見出し画像

君に彼氏がいたら、化粧品の大事さをちゃんと訴えてあげてほしい。

ずうっと昔、それほど長い間ではなかったけれど、女性雑誌の編集部で働いていた。本当はぜんぜん別のバイトのはずだったのだけれど、人手が足りない由でそちらに回された、と記憶する。

雑誌編集の現場はどこでもそうだと思うけれど、とにかく人手は足りなかった。正社員の編集者を増やせばよいのではないかと思ったけど、そういうわけにもいかないようだった。一日4とか5とか7時間ぐらいしかいないバイトをアテにして編集作業をモソモソ続けることになっていて、僕はそこで3人しかいない男性の一人として雑用を命じられていた。

でも、そこではずいぶんいろんなものを書かせてもらった。ものすごく怒られたりしたけれど、それはほとんど「女性の一般的な感性」への無理解にあったのだろうと思う。

いま、もっと分かっておきたかったなって思うことがたくさんある。その一つに「化粧品」がある。化粧品は各社から膨大な量の試供品が送りつけられてきていて、中には聞いたことのないメーカーのものもあった。化粧品と一言でいっても、口紅やファウンデーションだけではなくて、無数のスキンケアやヘアケア商品もそれに含まれる。

その試供品の仕分けをしていた時に、ほとんどまったく同じ成分のクリームがあることに気づいたのは偶然ではなかった。その時いろいろ教えてくれていた女性の先輩に「これ成分同じですね」といったら「ぜんぜん違う」と即答された。片方の商品はその先輩がずっと愛用している商品だったらしかった。成分はほぼ同じである。試供品の一つを摘んで、乱暴にきって手のひらににょろりと出した。ちょっと色味は違うが、どちらもとろりとした白濁液で、違いがよくわからない。肌に塗りつけてみても、よくわからない。

先輩に何が違うのか問い詰めたところ「フィーリングよ」というありがたいお返事をもらった。

この国では疑似科学が減らない理由を垣間見たような気がした。

ただ、そのあと「フィーリング」というのは多少わかるようになった

スキンケア商品では、すごくドロドロしたものが好きな人もいるし、さらっとした肌触りのものを愛用する人もいる。肌そのものに合う合わないとは別に、人それぞれの好みはかなり多様なようだった。僕は主にスキンケアのものばかり見ていたが、口紅やマスカラはRGBのゲージのどこをいじったのかわからないようなものも無数にあって、この微妙な、というよりほとんど無意味な色や質感の違いこそが、現代日本における女性の「個性」なのかと思って悲しい気持ちになったが、それは口には出さなかった。

化粧品を魅力的にする言葉というやつがある。

その仕事は二ヶ月ちかくやっていたけれど、ところがこれを紹介する段階になると僕はまったく役立たずだった。女性たちが日々やりとりをする化粧品評価の語彙が身につかなかったのだ。

化粧品の広告なんて、美白と「落ちない」を強調しておけばよいのだろうと思っていたがそうではなかった。「素肌みたい」なところを強調することもあれば「アンチエイジング」を強調することもある。「白さ」にもメラニン生成を阻害するタイプと、代謝向上や肌栄養を強調するタイプがある。化粧学の本も買って呼んだが、難しい分子化学で全然わからなかった(し、仕事にはなんの役にもたたなかった)。

とくに「美白」に関する語彙は複雑怪奇を極めた。

そのころ、ビタミンC誘導体の研究が大きく進んだ時期で、ビタミンCを地肌まで届けることに各社しのぎを削っていることはプレスリリースからわかったが、南極点到達を目指す各国の探検隊のように果たして現在地がどこなのか全くわからない。ビタミンC誘導作用とか、ビタミンCによるメラニン色素の阻害とか、ビタミンCとコラーゲンで肌がうるおうとか、もしかしたらこのビタミンCは真皮層まで届いているかも、みたいな開発部の人が聞いたら目をむきそうなフレーズが踊りまくっていた。同音異義語を延々見ているような錯覚を覚えながら、これは1万2000円、これは3000円と値段を打ち込む地味な仕事をし続け「せんぱい、こんなにいっぱいあってやっぱり違うんですかね」と聞いた。先輩は「美肌っていうのは、元カレみたいなものよ」と夜11時になりそうな時間の先輩はクッソ投げやりにそう答えた。先輩の元カレがどういう人だったのか、それを想像することもできなかった。

肌のきれいな女性は好きですか?

僕もきれいな肌の女性は好きだ、と思う。もっちりとして健康的であせもがなくて華奢で、色も白くて村がないか、健康的でキメが細かいとありがたい。しかし、そんな肌環境は「遺伝」と「生活習慣」という何をどう足掻いてもどうしようもないファクターがある。それでもない美肌を目指す伴として日々発売されるスキンケア商品の群れは、難攻不落の要塞に挑むクセルクセス王配下の近衛兵のようなたくましさと、意味のわからなさに満ちていて、そこまでして美白を目指している女子たちは何をゴールにしているのだろうと毎日思っていた。キレイになりたいんですかね? と編集長に聞いたら「当たり前でしょ」って言われたのは覚えている。キレイか。

あえて、この世界には埋められない男女の違いがあるとして、そこに理解の不可能が生まれるなら、それを埋める一つのものは、ぼくのなかでは 間違いなく化粧品にまつわる文学であったと思う。男子は面倒くさがりなのでアンチエイジングを主たるもの以外はとにかく「オールインワン」と「脱臭」を訴えることになるのだが、化粧水と乳液を中心に数種類の液体を交互に垂らしながら美肌を維持しようとする元気を僕はよく理解することができなかったし、女性の多くがスキンケア商品をえらぶときの語彙をちゃんと理解することができなかった。

それがとても悔しかった。

もっと理解し、もっとわかりたかった。膨大な化粧品がならぶドラッグストアにいくと、いまでも少しうっ、と気圧されてしまう。生理や体格や染色体で断絶された同胞たちの文化の謎は、たぶんみんなが思っているよりずっと深かったのだろうと思う。そのずうっとあとに、僕はある女性の家で高額なシャンプーを使って死ぬほどなじられることになる。その高額なシャンプーの成分はほぼほぼ通常の子供用シャンプーにオリーブオイルとハトムギエキスの追加によって補えるものだった。僕は其のことを指摘して激怒された。

でも知っていたはずだった。高額なシャンプーは成分を期待して購入されたものではなかった。美肌の夢を抱きとめる器として買われたものだったのだ。僕はその器を言い表すことができなかった。これからもできないだろうと思う。

もし君が女の子で、その人のためにスキンケアかお化粧をしたい彼氏がいて、彼氏が貧乏で自分がどれだけ苦労して100均の豆乳イソフラボン化粧水にヒアルロン酸を混ぜて化粧水自作しているか話をして鼻で笑われたとしたら、言ってあげてほしい。「私達の断絶は深かったね」と。

 「最後まで理解しあえそうにないね」って。そこでもし、理解したそうな素振りをしたらいってあげてほしい。「あなたは私のビタミンCではない」と。


昔のことや未来のことを考えるための、書籍代や、旅行費や、おいしい料理を食べたり、いろんなネタを探すための足代になります。何もお返しできませんが、ドッカンと支援くだされば幸いです。