アサイーと紅茶キノコの話。

「アサイーです」

そうと言った瞬間の、きょとん、としてからの大爆笑。

22才の社会人と昼食を取ったときに「最近何にはまっていますか?」と聞かれたときの一コマだった。僕は迷ってから、「アサイーです」と答えたのでした。

22才は「あー、あー。貫禄って感じがします」といった。要するに健康とか気にして食べものを考えているなんて年寄り臭い、とオブラートに包んでいいたかったのだろうけれど、それを「貫禄」と表現したことに好感を抱いた。僕なら「欺されてないでさっさとビタミン剤でも買え」ぐらい言ってたかもしれない。

アサイーは若者の間ではもう死につつある食品であるらしかった。22才は、アサイー以前はニノ(?)があり、マカがあり、ゴールデンキウイがあって、アサイーがきたという歴史を話してくれた。スーパーフードの歴史だった。

唐突に思い立って「紅茶キノコはどこに入るの?」と聞いた

彼女はこれ以上ないぐらいキョトンとした顔をして「紅茶キノコってなんですか?」と聞いてきた。聞いたこともないらしかったが、紅茶キノコとヨーグルトキノコはかつて日本を席巻したキノコだった。

画像は無関係なビンだ。

正確にはキノコでもなんでもなくただの酢酸の塊だったと記憶するが、みな牛乳パックやら紅茶キノコセットやらを買いこんでせっせと紅茶キノコを作っていた時期があったんだ、と僕は〈貫禄〉あふれる中年男性らしく紅茶キノコについて蘊蓄だかフェイクニュースだか分からない何かを話した。

それからサメの軟骨、コラーゲン、ヒアルロン酸、グルコサミン、コエンザイムQ10という歴史観を語った。

22才、「ははー」と相づちをうつと

「実に、保湿って感じですね」

と言われた。保湿って感じかーと思った。たしかに僕は保湿を愛している。人の考えるスーパーフードの歴史はなりたかった体への憧憬を、そのまま歴史にしたものなのだろうと思う。教訓。人は愚かである。治らぬ。

***

前に古本屋で短期のアルバイトをしていたとき、ミニバンで乗り付けたお客様が、どさり、と大量の健康食品本を置いていった。お代はいくらでもよいとのことであったので、一冊1~15円で買い取った。その大半は「ガンが治る奇跡の食品」であった。この人は、誰かを失ったのだ、と僕は思った。

古代から奇跡の食品はたくさんあった。日本で代表的なものは醍醐だろう。ヨーグルト、あるいはホエイがそれに該当する。「醍醐味」というのは極上の味という意味を端的に構えるが、その醍醐はスーパーで100グラム100円で手に入る・・・・・・ものよりはマズい。

かつては黄金と等しいとすら言われた胡椒もまた、奇跡を体現するものだった。船乗りは、一生に一度、肉料理に振りかけて食べてみたいと願ったというが、真偽は定かではない。いずれにしても、奇跡の食品は奇跡を起こすことはなかった、というわけだ。

画像は無関係なカワウソだ。

お客様が帰ってのち、ぼんやりとその本を整理していると「ガンが治る」食べ物には一定の法則があるようだ、と思うに至った。

1.希少である。
2.高い栄養価が含まれている(ということになっている)
3.高い上に希少な栄養価が含まれている。
4.ようするに希少である。

 苦笑いしながら、なるほど、と思う。

がんが消える魔法の食材は要するに珍しいからほとんど手に入らず、手に入らないからガンは消えない、という訳だった。しかし、最新技術で安価に大量生産できるようになった奇跡の食品もあり、それらは希少ではないが故に奇跡を起こさないのだ。

***

22才に「次は何が来ると思う?」と聞いた。

彼女は興味なさそうに「インスタ映えしそうなやつじゃないですか」と言う。そうなのか。例えば?

「ドラゴンフルーツとか」

ショックだった。確かにドラゴンフルーツはインスタ映え? しそうだ。「ドラゴンフルーツって、すごいんですよね。なんか、理解を超えてますよね。形」という。

理解を超えるか、すごいな。たしかに次に来そうだ。

僕はそういった。

22才の彼女は怒り出しそうな笑顔で、「もーいーです。アサイーのんでてください」と言う。

しょんぼり。おっさんはセブンイレブンでかったアサイードリンクを飲み干して、ゴミ箱に放り投げる。別にアサイーに義理を感じていたわけではないし、ほんとうはそんなに好きじゃないんだ。

ドラゴンフルーツか。たしかに、次に来そうだよ。

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