

 そしてまた三人でどっと笑う。
 そうしながら、フランはエリナの顔を盗み見た。
 リクドウが旅立ったことが、もう気にならなくなったのだとは思えない。
 それでも努めて明るく振る舞う。それがエリナ。

「ん? わたしの顔になんかついてる?」

 フランの視線に気づいて、エリナは首を傾げた。

「……右のほっぺのとこ、ソース付いてる」

「あら」

「ダメだよ、エリナ。袖で拭おうとしないで。ほら、拭ってあげるから、右のほっぺこっち向けて?」

「こう?」

「うん。じっとしててね……。はい、取れた」

 ハンカチで頬を拭うと、エリナは満面の笑顔をフランに向ける。

「ありがと、フラン」

「どういたしまして」

「フランはまるで、エリナのお母さんみたいね」

「お、お母さん……?」

 カナーンの感想にフランは目を白黒とさせた。

「にぇへへへへ、おかーさんっ」

「きゃっ!? も、もう、エリナ! 急に抱きついてこないでよぉ! お弁当落としちゃうでしょ!」

 そう言いながらも、フランは抱きついてきたエリナを振りほどいたりはしなかった。

        § § §


「それじゃあ、エリナ、カナちゃん。また後でね」

「うん。また後で」

「フラン、がんばってね」

 今日の授業が終わり、エリナとカナーンは教室を出ていくフランに手を振った。
 フランはロミリアから神聖魔法の教えを受けており、今日はそれが行われる日だった。

「ロミリア先生も多忙でしょうに、大丈夫なのかしら……。魔法の授業も受け持って、フランに神聖魔法も教えて……」

「あー、それについてはちょっと聞いてる」

 カナーンの疑問に、エリナは少し声をひそめて話す。

「多忙は多忙なんだけど、魔神に対抗するための結界を張ってるから、ノクトベルからは動けないんだって。それで、他の街に行かなくちゃいけないような用事を全部キャンセルするしかなくなっちゃったみたい」

「なるほどね……。まあ、フランに教えられるだけのことを教えておきたいというのもありそうだけど……」

「フランももっと神聖魔法を上手く使えるようになりたいって言ってたよ」

「それはそうね。私も、もっともっと剣を上手く扱えるようになりたいわ」

 カナーンのその言葉に反応したかのように、教室の片隅でガタンと音がした。

「……パニーラ」

「フン」

 音を立てた主であろうパニーラは、エリナとカナーンを一瞥すると、何事もなかったようにサッと教室から出ていってしまった。

「あれ? 今、パニーラ一人だったよね?」

「そう言えば、ペトラとプルムは先に帰ってしまったみたいね。喧嘩でもしたのかしら?」

「う~ん……そんなことはないと思うんだけど……。ペトラって偉そうにはしてるけど、パニーラとプルムのことを結構大切にしてるんだよね。あの二人もそれがわかってるからペトラと一緒にいるみたいな……」

「……エリナって、よく自分に嫌がらせをしていた相手を、そんな風に冷静に見られるわよね」

「れ、冷静かな……?」

 意外な評され方をして、エリナは思わず苦笑する。

「そうね。冷静というのは、エリナにはちょっと似つかわしくないかも」

「それはそれでひどいよ!?」

「フフ、冗談よ。それに、エリナのそういう見立ては信頼できそうって思ってる。でも、そういうことなら、少し気になるわね」

「フランも恋だとか言ってたしねぇ」

「それも相手はベルンハルト先生よ? さすがにそれはどうかと思うのだけど……」

「でも、気になるよね……」

「少し、ね」

「……ちょっと追いかけてみよっか?」

「もう、エリナったら……。少しだけよ?」

 そうしてエリナとカナーンは、パニーラの後を追って教室を後にした。
 廊下に出ると、パニーラらしき後ろ姿が角を曲がっていったところで、二人は慌ててその角まで、極力足音を立てないようにして走っていった。
 曲がり角から顔を出してその後ろ姿を確認し、再び陰に戻る。

「パニーラ、いた。ギリギリだったね……」

「それにしても、パニーラはどこに行くつもりなのかしら。出入り口は向こうだし、こちらには……」

「先生たちの部屋の方……だよね……。あ、向こうからなんかおっきい人が来た」

「あんな大きい人、ベルンハルト先生しかいないじゃない……。まさか、本当に……?」

「もうちょっと近づいてみよっ」

「気づかれないようによ!?」

 二人はまた同じように音を立てないようにしてパニーラとの距離を詰め、柱の陰に隠れた。
 そして、こっそりとパニーラの方を覗き見る。
 パニーラはなぜかその場で固まってしまったように立ちすくんでいた。
 一方、ベルンハルト先生はまだ十メルトは先の方にいて、こちらの方へと歩いてくる。

「エリナ、頭を引っこめて。ベルンハルト先生からは丸見えになってしまうわ」

「うわっ、ホントだ」

 二人は完全に柱の陰に隠れた。
 パタパタと羽ばたいていたコルが柱の陰からはみ出ていたので、エリナは慌ててコルを掴んで抱えこむ。
 パニーラの様子も、ベルンハルト先生の様子も見えなくなってしまったが、少なくともパニーラが動いた気配はない。そして、ベルンハルト先生がのしのしと近づいてくるのがわかった。
 すぐにベルンハルト先生の声があがった。

「おお、パニーラ君か。もう授業は終わっているのだろう? 気をつけてお家に帰りなさい」

「は、はいっ」

「うむっ。それでは、さようなら」

「さ、さよ――――~~~~~~~っ」

「んん? どうしたんだ? もしかして、わしになにか話したいことでもあるのかね?」

 パニーラの緊張が、エリナとカナーンにも伝わってくる。
 パニーラは、確かにベルンハルト先生になにかを言おうとしていた。
 しかも、それは言い出すのに勇気が必要なことらしい。
 エリナとカナーンは視線を合わせて、同時にゴクリと喉を鳴らす。

「べ、ベルンハルト先生! 折り入って、お話があります!」

「ふむ、わかった。もちろん、聞こうじゃないか。わしでよければ何でも話してくれ」

「し、実は……私は……」

「うむ」

 他人事だというのに、エリナもカナーンも、心臓が飛び出るかと思うほど、鼓動が激しくなっていた。
 その心音で、柱の陰に潜んでいることがバレてしまうのではないかと思ったほどだ。

「私は…………」

 エリナが我慢しきれず柱の陰から覗こうとしたが、カナーンが引っぱって元に戻す。

「実は…………」

 今度はカナーンが顔を出そうとしたが、それはエリナに止められた。

「また、負けてしまったのです……ッ!」

「「…………??」」

 すっかりベルンハルト先生への告白だと思っていたエリナとカナーンは、パニーラのその言葉を聞いて、眉根を寄せた。

「ほう」

 一方、そんな思いこみなどないベルンハルト先生は、落ち着いた様子で頷き、パニーラに話の続きを促す。

「先日の収穫祭で……カナーン・ファレス、あやつにです……」

「そうか、その件か。あの仕合ならわしも見物しておった。お互いにその実力を見せ合った、実によい仕合だった」

「だからこそです! 今の私ではあやつには勝てない! それがはっきりとわかってしまったのです!」

「……であれば、どうする?」

「ベルンハルト先生に、剣術のご指南をいただきたいと思っています! ですので、まずは、先生に心からのお詫びをいたします! 本当に申し訳ありませんでした!」

「お、おいおい。なんで今の話から、わしへのお詫びになるんだ?」

「私は剣術ならば右に出る者はいないと高をくくっていました。慢心し、ベルンハルト先生の剣術の授業も真剣には受けていなかった……。だからこそ、お詫びはしなければなりません」

「いや、やはり詫びなどは必要ない。これまで真剣ではなかったというなら、これから真剣に授業を受けてくれればそれでいい」

「もちろん、今後の授業は真剣に受けることを誓います。その上で、個人的なご指南を賜りたいと思っているのです」

 そこまで聞いていたエリナとカナーンは、視線を合わせて頷き合い、こっそりとその場を離れることにした。


「パニーラ、すごく真剣だったね」

「ええ……」

 学院から出てくると、エリナがさっそくとばかりに口を開いた。

「パニーラって下手するとペトラよりプライド高いんじゃないかって思う時あるから、ああやって自分が負けたことを話すの、本当に勇気が必要だったんじゃないかな」

「ええ……」

 エリナの言葉にちゃんと返してやりたいのだが、先ほどのパニーラが脳裏をちらついて、カナーンはただ短く頷くことしかできないでいた。

「えっと……カナちゃん?」

「あ。ごめんなさい、エリナ。少し考えこんでしまっていたわね」

「ううん。わたしもちょっとパニーラの印象が変わっちゃったくらいだから」

「やっぱり、ああいうのを見てしまうと、私もがんばらなくちゃって思うわね……。ねえ、エリナの家に行く前に私の家に寄ってくれる?」

「もちろんいいけど」

「エリナが見たいって言っていた魔剣、見せてあげるわ」

「ホント!?」

「本当よ。元々その魔剣は、私がエリナを護れるようにってルナが置いていってくれたものだから……。でも、何度も言うけど気をつけてよ? 私じゃまだ、あの魔剣を制御できないから」

 ランドバルド邸に宿泊するに当たって、替えの衣服などの宿泊用具は、今朝の時点ですでに持ってきてあった。
 だが、カナーンはそこに、ルナルラーサから託された魔剣アリアンロッドは含めなかった。
 そこには魔剣をおいそれと動かしてはいけないという根本的な問題もあったが、カナーン自身が魔剣を扱いきれていない自分を、エリナやフランの前に晒したくないという思いがあった。

「パニーラに教えられるなんてね……」

 家に着いたカナーンは、魔剣に手を置いて独りごちる。

「格好悪いところなんて、いくら見せたっていい。エリナを護れるなら……」

「カナちゃーん、まだー?」

 家の外から聞こえてきたエリナの声に、思わず肩をすくめてしまう。

「人が気合いを入れ直してる時に、まったくエリナったら……。フフッ」

 カナーンは小さく笑ってから、外に向かって応えた。

「今行くわ。そう急かさないでよ」

 そして、その重さを覚悟して魔剣を持ちあげると、心なしか、それは幾分軽くなったように感じられた。

「これくらいなら、なんとか素振りもしていけるかしら……。少しずつでも慣れていかなくちゃね」


        § § §

 夜になって、ランドバルド邸の食堂には、豪華な食事がテーブル狭しと並べられていた。
 その料理の数々に目を輝かせてエリナが言う。

「うわぁ、すごい……。これ全部、リエーヌさんが作ったの?」

「すべてではありません。差し入れということでフランソワーズ様のお母様から、こちらのキッシュをいただきました。フラヴィニー夫妻は本当に料理がお上手で、私も学ばせていただくことが多いです」

「両親もリエーヌさんのことを褒めていました。料理も上手で、教えたことは何でもすぐ覚えるって」

 フランのその言葉にリエーヌは深々とお辞儀した。

「大変恐縮です」

「え、えっと……私も何か、持ってくるべきだったんじゃ……」

 わなわなと震えるカナーンに、エリナが慌てて否定する。

「いやいや、カナちゃん、そんなのいいから! カナちゃんが泊まってくれるだけで、わたし的にはご褒美だから!」

「メイドの立場といたしましても、お客様をお迎えできるのは至上の喜びでございます」

 リエーヌもメイドとして、しっかりとエリナにフォローを入れた。
 リクドウがいない今、ランドバルド家の主人はエリナに他ならない。

「それに、フランとこからお裾分けもらうのなんて、いつもの話だしね」

「うちのお父さんもお母さんも、エリナが美味しいって言ってくれるのが嬉しいんだって言ってたよ? 私もそう思う」

「ええ? そんなことでいいの? 本当に美味しいから、美味しいって言ってるだけなんだけどなぁ……。あ、フランの作るお菓子も美味しい」

「もぉ、取って付けたように言うんだから……。でも、ちゃんと作ってきてたりして」

「やった♪」

「や、やっぱり、私も何か……」

「だから、カナちゃん、大丈夫だって!」


 そうして少女たちは、和やかな会話を繰り広げつつ、美味しい料理に舌鼓を打った。
 食事が終わると、キャーキャーと黄色い声をあげながらみんなでお風呂に入り、風呂上がりにはフランの作ってきたお菓子を摘まみつつ、リエーヌの淹れたハーブティを飲む。
 エリナの寝室でおしゃべりをしながら、お互いの髪の毛を櫛で梳いていると、エリナはいつの間にかうつらうつらとしはじめ、そのままベッドへと突っ伏してしまった。


「……エリナ、今日ずっと笑ってた」

「本当は寂しいの、丸わかりだったけどね」

 柔らかな寝息を立てるエリナを挟んで、フランとカナーンは微笑み合う。

「たぶん今日は一日、寂しがってるところを見せないように気を張っていたんだと思う」

「この子、こう見えて、結構気遣い屋なのよね……」

「ふふふ、うん。私たちもこのまま寝ちゃおうか?」

「そうね。……えっと、じゃあ、私はこのままエリナの左側に」

「じゃあ、私はエリナの右側に」

 フランとカナーンは、なんとかエリナの下から布団を引っ張り出して、その身体に掛け直すと、灯りを消して自分たちもエリナの両側に潜りこんだ。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 そんなお休みの挨拶の後に、とっくに寝入っていたと思ったコルがキィと小さく鳴いて応えたので、二人はしばらくの間、クスクスと小さく笑っていた。


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ありがとうございます! あくもスキ!><ノ
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姫ノ木あく

エロゲシナリオライター、ラノベ作家、同人エロ絵描き、バ美肉おじさん等々をやっております。 4月25日にMF文庫J刊『電脳少女シロとアイドル部の清楚な日常』というラノベが出るのでVTuberファンの方、チェックよろしくお願いいたします。
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